先輩と後輩
イラストが描けるようになりたい。挿絵とかあった方がいたですよね。
「…………は?」
さっきまで何かを考えるように目を伏せていた英雄からの、いきなりの提案。
「柏木くんのことはよく聞いてる。格闘技、かなり良いとこまでいったらしいね。その分なら充分通用すると思う」
「…………そうですか」
「それに、説得すれば向こうだってわかってくれるかもしれない。俺は思うんだよ。魔女とか人間とか魔王とか、そんなのは表面だけだってさ」
英雄の言葉は澄んでいて、正しくて、乗せられやすい。きっと元の世界の瞑鬼なら、簡単に帰属していたところだろう。
長いものに巻かれるのが、この世で一番生きやすい。そんなことは1たす1よりわかりきった答えだ。
だから英雄は知らない。この世にはイレギュラーが存在すると言うことを。自分の限界知覚領域を超えた、思考的な化け物が存在すると言うことを。
この世界のこの場合。簡単な事だが、英雄には理解できないだろう。魔女の思考を。愛する故に殺すという、狂気にも似た親心を。
「どうだ?手を取り合おう。今は人類の危機だから」
台詞を並べ、人を誘う。実に英雄らしい行動だ。
話を聞いていたはずのソラとアヴリルは何も言わなかった。ただ、黙ってフィーラの手を握っている。
二人を除いた十六個の視線が夜一に注がれた。
「…………お、俺たちフレッシュのリーダーは瞑鬼だ。引き抜きの交渉ならそっちとしてくれ」
何を血迷ってか、謎の組織に所属しだす夜一。何か言い返しをやりたかったらしいが、どうやら上手く思いつかなかったらしい。
「……私も」
「…………わ、私もね。ソラとアヴリルも」
「…………まじ?」
いつの間にか大所帯のリーダーとなっていた瞑鬼。言ったもん勝ちなこの状況では、乗り遅れた瞑鬼が悪い。
英雄は間違いなく一緒にやりたがる。それは他の三人も分かっていた。瞑鬼よりもこちらの英雄に慣れた三人だ。英雄の英雄思想も理解しているだろう。
初めは夜一しかつかないと思っていた瞑鬼だったが、瑞晴も千紗も同じ考えだったらしい。もちろん瑞晴と千紗はソラの正体を知らない。だが瞑鬼側に付いた。
つまりはここで、親父の属する組織に反発したと言う事。反抗期を過ぎた娘の判断だから、単なる好奇心からではない。瑞晴も千紗も、自分の判断でソラたちによりプラスになる方を選んだ。
「……頼むぞ、リーダー」
「……へいへい」
強引に押し付けられた称号とはいえ、なってしまったものは仕方ない。ここで揉めるよか、適当にリーダーらしく振舞う方が英雄の説得もしやすかろう。
無駄に重たい期待を背負い、瞑鬼の視線が英雄に注がれる。
余裕な顔で澄ます英雄。敵対心と反発心を剥き出しに、腐ったドブ川の目で睨む瞑鬼。勝ち目がないことは明白なのに、ここにハーモニー対フレッシュの図式が出来上がっていた。
気がつくと、ソラの左手が瞑鬼の右手を。霊前で涙を堪えているのか、随分と力強く握られていた。向かい側では夜一も同じ状況にいるらしい。
少しあったかくて、ほんのりと冷たさも感じる女の子の手。ソラが鼻をすする。帰ったら思い切り泣かせてやろう。キザでもいいから、胸を貸してやるものありかもしれない。
日常を取り戻す。そのために魔女を殺す。瞑鬼の、フレッシュの意見が一致した。
「……英雄さん。ちょっと外で話しましょう。その方が、お互い言いやすいこともありますし」
全ての不浄をひた隠しに、瞑鬼が適当に提案。それに英雄がのった。
ソラの手を瑞晴に引き渡す。意外にもおとなしく従ってくれた。無言の圧力が、瑞晴の背中からばしばしと伝わってくる。失敗したら、瞑鬼史上最低な結果が待っていることだろう。
陽一郎や里見先生が見守る中、二人は保健室を後に。月明かりだけで薄暗く染められた、閑散ともとれる廊下を歩く。何となくだが向かう先はわかっていた。
先輩と後輩が話をするといえば、やはり自販機の前。人がいないとなればなおさらその可能性が高い。それに相手は主人公気質の英雄だ。ほぼ間違いなく先輩という立場での最適解を選んでくる。
人っ子一人いない玄関。夜の学校はやけに静かで、体育館からの叫び声もほとんど聞こえない。
購買も事務室も、この時間だと既に消灯されていた。今瞑鬼たちを照らしているのは、少ない自販機の光だけ。
「……何か飲む?先輩らしく奢ってやるよ」
そう言いつつ、英雄はちゃっかり自分の分を購入済みだ。断る理由もないので、瞑鬼も適当に黒豆の煮汁を要求。百二十円の貸しが手渡される。
「……強いな。瞑鬼の部隊は」
炭酸爆発の音を鳴らし、ミックスサイダーなるものを飲む英雄。果物の汁を炭酸に浸しただけのジュースなのに、やたらと生徒からは好評だった。
どうでもいい世間話。瞑鬼の心に余裕がないのを知らないのか、英雄はやたらと饒舌だ。でも違う。瞑鬼が聞きたいのはそんな表面の言葉じゃない。
不覚にも謎の部隊のリーダーとされた瞑鬼だが、なった以上は仕方ない。それに、魔女の目的はあくまでソラたちだ。関係ない人間が首を突っ込んでいい話じゃない。
しかし、その点において英雄の相手をするのは手強いだろう。口の悪さと心の汚さならまず負けないだろうが、相手は全国模試上位の脳内ウィキペディアだ。普通に交渉していたのでは瞑鬼に勝ち目はない。
ソラもアヴリルも、赤の他人の干渉を望んでいない。人が増えれば、それだけ正体が発覚するリスクも高まる。協力を仰げるのはフレッシュと千紗の親父。あとは良くて朋花と関羽くらい。
「……この町の安全を守ってることは素直にすごいと思いますよ」
「……そんな事ないさ。創立してからの十五年で、失った仲間の数は少なくない。俺は二年前からだけど、そこからでももう二人」
英雄は本気で落ち込んだ顔をしている。仲間が百人いようと千人いようと、本人にとっては一人の重さは変わらないのだ。
いつの間にか空になった缶をゴミ箱に。そして瞑鬼は財布を取り出すと、徐にもう一本コーヒーを購入した。
別に喉が渇いていたわけじゃない。カフェインが不足したわけでも。
「……それで、君はどうしたい?」
英雄の目は暖かい。瞑鬼のような腐った泥水とは対照的で、鯉が住めるくらい潔白だ。
きっと、この先輩なら手を貸してくれるだろう。真実は言えないが、嘘と知りつつも魔女狩りに力を貸してくれるかも知れない。体育館の親父どもが反対しても、説得し得るだけの弁論術を彼は持っている。
瞑鬼がやろうとしていることは、それらを全て断ち切る覚悟が必要だった。もし決行すれば、今後二度とハーモニーの協力は望めなくなる。
手のひらの中で弄ばれる、冷えた缶。全ての冷たさをそこに込めて、瞑鬼はコーヒーを投げつけた。
同じ人間だからと言って、必ずしも和うとは限りませんね。