永創劔
ついに決着です。結果はどうなるのか?分かってても、過程を楽しむのが物語。
戦いが始まる前。思えば、あれほど分かりやすい仕掛けはないだろう。自分の度を過ぎた迂闊さに、英雄は苛立ちすら覚えそうだった。
瞑鬼の魔法は確認していたはずだった。しかし、警戒を怠ってしまった。書類に書いてあった魔法は三つ。ちゃんと3つ分の魔法を見ていただけに、そこに油断が生まれてしまったのだ。瞑鬼第二の音を届ける魔法。相手の耳に直接音を届けるということは、耳の指定ができてもおかしくないということ。
英雄が気付いた時は、既に二つの気配が間近まで迫った後だった。背後に一人と、その横に一人。
「…………くそっ」
「チェックメイトっす」
今度聞こえてきたのは、正真正銘瞑鬼の生声。だが、聞こえたところでもう遅い。英雄にはなす術がなかった。ぶん殴るわけにも、投げ飛ばすわけにもいかない。
瞬き程度の刹那、英雄の口からため息が溢れていた。どんな油断か、目まで瞑っている。
汗が頬を伝いきる前に、英雄の身体は動いていた。恐らくは瞑鬼と同じで、夜一も本気でくるだろうということを見越して。
焦燥が顔にでる。脳が興奮して、勝手に手が動き出していた。このままだと負けるだろう。そう、このままなら。
「【永創劔】」
英雄が言葉を放った瞬間、瞑鬼たちの周りの空気が歪んだ。だが特に光ったわけでも、激しい痛みが襲って来たわけでもない。
石灰の煙が晴れてゆく。三人とも、決着がついたのは直感でわかっていた。英雄が魔法を使い、瞑鬼たちに何かをした。それが事の顛末。
ようやくまともに開けた視界に映ったのは、一本の刀だった。薙ぎ払うように抜かれた刀身が、瞑鬼の脇腹で止まっている。
後から掃除の大変そうな床。真っ白になったそこには、この決闘の結末が色濃く示されている。はじめに理解したのは一番間近で見ていた瑞晴。次点で千紗が。
歓声が上がる。ハーモニー側からも、フレッシュ側からも。親父たちにはいい見世物だったようで、おひねりを投げるやつまでいる始末。
それをしてしまうのも無理はないだろう。英雄はこの自警団の現エースといっても過言じゃない人物。そんな男に、二対一とは言え、素人同然な野郎が魔法を使わせたのだ。
くすぐったく腹に触れた剣の感触をアドレナリンに変え、瞑鬼の顔がゆるむ。声をあげたいが、嬉しさと驚きで声が出せない。
「……いやぁ、まさか壁ぶっ壊すとわね。すげぇや、君ら」
やれやれと言ったように肩をすくめ、英雄が刀を消す。これが英雄の魔法【永創劔】の効果、刀剣の無限生成である。
「……いやいや、英雄さんもすごいっすよ。夜一の蹴り受け止めるって、化け物ですか?」
瞑鬼の視界の先で、さっきまでは確かに英雄が夜一の渾身の蹴りを刀で受け止めていた。硬化と格闘技の合わせ技で、並みの鉄なら砕く上段蹴りを、だ。
それに、英雄の創った刀には刃がなかった。仮にこれが本気の死合だったなら、負けていたのは確実に瞑鬼たちだろう。ハンデにハンデを重ねての、やっとの勝利。初めてと言ってもいい快勝に、瞑鬼の心は晴れていた。
「……マジで、すげぇよ。英雄さん」
ただ一人、夜一だけが違った。誰もが、瞑鬼ですら喜んでしまいそうなこの状況で、夜一だけが下を向いていた。視線が瞑鬼の足元を突く。不意に、言いようのない不安感が瞑鬼を襲う。
「……あぁ……、まじっすか」
恐らく、気づいたのは夜一と英雄、そして瞑鬼を合わせた三人だけだろう。他の人たちは、遠目すぎてわからないはずだ。
自然と目が下がる。床を見た。真っ白な石灰が積もっている。あまり体に良くないとの事から、今すぐ洗い流したほうがいいだろう。だが、今はそんなことを考えている余裕などなかった。
「……悪いね。俺も一応、負けちゃいけなくてね」
全員の視線が、瞑鬼の足元に注がれる。動かそうと思えばいくらでも誤魔化せただろう。だが、瞑鬼の塵程度のプライドがそれを許さなかった。
大きく引いた瞑鬼の左足。英雄を殴ろうと思って、踏ん張った証。何の因果か、それは扉を超えていた。半歩分だけ、それは体育館の外にいた。
ルールとして、夜一が後から入って来たのはアリだろう。始まってから外に出たらという取り決めな以上、最初から外で後から入るぶんには文句を言えないはずだ。だが、一歩でも出たらそこで終わり。
「引き分けってことで、どうです?」
しかし、ここで諦められるほど瞑鬼は引きが良くない。出てしまった過去が変えられないなら、せめてこれからの未来だけでも。そんな思いだ。
さっきまでの反響はどこへやら。しんと静まり返った体育館。二階のおっさんおばさんも、一人として野次を飛ばしていない。
「まぁ、そうなるよね。んで、どうする?もう一回?それか引き分け?」
ここに来ての英雄の提案。まず間違いなく、瞑鬼たちがどちらを選ぶかを見越しての質問だ。
爽やかな笑顔の裏に隠された、小さじ一杯分の悪戯心。それが奇妙なアクセントとなり、神峰英雄を演出していた。初めて見た時と変わらない、まるで主人公のようなオーラ。それに当てられたのか、瞑鬼の顔も丸くなる。
「……勘弁してくださいよ。俺らがどっち選ぶか、わかって言ってるっしょ?」
「いやいや、僕はまだ全然瞑鬼のことを知らないからね。ほんのジャブ程度の確認さ」
悪びれもせずに、英雄は笑う。子供のような無邪気さと、どこか感じるビターな匂い。同類、と言うのは言い過ぎだろうが、瞑鬼が親近感を覚えたのもまた事実。
かくして、第一回ハーモニー対フレッシュの無駄な決闘は終幕を迎えた。たまたま運良く引き分けになったおかげで、瞑鬼たちは魔女狩りを大っぴらに行えるようになった。ソラたちの情報を渡すことなく、非常時にはハーモニーの力も借りれるように。
真っ白になった身体を見て、瞑鬼と夜一が互いを讃え合う。とは言っても、やったのは拳を一回合わせただけだ。しかし、それで伝わった。歴戦のバッテリーのように、言葉など交わさずとも。
夜一が壊した体育館の壁は英雄が自腹を切ってくれるらしい。瞑鬼たちとしては押しつぶされるレベルの罪悪感があったのだが、積み立てを見せられては安易に出すとも言えなかった。
三人でぼんやりと佇んでいると、騒ぎを見ていたユーリが駆けつけて来た。まるで世話焼き女房のように英雄の汚れたシャツを奪い、そのまま保健室へ。ついでのように瞑鬼たちも連れていかれる。
戦い終わった後の、何というかノーサイドタイムみたいな。そんなのがたまらなく欲しくなる時って、ありません?