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上書き勇者の異世界制覇  作者: 天地 創造
逃亡の魔女編
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あいしてる

やっと帰ってきましたよ。この日常に。


人間、本当に信じられないことを聞くと頭が働かなくなるようで、今の瞑鬼はまさにその只中にいる。あの話の続き、それは、陽一郎が高校を出てすぐの頃。


当時は今よりもはるかに三族対立の溝が深かったようで、ほぼ毎日と言って良いくらい戦争が行われていたらしい。人間界側からは圧倒的な人が、魔女はその少ない個体をどんどん減らし、魔王軍が私腹を肥やす争いが。


そしてその折、兼ねてからの願いで陽一郎は傭兵に志願した。街一番の喧嘩やろうがあだ名だった陽一郎にとっては、殺したら褒められていくらでも暴れられる戦場は天職だったと言われたらしい。


そこで出会ったのが、里見や校長、そして桜和晴だったと言うことだ。つまりは、陽一郎は退役軍人なのである。役務を終えて帰ってきて、そこでハーモニーが結成された。


だからこそ有力な情報も聞き出せた。魔女との戦いでの立ち回りや、魔女の特異性、隠れ家を選ぶ基準など。しかし、当然もらったのは良いことだけじゃない。たった一人の魔女を倒すために、30人の小隊が全滅するのも日常茶飯事なのだとか。プロですらそれなのだから、聴けば聞くほどやる気は遠ざかってゆく。


さっさとやる事をやって家に入る。玄関を開けた瞬間に、瞑鬼の顔に何かが張り付いてきた。


「……おぉ関羽。女性としてそれはどうかと思うぞ」


自分の顔面に腹を擦り付けてくる愛猫を引き剥がし、両手に抱え込む。この手触りも、なんだか随分と久しぶりな気がした。


一週間近く構ってもらえなかったことが相当に不満なのか、関羽のご機嫌は急斜面を迎えている。その証拠に、どれだけ瞑鬼が廊下を歩き回ろうが降りてくれる気配がなかった。


面倒臭い彼女を持ったような気分。それでも可愛いからついつい許してしまう。なんの因果か、一瞬だけ瞑鬼の脳裏に甘えてくる瑞晴の画が。溢れ出てくる煩悩を心の奥底に押さえつけ、みんなの顔を見るため居間の戸を開く。


「……げっ、瞑鬼いたの?」


まず真っ先に目があったのは朋花。相変わらずの減らず口を叩いて、眉をひそめている。


部屋の中は日常の空気で満たされていた。だがさすがに一部屋に8人も集まると壮観で、もはや卓に瞑鬼の座るスペースはありそうにない。


各自が各自なりに会談したり携帯をいじったり。ソラとアヴリルはこの空気に慣れてないらしく、随分と縮こまっていた。


「おーうガキども、今日の晩飯は瑞晴お手製だ。残した奴は明日無休労働だからな」


「まぁ、今日のメニューは冷やし中華だし、そんな残ることもないと思うけどね」


「……ほう、瑞晴の手料理か。千紗とどっちが美味いのか」


「そういうこと言わない。ってか多分瑞晴のが美味いと思うよ」


「おおっ!そうだろそうだろ!最近瑞晴の味付けが母さんに似てきてな、もうお父さん泣きそう」


「……へぇ、こんな味だったんだ」


8人も人がいるとなると、それはそれは賑やかになるだろう。しかも此処にいるのは全員が全員井戸端好きな人ばかり。こんなのが集まれば、喧しくなるのは当然だったのだ。


しかし、そんな中でも例外は出る。朋花はお絵かきでもしているのか、スケッチブックにペンを走らせるのに夢中だし、言葉のわからないソラとアヴリルからはどうしてもアウェー感が拭えない。


「……教えてやろうか?日本語」


少しだけ空いた畳に腰を下ろす瞑鬼。まだ関羽は手に乗ったままだ。他の女の子に声をかけたのが気にくわないのか、これ見よがしにソラたちに自分の存在をアピールしている。


「……お願いします瞑鬼さん。日本語って難しいって聞きますけど、頑張りますよっ」


「まぁ、これから日本で暮らしますものね。ではまずソラ、瞑鬼さんをお誘いするのです!日本語で!」


「えっ!?なんで!?」


「昔そう習ったんですの。言語習得の一番の近道は、恋人をつくることでしてよ」


確かにその説は瞑鬼も聞いたことがあった。必死に覚えようとするからなのだとか。


くだらない会話、くだらない時間。ここ最近ちょっとと言うかかなり異常だった瞑鬼にとっては、限りないくらいに嬉しい瞬間だった。


「それじゃあまず、愛してるって言ってみ」


「……?あいしてる?」


「最後に俺の名前をつけて」


「……ん?あいしてる瞑鬼」


言葉がわからないのをいい事に、そして先生であるのをいい事に、瞑鬼は自分の欲望を満たしにはいっている。この歳のこの可愛さの娘に愛してると言われたいのは、全国の男子高校生共通の認識だろう。


まだソラたちに意味を教えないまま、今度はアヴリルにも同じ事を。ちょっとだけの役得、教師の楽しみという奴を垣間見た気がした。


暫くすると、次第に台所から麺が茹る匂いが漂ってくる。トントンとリズムを刻む包丁も。一人でやるのは大変かと聞いて見るも、こりゃ作り甲斐あるねの一言で腰を下ろす瞑鬼。


ソラたちに「愛してる」の意味を教えたら、たちどころに二人とも顔を赤くしてしまった。その仕草にまた萌えつつ、新しい単語をどんどん教えていく。


そうしてソラたちが愛の授業を受け終える頃には、すっかり晩御飯の支度は整っていた。机のど真ん中に鎮座した中華皿に、山のような麺と薬味が並べられている。


8人分のつゆが並べられ、四膳しかない箸の代わりに野郎と瑞晴にはスプーンが割り当てられた。


「残したら死刑でいただきます」


陽一郎から恐ろしい文言が唱えられ、フレッシュ及びハーモニーの合同食事会が幕を開けた。ソラたちは十字を切ってから。


中国も箸は使うので、ソラたちの食事マナーは至って丁寧だ。巧みに麺を掬い、ちゅるちゅると食べている。それだけでお腹が一杯だった。


時は過ぎて午後八時、賑やかだった晩御飯も終了し、片付けもほとんど終わった頃。まだみんな居間でゴロゴロしていたいのか、台所の方の椅子に座ってみたり、エアコンの風口に手を当ててみたり。これから魔女の討伐をしようとしている団体とは思えないほどに、緩み切っていた。もちろん瞑鬼も。


「次を教えてください!面白い、面白いですわ!フランス語にはない表徴の言葉がいっぱいありますの!」


「んじゃ次はこれな。『君の瞳に乾杯』言ってみ?」


「き、きみのひとみにかんぱい?」


片言の言葉。回ってない呂律。どれをとってもソラは可愛かった。今まで年下などクソ生意気な朋花しか居なかったからか、瞑鬼は頼られるといつも以上に張り切ってしまうのだ。


素直で話を聞いて、瞑鬼をロリコン呼ばわりしない。それだけでもう満足だった。


日本語の習得は難しい。


そう感じた今日この頃。

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