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上書き勇者の異世界制覇  作者: 天地 創造
逃亡の魔女編
170/252

たった一つの簡単な解決方

ちょい長め。


「面白いのは瞑鬼だな。ありゃお前が気に入りそうだ。ああ言う自分に余裕ねぇの、確か大好物だったろ?治し甲斐があるっつってな」


四十過ぎたおっさんの、他愛ない夜の会話。それは天に届けるだとか、遠い世界にいる嫁に向けてだとか、そう言うのではない。


陽一郎が話している相手は、そう、言わば自分の中の和晴というやつだった。どこかにいるんじゃなくて、俺の隣にいる。例えそれが妄想であろうとも、おっさんに恥じらいはない。


「……いかんな。おっさん、酒が変なとこから抜けて来やがる」


鼻の奥がつんとした。そんな事は思ってなかったのに、勝手に身体が余計な気を遣って、水分を出しやがるのだ。


この十年間、泣いたのはただ一度だけ。和晴が居なくなった時のみ。それ以上は、絶対に娘に涙は見せまいとして来た陽一郎。溜まっていたものが溢れ出すように、底から湧き出すように。塞きとめることも出来ずに、ただそれを眺めるだけの時間が過ぎる。


何とか気合いで涙腺をきつく締め、薄暗い廊下の奥を見る。自分の役目はあくまで監視。泣く事じゃない。


そんなことを思って写真を眺めていると、ふと扉が開いた。出て来たのは、ラフなパジャマ姿のちびっ子二人。トイレだろうか。


「おーうソラにアヴリル、トイレ怖いならおじさんが扉の前で待っててやるぞ」


亡き妻のことを思い返して泣いていたなんて事を女子中学生に知られたら、次の日には全員の耳に。そんな些細な恐怖を覚えた陽一郎が、自分を誤魔化すように軽い口調で話しかける。


「……えぇ」


「へ?」


しかし、帰って来たのは少しばかり予想外の返事。てっきり変態ですの、なんて罵倒されると思っていた陽一郎だったが、どうやらアヴリルは寝ぼけているらしい。


音を立てないように扉を閉め、電気もつけずにおっさんの目の前に。いつ起きたのかは知らないが、二人のちびっ子の目は眠気の一つも感じさせない。


どこか以前の瞑鬼に似たような表情のソラ。こんな目をする奴はおおよそ面倒臭い事を持ってくるという事を、陽一郎は知っている。


「……あいつらの前じゃ言えんことか?」


持ち前の察しの良さと推測から、二人が何かを陽一郎に相談しに来たのだと判断。無駄に聞き立てないのは大人の余裕というやつだ。


暗闇の中二人が考えていたかと思うと、意外とあっさり答えが合致したらしい。目を見合わせて、こくんと一つ頷きを。それから陽一郎の方を振り返ると、覚悟を決めた顔でソラが言った。


「……私たちは魔女です。正真正銘、純血の」


英語の聞き違いだろうか。初めはそう思った。しかし陽一郎の言語能力は恐らく英検一級以上。昔とは言え現地でネイティブ達とも普通に馬鹿なことを言い合っていた事を鑑みるに、ヒヤリングに隙などないはずだ。


ウィッチ、ピュアブラッド。聞き慣れた単語がソラの口から出てきたのだ。何かあるだろう。瞑鬼が連れてきた時点で、その位は思っていた。だが、陽一郎の想像は精々魔女の秘密を知っているのではないか程度のもの。まさか魔女そのものだとは思っていない。


しかし、そうであるならば色々と納得はいく。魔女は子供を何より大切にし、その成長過程で自分たちと異なった思考を持つと、責任を持って自分の手で処分する。その事を陽一郎は知っていた。


恐らく今回現れた魔女というのは、このちびっ子達が狙いなのだろう。まともに回らない頭でそんな事を考える。


身体から血の気が引いていくのを感じた。深く閉ざされていたはずの、記憶の扉が開かれる。戦場の匂い、剣林弾雨の奇怪音、あの時食べた蛙の味までせり上がってくる。


「……お、おう。そうか……マジか……」


上手く呂律が回らない。言葉が整理できない。頭の中が、四次元ポケットの中身ばりにぐちゃぐちゃだ。


理性では理解している。目の前の少女達は魔女とは言え、こっち側なのだという事を。だが本能が否定する。これはただの演技で、目的は人間界の撹乱、陽動、あるいは人攫い。


「……会ってまだちょっとですし、信用しろとは言えませんわ。でも、黙ったままではそれもいけないと思いまして……」


わかっている。彼女達が嘘をつけるほど器用でない事を。瞑鬼ばりに不器用なのだろうということを。


はやる動悸に滲む汗。大人の振る舞いをしようと、なんとか顔には出さないように。


「……君たちは、もう儀式のことは知ってるのか?」


「はい。何度も見て、何度もおかしいと思って……。ですから、逃げてきたんです」


「……あの魔女の目的を知ってるか?」


「明華さん……、あとルドルフさんにマーシュリーさんは、向こうでの私たちの育て親です。だから多分、狙いは私たちを殺すことです。でも、きっと他の人たちも……」


「……だから、殺されるから君たちは逃げてきた。逃げた先が追っ手によって、混乱に陥ると知って」


「…………っ!」


つい口から漏れてしまった、絶対禁忌のその言葉。違う。ここで攻めるべきはソラじゃない。そんな事をするのは中学生未満のやつだけで十分だ。


気がつくと、ソラのほおを一筋の涙が伝っていた。責められるのは辛かろう。自分たちは悪くないのに、自分たちが原因で人間界に災いが。一番辛いのは他ならない彼女達のはず。


