百万年の未来へ
ちょい短いのは勘弁してください。
「お前も行きたくなったか?あっち」
「……はい、結構。俺やっぱ、ここに来て良かったです。元の世界だったら、絶対……」
瑞晴たちのあまりの緊張感の無さに当てられたのか、うっかりと秘密を漏らした瞑鬼。元の世界なんてNGワードが何気なく出てくるあたり、相当に気を緩めていた。
「……俺もな、割とお前にあって世界変わったかもしれん。礼を言うぞ、瞑鬼」
すぐさま我に返り、何食わぬ顔で話を続ける。面倒くさい物は、蓋閉めて地中深くへ。それが瞑鬼のモットー。
そんなこんなで移動する事三十分。瞑鬼たちは森の中へと足を踏み入れていた。海岸沿いだからか、やけに潮の香りが強い。
気温と疲労とが相まって、だくだくに汗をかく男衆。フィーラの遺体が入った棺桶の重さは約八十キロ。三人で割っても一人二十五キロ以上あるので、決して軽いとは言えない。が、どうやらそれは瞑鬼だけの問題らしい。陽一郎も夜一も、軽々と持ち運んでいる。
里見ら女性陣が運んでいるのは、穴を掘る用のスコップだ。雪かき用の鉄製のやつを二本ばかり。学校からの拝借品である。
重たい足を引きずって出たのは、一面海の岸壁だった。眼前に広がる海に制限はなく、無限を思わせる海水が夕日に照らされて眩しくもうつくしい。
「……ここなら、花火もよく見える」
空祭りが行われるまであと少し。その時には沖合いから花火が上がるので、ここが特等席となる。祭りを楽しみにしていたフィーラに、瞑鬼はどうしてもこの席を譲りたかった。
魔法回路を展開し、急いで穴を掘る。日が暮れたら帰り道が危ないし、何よりこんな所を魔女に見られでもしたら最悪なのだから。
一通り地面を掘ると、今度は棺桶をその中へ。腰が折れそうな思いをしても、瞑鬼の心には一ミリの辛さも湧いてこない。
魔女式の葬儀の最後、本来なら手向けとして芸か何かを披露するらしいが、そんなことをしている余裕はない。結局ソラが口上を読むことでいいという事になった。
「……土に眠りし、朋友よ。汝が新たな旅立ちに、旧友からの取り決めを。一つ、いつ何時であろうとも、我らが糸は彼の胸に。この先どこかで会ったなら、敵であろうと抱擁を……」
死を新たな門出とする、魔女の宗教らしい文言。祀るとか成仏だとか、そもそもそんな概念がない。それが白十字教。全魔女の信仰を集める宗教。
慣れているのだろう。同世代の中で一番の年下がやるのが流儀らしいから、きっと何度もやって来た。だが、今のソラは違った。
瞑鬼の見間違いかもしれないが、ソラは確かに泣いていた。言葉を紡ぎ、涙をこぼす。
「汝の旅に祝福を。百万年の、未来を歩め」
そこでソラの言葉は終了した。震えた声の、湿気を孕んだ送辞。次が始まるかのような一言。輪廻転生とも違う価値観に、瞑鬼は世界の広さを実感した。
ソラの御言葉が終わると同時に、フィーラの棺桶に土がかけられてゆく。体を動かせば頭が止まるはずの夜一でさえ、今は気難しい顔をしていた。
ちらちとアヴリルの顔を見る。確実に泣いていた。頬を伝った水の雫が、湿度を奪って滴り落ちる。自分が死ぬよりも他の人が死ぬ方が辛い。前に陽一郎から聞いた言葉だ。その時は、まさかあるわけ無いと思っていた。だがあった。
「……十五歳よね、あんたたち」
野郎たちが棺を埋めている間、それを傍で見守っていた里見から、女性陣への一言。この暇な時間を利用して、うら若き乙女たちにセクハラぎりぎりの質問でもするつもりなのだろうか。
「……はい」
「……事情は聞いてるわ」
「……そうですか」
里見の目はソラたちには向けられていなかった。海の向こう側を見つめるように、ただ一点だけをじっと見ている。まるで遠き日の記憶でも思い出すかのように。
妙な間が開く。まだ作業は終わりそうにない。流石に人一人分の穴を埋めようと思ったら、男三人でも十分弱はかかるだろう。里見はそれまでに話を終わらせるつもりでいた。この話をするのは、絶対に同性だけだと決めていたから。
「……別に、そんな大人んなんなくていいのよ?どうせ時間経てばシワも出るし身体も悪くなるし。……学生のうちなんて、バカとバカやっときゃ世界回るんだから」
いつぞやの自分に言い聞かせてでもいるかのように、里見は言葉を続ける。まだ中学生で日本語もほとんどわからなくて、おまけに恋愛の矜持もない魔女っ子たちにとっては、到底理解できる内容ではなかった。だが、里見はそれを理解した上で話していた。あるいは、それは瑞晴たちに向けられたものだったのかもしれない。
難しそうな事を言われたにも関わらず、ソラだけは里見の言う事をちゃんとわかっているようだった。二つ違いの瑞晴たちにも理解し難い大人の日本語というやつを、直感だけで訳したのだ。
「……あのバカたちと、ですか?」
「そうね。あのバカ達とだと、多分いい感じ。柏木なんていい物件だと思うわ」
「……それはダメです。あの馬鹿は並大抵のバカじゃありません。……だからダメです。絶対」
里見の軽い発言に、千紗が敵意むき出しで食ってかかる。獲物の釣れっぷりに驚いたのか、にやりと笑う里見。
どことなく里見から漂う母親のようなオーラ。瑞晴は思い出していた。こんな事を、以前に自分に言った人がいた事を。小学校入学前が最後だった。あの日瑞晴のおでこにキスをして、扉をくぐった和晴の姿は、今でも瞼に焼き付いていた。
今のフレッシュに最も足りないもの。それを里見は見抜いて、早めに策を打ってくれた。それは一方では愛情と呼ばれたり、片や親愛と呼ばれたりする。高校生の瑞晴では、彼女たちに母としての教えは享受させれない。
言いやすさと語呂って大切。