ぶっ壊された店の中で
あぁ、これが掲載されるころには、僕はフライング。
そう言うと明華は、くるりと踵を返し塀を飛び越え人様の家の屋根上へ。月下に煌めくその格好は、まさしく店の使者というのが相応しい。
瞑鬼たちに挑発的な目線を投げつけ、明華は夜の闇へと消えていった。それを追おうと、瞑鬼は瞬時に魔法回路を展開、痛みを堪えて飛び出そうと。
「追うなっ!」
しかし、陽一郎がそれを制止。あまりの剣幕に、急き立っていた瞑鬼の脚が縫い付けられる。
「……さっき学校に電話入れといた。じきに英雄も出張る。ってか、お前ら消えたら誰がちびっ子たち守んだ?あぁ?」
いつもの下町親父のような口調は何処へやら。今の陽一郎はやけに怒りが表面に出て来ている。
陽一郎の言葉を聞き、頭が戦闘モードだった二人も落ち着きを取り戻す。背中の痛みを抑えて、路地を睨む瞑鬼。当たり前だがそこに明華の姿はない。
まだ血が抜けきっていない脳を回転させながら、瞑鬼はボロボロになった外壁にもたれかかった。
今ので瑞晴たちは怪我をしただろうか。関羽に命令したのだから、向かったのはおそらく二階。それも、瞑鬼の部屋という可能性が濃い。予想通り、少し上を見ると電気がついていた。
静かになったことを確認してか、片膝をつきながら起き上がる夜一。痛々しくも血だらけの身体。陽一郎の弾丸が、硬化しきれていない部分を貫通したのだろう。
「……立てるか?」
「……ここは見栄を張りたいところだが、すまんな。さしもの俺もこれはキツい」
普段はべらべらと意味のわからないことを真顔で述べるのが夜一だ。その夜一が、手も足も出ずに滅多打ちにされてキツイと言う。即ちそれは、夜一が負ったダメージが相当深刻ということ。
「……さっきの、魔女だよな?なんでウチに……」
とても再開など出来そうにない店内を見渡して、店長が一つ嘆息。半分は自分で吹き飛ばしたものだが、どれを見てもとてもたべれる状態ではない。
ふらふらの状態で塀にもたれる瞑鬼。崩れかけの棚に掴まって、なんとか立っている夜一。掟破りの反動で、筋肉が痙攣を起こしている陽一郎。まだたった一人の魔女と軽くじゃれ合っただけだと言うのに、フレッシュは酷い有様だった。
騒ぎを聞きつけたのか、商店街に灯がともる。ざわざわとした野次馬声も聞こえて来た。遠くの方ではパトカーがサイレンを鳴らしている。
「……瞑鬼、俺らは今同盟中だな?」
瞑鬼と夜一が逃げようとする中、一人だけ冷静に周りを見渡す陽一郎。
「……はい。英雄さん曰く、ですが」
瞑鬼としては、一刻も早くこの場から立ち去りたかった。責任だとかどうとかを訊かれると、どうしても話題がソラたちの元へ飛んでいきそうだからである。
陽一郎、もといハーモニーから身分証を発行してもらった瞑鬼とは違い、二人は言わば不法入国者。それも魔女となれば、拘禁拷問は免れないだろう。
そんな瞑鬼たちの思惑を察してか、陽一郎がいつもより三割増し大人な口調で言った。
「……めんどい事は俺がジジイに話つけとくからよ。取り敢えず夜一は上言ってあいつらに話してこい。んで、瞑鬼は俺とだ」
どうしていいかわからずに狼狽える瞑鬼たちとは違い、流石陽一郎は大人だった。今回の事態は普通の人が魔女に襲われたのとは訳が違う。普通の魔女が人の魔法回路を奪うのに対し、明華は明らかに特定の個人を狙っていたのだ。
そしてそこは魔法が憑依な陽一郎。何となくだが、事の顛末が予測できていた。
それから警察と野次馬が集まる前に、夜一が二階へ行って一先ず六人でどこかへ身を隠しに。瞑鬼たちは集まった人への説明と、状況見聞やら事情聴取やらの事務手続き。しかしそれは神峰家からの口添えもあり、あまり深掘りされる事は無し。
午後九時ごろに直接神峰邸にお邪魔。無駄に広い応接間で校長と英雄に事態の発端を話し、当面の対策を考える。出て来た結論は見回りの強化だった。
フレッシュに魔女討伐が委託されている以上、ハーモニーは必要以上に手出しをしない方針らしい。人の命がかかっている事だけに、瞑鬼もさっと首を振れなかった。
お茶を啜りながら、色々と考える。ソラたちの件、そして復讐の件。ここまで来たら、最早プライドがどうこう言ってられない。そう思ったのだろう。
「……英雄さん、力貸してください」
瞑鬼がこの世で最も嫌うタイプの人種である英雄。それに助けを求めるくらいには覚悟を決めたと言う事なのだろう。
英雄もそれに応じ、臨時としてだがフレッシュに英雄が加わることとなった。それはつまり、神峰勢力のユーリと満堂も一緒にと言う事。
情報規制の目処と保険の申請を済ませると、二人は神峰邸を後にした。すっかり暗くなった夜道を、肩を並べて歩く。
夜一たちは千紗の家にいるらしい。今回ばかりは親父さんも並々ならぬと判断したようで、千紗の部屋に転がり込んでいるのだそう。安心なことに、関羽とチェルも無事に保護されている。
道すがらタクシーを捕まえ、件のマンションへと向かう。窓を過ぎるポツポツとした灯りの中、瞑鬼は未だ震えが止まらないでいた。
フィーラが死んで、魔女が本格的に動き出して。狙われているのはソラたちだけじゃない。同じ魔女である明美が朋花に目をつけている以上、その事が彼女たち伝わっていても不思議ではないのだ。
一つの街に、魔王軍と魔女の勢力が。それだけでも十分に脅威なのに、今の人間側の力を考えると尚更絶望は深まる一方。
煩悶を抱えながら唸っていると、ふと陽一郎が手を伸ばす。大きってゴツい手が、瞑鬼の頭をくしゃくしゃと。まるで失敗した息子を慰めるような、荒々しくも優しい手つき。
「……お前にも色々あるんだろうが、そりゃ高校生の一顆にゃデカ過ぎる荷物だ。一人で潰れても意味ねえんだぞ」
陽一郎の顔は瞑鬼を見ていない。しかしそれは逸らしたいからではなく、瞑鬼が逸らして欲しいから。野郎には例え親でも見られたくないものが多過ぎる。
「…………はい」
それは例えば情けない姿だったり、あるいは泣き顔だったり。今の瞑鬼は両方だった。初めて人前で流したマイナスの涙という奴は、滴るたびうざったくも綺麗に光を交らせていた。
重火器についてですが、まぁ、野暮なツッコミはやめましょう。
僕もあまり詳しくないのです。