告げる始まり、取り残すは終わり
これにて、二章の前半は終了です。
とは言っても、後半結構長いですよ。もう書ききって今は三章書いてますが、まぁ、一周年の頃には終わるかと。
では、次回【逃亡の魔女】編。後半をお楽しみに。
金がない金がないと言うのが口癖の公立校に、シャワールームなんて大層なものは無し。頭から水を被れるのは、グラウンドの給水場か保健室の簡易洗面所しかないのだ。
半ば強引に衣服を脱がされた英雄が、なぜだかユーリと一緒に部屋の奥へと消えて行った。何やら中から英雄の叫び声が聞こえる気がするが、瞑鬼たちは完全にそれを無視。
「……これ、とっとと落とさないとやばいな」
「あぁ……。まぁ、だが確かうちのは炭酸カルシウムのやつだから、消石灰よりは安全だぞ。多分」
「……違いがわかんね」
白い粉を床にはらはらと落としながら、くたびれたソファに腰を下ろす二人。瑞晴も千紗も共に勝利を協賛したいが、こうもあからさまに汚れていると近づきがたいらしい。
汗で濡れた石灰が、液体となって瞑鬼の身体を伝う。作戦を考えたのは自分だが、少しだけ後悔もあった。
「あんたたちねぇ、安全だっつっても、そりゃ誤って口ん中入った時を想定したやつだからね?誰も頭から被る馬鹿のことは考えてないの?わかる?」
「わかんないっす」
「馬鹿のことを考えん大馬鹿の事など知らん」
「……はぁ、なんで馬と鹿が合わさっちゃったかなぁ……」
今回の件、一番怒っているのは当然ながら里見先生だ。保健室の当直かつハーモニーの救護班な里見にとって、敵でもない奴との私闘で負った傷ほど面倒なものはない。それが生徒であれば尚更だ。いつPTAから文句が飛んでくるかわからないこのご時世、医者といえど火種は近づけたくない。
しかし、瞑鬼たちとて一応は高校生。これから世話になることが多くなるであろう先生に嫌悪感を抱かせるほど愚かじゃない。取り敢えずの空誤りで頭を下げ、機嫌の坂を緩やかに。
何もさわれないし水分の補給もできない、地獄のような数分間。英雄がさっぱりして出て来たと同時に、瞑鬼と夜一は同時に洗面所に駆け込んだ。
「くっ!俺が先だ!石灰を撒いたのは俺だぞ!」
「考えたの俺だし!犯人は後からに決まってんだろ!」
せまい入り口でぎゃあぎゃあと騒ぐ。飛んで来たのは里見先生からの鉄拳だった。
やかましいから二人同時に入れという、高校生には厳しすぎる無茶振り。しかし拒否すると今度は赤ペンが眉間を貫き前頭葉でコンニチワしそうなので、残された選択肢はイエスの一つ。
野郎二人という、地獄のような空間。しかもパンツ一丁であれば更にそれが高まる。苛々も高まる。ストレスも溜まる。
水しか出ないホースで互いの体を流す。冷たいが、今の気温じゃこれがちょうど良かった。汗と石灰とで汚れた体は、確かに女子高生の前に出るには少し躊躇われる格好だ。
先生曰く、服は学校所有の体操服があるから心配するなとのこと。初めて異世界に来た日の黒歴史を思い出し、わざとらしく咳払いする瞑鬼。
一通り流し終えたら、貰ったタオルで体を拭いてドアを開ける。真昼間の水浴びはなかなか爽やかな風を運んで来た。
クーラー特有の空気の匂いに満たされた保健室。そこには落ち着きを取り戻した瞑鬼たちフレッシュと、英雄にユーリ、里見先生というハーモニー陣が敷かれていた。
「さて、取り敢えずは終わったわけだけど、これから君達はどうするの?」
自販機で買ってきた炭酸飲料を飲みながら、一人だけ体育教師のジャージを着た英雄が訊ねる。なんでも、英雄に合うサイズがなかったのだそう。
水も滴るなんとやらからの爽快青春光線が、瞑鬼の腐った両目を貫く。心なしかキラキラした効果も見えていた。ユーリがくっつくのも、なんとなく理解できてしまう。
「……そうですね、魔女とか魔王軍とか、いろいろありますけど……」
突然任された、リーダーなんて大役。それも今では、この街の自警団と同格にまでなってしまった。これまでの人生で人を束ねるなんて経験がない瞑鬼にとっては、馬鹿に重たい責任だ。
そして誰として、任されたから出来るというものでもない。いきなりなど到底不可能だし、何より変わってしまっては意味がない。だから瞑鬼は選ぶ。一番自分らしい答を。
「……まずは、フィーラを弔ってやりたいです。……それしないと、なんか……」
なんか、何なのだろう。よく分からない。言いたいことは有るのに、それが纏まってくれないのだ。
瞑鬼が最も恐れているのは、リーダーとして上手くやっていけるか、校長のように立ち回れるかでは無く、みんなの賛同が得られるかどうかである。一人だった時とは違い、今は仲間がいる。だから意見の衝突というのが、瞑鬼は何よりも怖いのだ。
瑞晴の顔を見る。さっきまでの不安そうな表情は何処へやら、その目は確かに明日を見ている。瞑鬼のことなど見透かしたような、大きくて栗色の瞳。引き込まれそうになる。
「……だね」
不安そうに見つめる瞑鬼の視線に気づいたのか、瑞晴が笑ってそう返す。後ろに隠れていたソラも、首だけで肯定していた。
「まぁ、そうだね。私的にもそう」
「……俺とて、その意見には賛成だ。誓ったからな。早くしないと胸が痛む」
千紗と夜一の了承も得たところで、瞑鬼たちの議論は可決された。全員が同じ意見だったことが驚きであると同時に、瞑鬼はどこか嬉しくさえ思っていた。心が通じるとか、そういうので喜ぶお年頃なのである。
意見も纏まったところで、早速行動に移すフレッシュのメンバー。ささっと荷物持って、その場から去ろうとする。
ノブに手をかける一瞬前、自動ドアでもないのに勝手に開く扉。そこに居たのは陽一郎だった。
「……俺にも手伝わしてくれ。んで、出来れば聞かせてくれねぇか?」
瞑鬼を見下ろす陽一郎。その目は心なしか悲しみが見え隠れしている。拗ねているとか怒っているとか、そう言うのではない。大人の悲壮感とでも言うべき瞳。
ソラを見る。彼女の覚悟は決まっていた。だから瞑鬼は頷いた。
ひぐらしの鳴く季節。魔法だとか魔女だとか、そんな面倒臭いものが音を立てて回り出す。
今はラインチョーカーって言うんですかね。あの学校にあるアレ。体育祭の時とか、随分お世話になったなぁ……。
今時の学校は消石灰ではなく、炭酸カルシウムの粉が主流だそう。口に入っても大丈夫だとか。
ちなみに、消石灰の方は入ったら最悪死にます。二分の一の確率で、瞑鬼くんたちも死んでました。