決戦の火蓋
昨日は英雄との対決の日です。さて、彼の力とは……。
帰った時の陽一郎を想像すると、思わず身震いしそうになる。多分一発は鉄拳が飛んでくるだろう。下手したら、無給全日で働かされるかもしれない。
高校生にしては無駄に色々と抱え込んでしまった瞑鬼。自分の巻き込み体質を恨むと同時に、ありがたくも思う。そのおかげで、元の世界よりは何百倍もマシな生活を送れているのだから。
「……さっきお父さんからメールあってね、暫くは休みにしといてやる、だって。なんかお父さんも気にしてるみたいだよ。英雄さんとの抗争止めらんなかったって」
「……夏休みはタダ働きだな」
「私も付き合うよ」
「……くぅ、入り込めない壁を感じます……」
そこそこ重要な会話を織り交ぜながら、三人の食卓は静かに回っていた。英雄との対決まであと三時間と少し。それまでに作戦やら立ち回りやらを決めなければならないのは、今の状況だとなかなかに辛い。
瞑鬼たちの食事が終わるほんの少し前に、ようやく夜一たちがテーブルに着いた。やはり夜一の寝起きも相当に悪いようで、眉間に寄ったシワが思わず起こっているのではないかと思わせてしまう。
しかし、そんな夜一も千紗の飯を食べると脳が活性化するようだ。朝から何故そんなに食えると言いたくなる量をぺろりと平らげ、瞑鬼の前でデザートまで食べてみせた。
野郎二人で食器を洗い、洗濯機を回す。戦闘前に身を清めるとのことで瑞晴たちは風呂に入り、瞑鬼たちはその後に。高いマンションの豪華な風呂は、やはりホテルと間違えるくらいに広かった。
風呂上りに着たのは、なぜだか天道高校の体操着だった。それも、ネームの刺繍には柏木の二文字が入っている。なんで夜一の服がここにあるのか。あらぬ疑問を感じつつも、文句を言える立場じゃない瞑鬼はおとなしくそれを装着。
リビングに戻ってみると、他の全員は私服を着ていた。こんなクソダサい格好で決闘に赴こうとしているのは、どうやら瞑鬼だけらしい。
「たまにココには泊まるからね。着替え置いてあるんだ」
瑞晴からの親切な情報を聞き流し、頭を落ち着けるため一杯水を飲む。時間が迫っていた。あと二時間と少し。まだ何も考えちゃいない。
「……夜一、なんか作戦ある?」
「まぁ、正直いって生徒会長には作戦も何もないんだがな。前に一度だけ戦っているところを見たが、正面からなら俺でも勝てんぞ」
瞑鬼の魔力と夜一の格闘とが頼みの綱だったのに、早速出足をくじかれる瞑鬼。元の世界でも確かに英雄の噂は耳にしていた。やれどっかの高校の不良三十人をのしただとか、その時に助けたのがユーリだとか。空手部じゃないのに空手で全国にもいったらしい。
改めて、そんなデタラメな人物に喧嘩を売ったことを瞑鬼は思い返していた。しかし、だからと言ってハーモニーには任せておけなかった。今瞑鬼たちがやるべきなのは、技術の向上でも修行でもない。どんな手を使おうと、勝つことが必要なのだ。
そしてあの魔女三人を殺して、復讐を終わらせる。ソラたちが本当のところ何を思っているのかを知るすべがない以上、瞑鬼たちにできるのはただ力を貸すことだけ。
それから二時間強、瞑鬼と夜一は作戦会議に時間を費やした。瞑鬼の腐ったような発想と、少し外れた夜一の案。二つを合わせていくと、多分それなりのものが出来るだろうという話し合い。
その間に女の子たちは家に帰り、服を持って帰ってくるらしい。瑞晴に至っては朋花とチェル、関羽まで連れてくるなどと言っていた。
次に全員が揃ったのは、英雄との対決30分前だった。
急いで昼飯をかきこんで、六人は学校へと向かう。マンションを出るときには当たり前だが透明化を使用。ただでさえ未熟なソラの魔法回路が酷使され、瞑鬼とて心痛まないわけがない。出来るだけ強く手を握ってやって、少しでも苦痛を緩和。
学校までの道中は、不気味なくらいにみんな静かだった。ポケットに手を突っ込んで空を眺める者。このクソ暑いのにくっついて歩く二人。慣れた道を面白みもなく白眼視なもの。
「……んじゃ、俺はここで」
高校の校門前まで来たところで夜一が離脱。誰にも姿を見られてないことを確認し、校舎の裏へと消えてゆく。
部活もないのに、夏休みの学校に私服での登校。なんだか無駄にワクワクしてしまう。これからする事は、大凡瞑鬼の冒険心を満たしてくれる事はないだろうが。
一応一回インターホンを。英雄さまから直々に入りたまえなんて言葉が返って来たから、お言葉に甘えることにする。
無駄に力を込めた瞑鬼。職員玄関からというちょっとだけの特別感を覚え、いざ校舎の中へ。
「……ソラ。アヴリル」
二人の方をちょんと叩く。瞑鬼なりの激励のつもりなのだろう。別に二人は直接戦わないが、それでもくるのは辛かろうと。
千紗の家の匂いがする、夜一の体操服。褌ではないが、人の着物で相撲を取るを体現したらこんな感じなのだろう。そんな余裕とすら思える冗談を、瞑鬼は自分に言い聞かす。そうしなければ、まともな頭で決闘なんて臨めるわけがないのだから。
学校からの命令ということで、本日の部活は一切が禁止されているらしい。それだけハーモニーが、魔女を見つけるのに苦労しているということにもなる。もし仮に瞑鬼たちが英雄に勝ったならば、その責任と任務は全てフレッシュが背負うことになるだろう。探索から情報収集、果ては戦闘までも、この六人でしなければならない。
「……なんか、今から無駄に疲れてきた」
「もう勝った気満々ですのね」
「……すいません、瞑鬼さん、瑞晴さん。それに千紗さん」
「……私だけおまけ感が」
部活の練習試合にでも行くかのような態度。さっきまで漂っていたはずの緊張感は、校舎に入った瞬間に霧散していた。これで夜一がいればパーティーとしては完璧なのだが、作戦上仕方ない。
低出力なクーラーが頑張っている廊下を抜けて、向かう先は体育館だ。途中瑞晴と千紗は、自分の下足箱から体育の内ばきを回収。これから暴れるというのに、スリッパでは心もとないのだ。
若干の後ろめたさを感じながらも、瞑鬼は夜一の内ばきを。正直言って野郎の靴を借りるなんて生涯最大の屈辱といっても過言じゃないが、一人だけ裸足でも、それはそれで辛かろう。
本格的に部活にでも行くような格好の三人。ソラとアヴリルは今回完全に観戦役なので、特に履物を変える必要はない。
最終確認の後、五人は体育館へと足を向けた。なぜだか二階にある一体に。職員室の前は相変わらずコーヒーくさかった。
まぁ、戦うのは次回からなんですけどね。