格の違い
やっとこさ現れた最後の魔女。さて、彼女の実力は?
残ったのは瞑鬼と夜一、そして不意を突かれてご立腹な明華の3人。障害物の多いこの地形は、夜一にとってはやや不利と言える。
「……めんどくさい」
ぱらぱらと頭からガラス片を舞い散らせながら、明華がゆらりと立ち上がる。血の一滴も出てない。魔力の多さを体が物語っていた。
一瞬だけ目を合わせ、瞬時に夜一が構えをとる。作戦を確認する暇はないので、ここからは完全アドリブ戦だ。
上段から下へ向けた夜一の蹴りが、むなしくも宙を切る。しかしそこへのカウンターも、見事に夜一は避けてみせた。
明華が棚を横薙ぎにし、一気に果物を夜一に蹴りつける。刹那のためらいこそ見せたが、その全てを夜一は叩き割った。
ガラスが飛び、蛍光灯が割れる。ついには商品棚も破壊された。あまりにも激しい二人の格闘に、店自体が潰れそうな悲鳴をあげていた。
割って入りたい所だが、正直瞑鬼にあのレベルについていけというのは無理な話だ。ただでさえ手加減した夜一に一本かそこらだというのに、実戦の、それに敵も味方も殺しに来ているとなれば無理一色。
これまでの魔女、マーシュリーやルドルフも確かに強かった。だが、明華のそれは文字通り次元の違うものだ。中国拳法なのか、次第に夜一が押され気味に。
夜一の渾身の突きが虚しくも髪を掠める。その夜一の右手が明華に掴まれ、今度は反撃の膝蹴りが見事夜一の水月にクリーンヒット。したかに思われた。
「……ルドルフを出せ!」
しかし、流石は夜一。明華の膝を左手で掴み、そのまま握りつぶそうと力を全開に。ミシミシと音を立てて明華の骨が軋む。
「……ふふ」
魔法回路を開く明華。空いた手で脚をなぞる。すると、そこがシャラシャラと音を立て、鋭利なワイヤーへと変化した。
あわよくばこのまま脚を砕き、二度と歩けない体にしよう。そう思っていた夜一の策も、明華の魔法によってあっさりと閉じられてしまう。
脚がいきなり糸になったことにより、夜一の反応が一瞬遅れる。気づいた時には、夜一の視界が天地逆転していた。
掴まれていた右手を起点に、渾身の一本背負い。肺の空気が漏れる。背骨が嫌な音を鳴らした。
はたから見ていた瞑鬼の目には、それはあまりにも鮮やかなものに映っていた。あの夜一が完封された。そんなのを見るのは初めてのことだ。
「……っっきさまぁ!!」
なぜだか夜一の明華を見る目は異常なぐらいに熱烈だ。目尻が裂けるほど血眼に、皮膚が破れるほど魔法回路を強く拡く。
痛みのせいか頭がうまく回らない。脳震盪を起こしているのか、瞑鬼の平衡感覚はイかれてしまっていた。
不満足を顔に表して、夜一の手を離す明華。二人は動けない。まだ関羽たちも逃げれてない。状況は絶望的だった。それでも、二人がやらねばならなかった。
無理やり魔法回路を開き、魔力を展開。半ば無理やり身体を起こす。と、
「寝てろクソガキ!」
部屋の奥から怒鳴り声とともに、一発の爆音が飛んできた。瞑鬼たちが知覚するよりも前に、鼓膜が破れるような音と光が脳を刺激する。
「っ!」
金属同士がぶつかった時のような若干の反射音。それと同時に、明華の身体が店のガラス戸をぶち破った。
きーんと響く耳鳴りと、頭が破裂したような衝撃に思わず蹲る瞑鬼と夜一。二人をこんなにした元凶が陽一郎であると知るのは、ほんの何秒か先のことだ。
「……よ、陽一郎さん?」
痛みと衝撃とでぼやける視界。そこに映っていたのは、漆黒の銃身を片手で握った陽一郎の姿だった。
どこぞの特殊部隊のような迷彩服に、硝煙を吐き出すRDI ストライカー12。素人目から見てもわかるショットガンの異形に、瞑鬼は若干の恐怖を覚える。
陽一郎は元傭兵。それに、この街にはそんなのが最低あと二人はいる。本人の魔法が超近距離なだけあって、飛び道具を使うのは納得がいくだろう。どこから仕入れてきているのかが気になる所だが、瞑鬼と夜一も余計な詮索はしないと決めた。
圧倒的な一撃だったはずなのに、あっさりと立ち上がる明華。だが魔力全開の防御でも流石に穴はできるらしい。現代科学の前に、魔女の皮膚は血を流していた。
「ったいわね……」
「夜一っ!!」
明華の事など完全に無視した、陽一郎の怒鳴り声。そこから何かを察知したのか、夜一が魔法を体全体に展開。全身を甲冑と化す。
明華が陽一郎の動きに気づいて動くよりも一瞬前、その時点で陽一郎の人差し指は既に引き金を引いていた。
掟破りの二丁散弾銃が店の外壁を蜂の巣に。筋力を最大限まで高め、フルオートで全弾打ちつくす。
片や散弾の、片やライオット弾という組み合わせ。明華もまさか銃火器が出てくるとは予想してなかったらしく、対応は遅れに遅れている。
跳弾が宙を舞い、瞑鬼の頭すれすれを掠め飛んで行く。この惨状では夜一とて無事じゃないだろう。
肉が飛び、血が弾く。爆音と銃声が鳴り止んだ頃には、もうそこに見慣れた桜青果店の姿はなかった。
運動エネルギーの塊を叩きつけられた明華の身体は、いつの間にか店の外へと押し出されている。
足元には血溜まりが。現時点では町最強の魔女とは言え、これは防ぎきれなかったらしい。しかしそれは陽一郎とて同じこと。無防備に曝された跳弾と反動で、体が痺れていた。
「…………ふふ」
不意に、笑い声が聞こえる。その瞬間、瞑鬼たちの身体は硬直していた。魔法回路を開こうにも、そんな元気は出てこない。
それは女の人の声だった。次第に声は大きくなり、それが誰もものかも判明する。
「こんなものなのねぇ」
にやりと浮かべる肌寒い笑み。吊り上がった口の端は剥がれた化粧で少し燻んでいる。
銃弾は全て防がれていた。明華の筋肉にではない。明華は服すら破れていないのだ。それもそのはず、魔法回路を展開した彼女の目の前には、うっすらとだが上下左右に糸が張り巡らされていた。
飛来したはずの弾丸は全て、明華の肌ギリギリのところで止まっていたのだ。血が出ているのはほんの一部。決してダメージとは言えそうにない。
明華が指を鳴らす。その瞬間、彼女を取り囲んでいた無数の糸が、半円状に飛び散った。コンクリートを裂き、店の看板を真っ二つに。かろうじて避けた瞑鬼の薄皮も、触れただけで持ってかれていた。
「……予想外ね。特にそちらのイケメンさん、いつかうちに来なさいな。ちゃんと女の子にしてあげるわよ?」
強いです。はい。チートですよ、チート。