第四の魔法!
いよいよ英雄との決戦です。
ハーモニーエースの実力やいかに。
これまで戦ってきた者とは明らかに違う。格の違いというやつを見せつけられて、瞑鬼はなぜだか興奮していた。本能が騒めく。目の前の男は、殺そうと思っても殺せない、と。
「ゴングはいりませんよね?」
「……いつでもいいよ」
試合前の一瞬。両者が互いの健闘を祈るが如く手を握る。勝負はそこからだった。
ここで距離を取られてはまず勝てない。そう判断した瞑鬼が、魔力全開で英雄の手を握りつぶしにかかる。しかしそこは流石ハーモニーのエース。同じことを考えていたらしく、始まったはずなのに二人の体は刹那の間硬直していた。
そこから1秒も経たないうちに、瞑鬼が握ったままの手を捨てる。力を込めたまま意識を抜き取り、左手で顔を殴ることに。それを軽く避けると、今度は英雄の左拳が瞑鬼のほおにクリーンヒット。
そのまま堪らず手を離す瞑鬼。次の瞬間には、頭が地面とくっついていた。
「…………っそ」
これはスポーツでもなれけば、殺し合いでもない。だからグローブはつけないが、顔が陥没するほどの威力では撃ってこないはずだ。そうでなければ、恐らく今の一撃で勝負はついていた。
少し英雄から間をとって、一旦態勢を立て直す。相手の動きは格闘技のそれに近い。が違う。以前に夜一の型を見た瞑鬼だからこそわかる。
「顔は無しにしよう。桜さんに怒られそうだ」
爽やかな目の英雄。だがわかった。今英雄は、完全な戦闘状態にあるということが。精一杯手加減してアレなのだろう。嫌が応にも、力の差というやつが見せつけられた。
頭の揺れが収まったところで、今度の先手は瞑鬼から。相変わらずの全開魔力で、間合いぎり外からフラッシュボムを炸裂。ただでさえ明るかった体育館に、もう一つの太陽が出来上がる。
英雄の顔が歪む。さしもの生徒会長と言えど、防御不能のこれは強力だった。後ろにいる瑞晴たちのことなど気にしている余裕は、今の瞑鬼にはない。眼前に立つこの男を狩るためには、そのくらいの意気込みが必要だと判断していた。
「いっだ!」
いくら今日が夏日で日差しが強い日と言え、虹彩はそこまで開ききらない。だが瞑鬼の魔法はそんな瞼程度の防御ならあっさり貫通できる。
英雄の口から苦悶の声が漏れる。
一瞬の隙。ここを突かねば、間違いなく瞑鬼には勝ち目はない。
夜一に習った通り、半歩分間合いを開く。瑞晴にならった魔力操作で、右足にその莫大な魔力を。そしてそのまま、間髪入れずに解き放つ。
全身全霊の力を込めた蹴り。魔法でのサポートはないし、ましてや型なんて酷いものだ。だが、魔力の量だけなら瞑鬼は超一級。必然的にその威力も、常人のそれとは比べられないくらいのである。
肋骨にクリーンヒットした瞑鬼の蹴りは、英雄の身体を壁まで吹っ飛ばした。後から怒られるであろうくらい壁にヒビを入れ、英雄は力なく床に倒れこむ。
「…………痛ってぇ……」
だが、ダメージを受けたのは瞑鬼も同じだった。インパクトの瞬間、英雄もその膨大な魔力を持ってして瞑鬼の一撃を防いでいた。
脚に残る鈍痛を無視して、なんとか英雄を睨みつける。だが追撃はできなかった。どうしても、瞑鬼は英雄を敵として見れないのだ。何もされてないし、寧ろ命を救われた。そんな相手に本気になれるほど、瞑鬼は大人じゃない。
「……はぁ、なるほどね。いい感じだね……」
体育館の壁に手をついて、えっこらと英雄が起き上がる。常人ならば確実に仕留めれたはずなのに、英雄は無傷だった。脇腹を抑えてはいるものの、顔は歪んでない。
正直、これ以上は瞑鬼としても避けたいところ。まともに殴り合えば勝ち目はないし、かと言ってインチキ全開じゃ瑞晴たちの目が痛い。
二人して次の手を出しあぐねていると、観客席からヤジが飛んで来た。二階で見ている親父たちからしたら、これはさぞいい暇つぶしなのだろう。普段と違って殺し合いじゃないから緊張感もない。
「……随分と余裕だな」
「そりゃ、実質タイマンだしね。中島さんも桜さんも、手を出さないだろ?」
焦っている瞑鬼とは違って、英雄の顔に本気感はない。本当に瞑鬼の力だけを見るように、ただじっと視線だけを向けている。
あっちは魔法なし。対して瞑鬼はいくらでも使っていい。今の攻防でも、十分に差は理解できた。
頭を戻す。命の危機にあった時に。今目の前にいる相手は、瞑鬼程度の本気じゃ死なないことは確定している。どれだけ全力で殺しにかかっても、隕石でも降ってこない限り勝ち目はないだろう。
「……そうだな」
だから瞑鬼は決めた。直線上にいる先輩。神峰英雄を殺そうと。
じりじりと蒸し帰った体育館。蝉の声が聞こえる。それと同時に、瞑鬼の脚は地面を蹴っていた。
二度めはないと思いつつも、フラッシュボムを。当然片手を掴まれた。そこは狙いじゃない。
掴まれた右手は使えないと即切り捨てる。第三の魔法を使って、瞑鬼の汗を超強力な香水の匂いに。その頭が壊れるようなキツイ香りで英雄の手が一瞬緩む。
掴まれた手を振りほどく。再び魔法回路を展開。頭を働かせ、次の魔法を一瞬で。選ばれたのは、第四の魔法だった。
今朝の作戦会議で判明した、瞑鬼の4つめの魔法。たまたま呼吸を止めて、たまたま宙に足を置いたところがきっかけだった。
カラに殺されて得たもの。それは、宙を歩く魔法。息を止めている時だけ、空気を踏むことができる。
三歩分だけ宙を踏み、魔法を解除。少しばかりの位置エネルギーを運動エネルギーに変えて、上から英雄に降り降ろす。
しかし、その拳はあっさりと空中で止められた。
しまったと思う間も無く、瞑鬼の右手が空気を掴む。一瞬だけ英雄の髪の毛が見えたかと思ったら、もう背中が床に激突していた。
自分が一本背負いで投げられた。そう気づくまでに、およそ3秒。そこから体の痛みを感じるまでにさらに3秒。それだけあれば、英雄なら決着をつけにくる。
「……やっぱ、単独じゃ厳しいね。魔女なんて以ての外だ」
「……まだ終わってないっすよ?」
現在の状況。それは瞑鬼が言った台詞など吐き捨てれるくらいに憫然たる様だった。
というわけで、瞑鬼くん第四の魔法初出ですね。
補足としまして、これは息を止めている間だけ空気をはめるというものです。吐いてても大丈夫です。吸うのはダメですが。
今回もすごく微妙な魔法。どう活用するのかお楽しみに。