白十字教
友達の、それも女の子。その子のお父さんの車に乗るって、多分高校生が味わう最も大きい恐怖の一つだと思うんです。
片田舎のがらんとした高速道路を、二台の車が連なって走っていた。一つは白い軽トラ。後ろにやけに大きな荷物が乗っているのが印象的で、さらにその荷物の大きさがすれ違う車の目を惹く。
前方の車両、恐らくは名もなきメーカーから発売されたのであろう、シルバーの六人乗りの車は、高速道路なのにやけにスピードが遅い。運転慣れしてないのか、それともただ単に左側に寄っていたいのか。
流石は日本海に面する県だけあって、道路のすぐ隣は大海原が広がっている。果てなき空に、無限と見まごう程の水平線。目を凝らしたら朝鮮半島の一つでも見えてくるのではないか。思わずそんな事を瞑鬼は思ってしまう。
「……そうか、そんでお前ら、最近アレだったのな……」
後ろの狭い軽トラの中、陽一郎が言葉を漏らす。エアダクトから流れ込んでくる空気に、ほんのりと混ざった潮の香り。重たい雰囲気が車内を支配していた。
ほんの一時間前に、瞑鬼たちフレッシュはフィーラの葬儀を行う事を取り決めた。そして出ていく直前に陽一郎からの協力申請があり、今に至ったと言う所だ。
フィーラの遺体を棺桶に乗せ、それを更にトラックの荷台に。本来ならばちゃんと埋葬してやりたいのだが、住所不定の身分証もなし、しまいには戸籍すらない人間を入れる墓地が余っているほど、この世界の天国とやらは客がいないわけじゃない。戦争やら暗殺やらでどんどん人が減っていき、市役所もいっぱいいっぱいらしい。
「まぁ……なんだ、俺は瑞晴さえいつも通りなら、別にお前らが何してようと何も言わん」
前を見たまま陽一郎が言った。瞑鬼が話したのは、海の家で二人が三人の女の子を拾ったという所まで。まだ彼女たちが魔女っ子だと言うことは話してない。陽一郎を信用してないわけじゃないが、和晴の話を聞いた以上どうしても言い出せなかった。
メーターが唸り、車体がガタガタと音を立てる。桜青果店開店当初から使われたオンボロトラックには、この速度は些か負担がでかいようだ。
話すことがない道中。気まずさだけが車内を満たしていた。二人乗りなだけに、静かなのはすごく困る。ラジオから流れてくる芸人の声にこんなにも苛立ちを覚えたのは、恐らく初めてだろう。
前の車、陽一郎と一緒に足となってくれた里見の車には、瞑鬼以外のフレッシュメンバーが乗っている。さぞ華やかな空間だろう。今すぐにでも車を止め、助手席に座って海を眺めているであろう夜一と変わって欲しいくらい。
「……陽一郎さん」
「……ん?」
「なんか……ほんといろいろすいません。俺のことも朋花のことも、んで今回のことも……」
なぜ今自分は謝ったのか。そんな事に瞑鬼が気付いた時には、もう口から言葉はぜんぶ流れてしまっていた。
しばしの沈黙。陽一郎に謝ったからどうこうという話じゃないのは分かっている。だが理解はすれど、それを納得できるかは別のこと。
返答に怯える瞑鬼。何ならいっそ、大人の汚さ全開で罵られた方がいくらかマシな気分になれたことだろう。今まで出会ってきた奴は全部そうだったのだから。
「……めんどくせぇ」
悶々と一人で考えていると、そこに陽一郎の声が割り込んでくる。驚いた瞑鬼。窓から目を離し、ハンドルを握る陽一郎の顔を見た。
「前にも言ったけどな瞑鬼、そんなめんどくせぇこと考えんくても死にゃあせん。高校生つったら、まぁ、背伸びしてぇのは分かるけどな。だからって別に、そこは気にしんくてもいい」
「……いいんですか?俺多分、巻き込まれ体質ですよ?」
「……いいんじゃねぇの?そっちのが面白いだろ」
面白い。そんな事を言われたのは初めてだった。自分の境遇も性格も何もかも、瞑鬼は嫌悪の対象としていた。だが、それを初めて認めてもらえたのだ。その嬉しさとやらは本人しか知ることはできないが、まぁ、多分人生一と言っていいくらいなのだろう。
何事もなかったように車は走る。向かう先は、瞑鬼たちがバイトをしていた海のすぐ近く。あの浜辺を少し歩くと出る森の中にある、見晴らしのいい丘がフィーラの永住地だ。
魔女の里には宗教は一つしか無いらしく、葬儀は土葬が基本形。棺桶に目一杯の紫苑を詰めて、終わりよりも始まりを基調に弔うのだとか。死が新たな門出とされるのは、人間界の宗教とは少し異なっている。
だから車に乗る前、ソラたちは重っ苦しい雰囲気ではなかった。そこら辺は流石魔女育ちというか、やはり幼い頃から葬式は悲しく無いものと教えられてきたのは大きい。他人である瞑鬼たちの方が、今は涙を堪えるのに必死だった。
そんな事を考えていると、ふと携帯に着信が一つ。見ると、それは夜一からだった。陽一郎に断りを入れ、何気なくそれに出る瞑鬼。
『たっ、助けてくれ瞑鬼……』
しかし、電話の向こう側は何気ありまくりだった。いつもは無駄に冷静な夜一の焦った声が、瞑鬼の小さな鼓膜に木霊する。
「……どうしたん?」
見た所車に異常はない。何やらすごく運転が仰々しいが、事故ってないから心配する必要もないだろう。不安が走る。不意な敵の襲撃だろうか。
『あーっ!夜一さんだけずるいですわ。私も瞑鬼さんと話したいですー』
『なっ!貴様っ!いかん!俺のライフラインを切らないでくれ!』
『まあまあ夜一、いいじゃん可愛いじゃん。それとも何?渡したらヤバイの?不意にやばいメールとか来たりするの?』
『何の話だっ!?』
「……ホントに何の話だよ……」
警戒する瞑鬼をよそに、通話中の電話に飛び込んで来たのは何人かの女の子たちの声。女子特有のノリというか、皆んなで出かける時のあの異常なテンションに、瑞晴たちは陥っているらしい。
ただでさえ男子比が傾いているフレッシュなのに、あの車には夜一しか男はいない。そして同乗しているのが女子高生や中学生であるならば、その話題の対象は一人居座る悲しい兎に向けられても何ら不思議ではないのだ。大方、千紗との事を根掘り葉掘り訊かれて困りきってのライフラインだったのだろう。
聞こえてくる騒ぎ声。移動中の車、更に運転しているのは先生なのに、どうしてああも賑やかなのか。瞑鬼も陽一郎も、そのいかにもな青春と言った空気に魅せられて、思わず顔が緩んでしまう。
出る前はソラたちの気分を心配していた瞑鬼だが、この分だと問題ないだろう。暗くなるのは当たり前だし、間に合わなかった瞑鬼がどれだけ責められてもいい。が、こんな事になるなのは完全に予想外だった。
宗教一つ作るのは、意外と難解なんですね。