ミッション、始動!
作戦立てから入って、極力戦闘を避けるってのがなんともこいつらっぽいですね。
パジャマを洗濯機にぶち込んで、置いてあった適当な服を。女子は寝室にそれなりの着替えがあるらしい。この騒動でも起きてこなかった豪胆な朋花は当然のごとく居残りだ。
瑞晴が朋花をなんとか起こし、家事を全てリリース。初めは戸惑っていた朋花だが、皆んなが出かけると知って仕方なく承諾した。瞑鬼たちはまだ朋花に真実を話してない。昨日のことも、トラックが家に突っ込んできたとして話してある。
いつか話さなければならないだろう。一応とは言え彼女も協力してくれている身。小学生で何もできないとしても、知る権利くらいはある。
皆んなが食べ終えた食器をがしゃがしゃと洗う朋花の頭を、瞑鬼の右手が鷲掴む。少しだけ暴れたが、撫でてやった。
今日のミッションは危険度S級。いつまた【改上】するはめになってもなんらおかしくない。だからなのか、瞑鬼の顔はいつもより元気がない。
「……なんか元気ないし、仕方ない。ロリ瞑鬼のセクハラにも、一秒だけ目つぶってあげる」
「…………悪いな」
さらさらとした手触りの髪をくしゃくしゃと。少しばかりくすぐったがる。この茶番を取り戻すために、瞑鬼は戦いに出る。いつ終わるともしれない、途方も無いやつに。
全員の準備が完了したところで、次に出て来るのは班分けの問題だ。機動の都合上、夜一と千紗は確実に分けなければならない。そして安全上、千紗と瑞晴も分けることになる。
「ここに残るのは朋花だけだ。顔を見られてないのはこいつだけだからな」
「……わたくしたちも行くんですの?」
リュックサックを背負う瞑鬼に、疑問形で聞くアヴリル。その質問は最もだろう。何せ、今回は彼女たちが言わば宝石。それをおちおち持ち出すのが愚かだと言われても、瞑鬼は反論できない。
「……いや、ソラだけでいい。アヴリルは……そうだな、陽一郎さんの手伝いを頼む」
「……お手伝い、ですか?」
「何だかんだ、あの人のとこにいるのが一番安全だからな。ハーモニーの人もいるし。んでソラは俺についてきてくれ」
「……瞑鬼さんに?」
「……ちょいとばかり、お前が必要なんだよ」
こんな時なのに、いや、こんな時だからこそ、瞑鬼は精一杯のキメ顔でそれを言った。だからなのだろうか。やけにソラの顔は紅潮し、やけに瞑鬼に従順な姿勢を取っている。
それが少しばかり不満なのか、瞑鬼に一つの視線が。発信源はアヴリル。冷たい笑顔でソラを見ている。
「……帰ってきたら、フランス語教えてくれ」
そんなキザなセリフを残して、アヴリルを置いたフレッシュはマンションを後にした。
なるべく急いで下へ行き、バイクが置いてあるガレージへ。高校生には場違いな高級車がずらりと並んでいる。
駐車場の中で、一旦作戦の確認をする五人。夜一は街を駆け回ってそれらしいアジトの調べをつけ、瞑鬼は人を探る。振り分けとしては、戦闘になった際を考慮して、夜一と瑞晴、瞑鬼と千紗とソラという編成になった。夜一の顔が若干不満げだが、作戦のためなのでと無視。
「……アテはあるのか?瞑鬼」
「…………まぁ、一応な」
「……そうか」
二、三の質問をすると、漸く諦めをつけたのか、夜一がバイクのエンジンを入れる。一瞬だけがおんと鳴ったが、流石はフル電動。振動もなければ騒音もほとんどない。
自身もヘルメットを被りながら、瑞晴にも片割れを。恐らくはいつも千紗が使っているやつなのだろう。一応は女の子仕様だ。
何度かアクセルをふかしつつ、瑞晴が乗ったことを確認。ようやく出発かと思われたその時、
「…………千紗に何かあったら、首が飛ぶと思え」
不穏な言葉を残して遠のいてゆく夜一の背中。その姿がガレージから完全に消えると、残ったのはポカンとした顔の瞑鬼と、ほおを赤らめた千紗、そして夜一の無自覚イケメンオーラに当てられたソラだった。
ついついアクセル回すのを忘れてしまうくらい、しんとした時間。だがそう時間もないので、少しだけ二人を急かす瞑鬼。
高校生二人と中学生一人の三人乗りなど、警察に見つかったら完全に補導案件だ。ハーモニーの権力がどこまで融通を利かせてくれるかは分からないが、最悪の場合は英雄を呼び出せば何とかなるだろう。
無線機も付いてない旧式のヘルメットを装着。ソラを真ん中に、無理やり三人で座る。当たり前だが、シートはかなり狭かった。こんなに密着した事を知られたら、一体夜一からどんな仕置を受けるのか。作戦終了が少しばかり不穏になる瞑鬼だが、今注意を向けるべきはそこでないと自己解決。
二、三度アクセルをふかし、バッテリーが上がってない事を確認。千紗のハンドサインに従ってアイシールドを降ろす。
「んで、私らはどこ行くの?当てはあるっぽいけど」
「……そうだな。取り敢えず、橋を渡ってくれ。隣町まで行ったら、どっかにバイク停めて歩く」
「……ふーん。まぁ、リーダー命令なら」
そう言うと千紗はいよいよエンジンに発破をかけ、重たい機体が動き出した。流石に三人も乗せていてはハンドルが重いのか、千紗の手つきは若干おぼつかない。
万が一の時を考え、ソラの体をがっちりと掴む瞑鬼。運転手は勝手に逃げるだろうから、何としてもソラだけは助けなければならない。万一街中でカラに出てこられては、被害甚大なんてレベルじゃないのだから。
三人が乗ったバイクはスピードを増し、ぼこぼことした駐車場を駆け抜け公道に。ここから隣町まで、バイクなら五分とかからない。
眼前に広がる街並みを記憶に止める。全てが終わった後に、この景色が見れるなら何度死のうといいと思った。
軽快なリズムで進むバイク。こんな日だと言うのに、空はやけに晴れ晴れとしている。そこらを通る人が少ないのは、魔女の警報が出ているからだろう。どこからかパトカーのサイレンも聞こえてくる。
あっという間に学校を通り過ぎ、例の川を横断。後ろから大声をかけ、千紗に行き先を指示。公民館の駐車場にバイクを止める。
「……なんでこんなとこに?」
「……まぁ、言ってしまえばここに魔女がいるからだな。あ、この町ん中な。家もわかってる」
「はぁ?じゃあ何でみんなで行かんかったん?夜一と二人なら……」
「俺はそいつに一回殺されてる」
そう。この町には明美がいる。義鬼がいる。二人が今回の魔女と面識がある可能性は、正直なところかなり低いだろう。明美の村は魔獣を飼っているが、ソラたちの村はそんな風習がない。
だが、同じ魔女同士何か連絡手段を持っていてもおかしくない。それにあの二人の立ち位置が瞑鬼には分からないのだ。魔女側ということもあれば、あるいは魔王軍というのもあるかもしれない。だからここで確かめたかった意味もあるかもしれない。
瞑鬼の発言によって、二人は黙って下を向く。ほんのりとソラの頬が赤いのは、このクソ暑い気温のせいだろうか。
魔女も魔女とて思惑があり、人だってなるべく被害を出したくない。そんな二つの陣営がどのような交わりかたをするのか、どうぞ楽しんでください。