だが、陽一郎は自分を止められなかった。魔女と聞くだけで、目の前にいるのが嫁の仇の一族と知るだけで。


「……それで、話してどうするつもりだ?それは他の奴にも言ったことか?もし違うなら、何故俺を先にした……」


口を開けば、出てくるのは文句ばかり。違うだろと自分を叱りつける。


「……瑞晴さん、夜一さんと瞑鬼さんにはもう。千紗さんには、明日言います。……えっと、でも、お父さんにはそれじゃダメだと思って」


相当に緊張しているのか、ソラの言葉は途切れ途切れで上手く聞き取れない。それにぽたぽたと涙を垂らしながらの事だから、せっかくの可愛い顔が台無しだ。


「その……瞑鬼さん達は居るだけでいいって……。お前らと居ると楽しいから、だから守るって……。でも、お父さんは……その、私たち何もできないから……。お返しできないから。信用してもらえないから……」


長ったるい台詞をゆっくり読み終える。ソラの震える手が、パジャマのボタンに掛けられた。同時にアヴリルも、全く同じ行動をとる。


陽一郎だからなのか。もう二人が何をするのか分かっていた。だから言いたかった。やめてくれと。そんな事すんじゃねぇと。


だがそれは、彼女達が悩みに悩み抜いて出した結論なのだろう。自分たちにできることが無い。ただ守ってもらっているだけじゃ、自分たちを許せないのだろう。


月明かりの下、薄暗い廊下。衣擦れの音が聞こえた。


「……ぜ、全然物足りないかもしれないですけど……、これしかできないから……」


「……ご、ご自由にしてください。信用してもらえるんなら……、私たち、何でも……」


ソラの手が陽一郎の右腕を、アヴリルの手が左手をとる。何をしようとしているのか。そんなのは四十年も生きてれば自然とわかる。


その瞬間、陽一郎の頭に言葉が浮かんでいた。


「あんた、人助けんのに一々理由考えんの?そんな事考える暇あんなら、私のいいとこを一つ見つけるくらいしなさい」


亡き和晴が言った、ずいぶんと昔の記憶。今になってそれが思い起こされた。きっと、この姿を和晴が見たら陽一郎はぼこぼこに張り倒されるだろう。少なくとも彼女はそんな人間だった。


ロケットが少しだけ輝いた気が。どこからか、ばしっと一発気合いが入れられた。


細々とした二人の手を、そっと振りほどく陽一郎。驚いたような顔をするソラとアヴリル。そんな二人に向かって、背筋を伸ばし、大人の言葉を降り下ろす。


「悪いな。浮気したら俺が殺されちまう。そりゃ瞑鬼にでもやってくれ。あいつ、絶対ぇ喜ぶぞ」


顔を赤らめて慌てふためく瞑鬼を想像し、けらけらと笑う。覚悟は決まっていた。最後の最後に、嫁が思い出されてくれた。


空に上がった月を見る。淡い光が降り注ぎ、不思議と気分が晴れやかに。だが、納得したのは陽一郎だけらしい。


「……でも、それじゃ私たち……、全然」


ソラの言いたいことはわかる。自分の若いときもそうだった。ただひたすらに居場所にいる意味を求めて、できない自分はダメだと思って。だが、そんなのは履き違えた若者のいい例にすぎない。世の中に適材適所なんて便利な言葉があるんなら、それを使わない馬鹿はいない。


「やれることならごまんとあんぜ。メシに掃除に洗濯によ。俺ぁどうしても家事ってのが苦手でな。瑞晴の負担減らせるんなら、三色プラスでつけてやる。それにお前らの可愛さなら、うちは一瞬で繁盛するかもな。二店舗経営も夢じゃねぇかもってよ」


ゴツい掌を少女たちの頭の上に。さらさらとした髪の感触を楽しみつつ、子供の時に瑞晴をあやしたように。けれど、ソラたちは泣いていた。


不器用な男ができるのはこれまでだ。後はひたすら、泣き止んでくれるのを待つしか無い。女子中学生を泣かせだなんて娘に知られたら、おじさん生きていけないだろうから。


「瑞晴は、たまにだけどよ、妹が欲しいなんて言ってた時期もある。朋花もいるけど、それに加わってくれれば文句はねぇよ」


ひっくひっくと啜り泣き。触れているのは魔女じゃない。ただの普通の女の子。そんな単純なことがわかった夜だった。


だから陽一郎は誓う。こんなに素直な少女たちをここまで追い詰めた大人の魔女という奴を、必ずぶっ潰すと。



極めて珍しかった陽一郎のメインもここで一区切りです。いろいろ過去があって、だから今があって。

多分、人生の価値って経験じゃないんでしょうか。

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