小さな叛逆
ハーモニーの規模ですが、これはなかなかデカイです。おっさんおばさんを基本に、英雄ら数人の高校生も採用。
実はずっと前に出て来た救急隊の直松さんや飯垣さんも所属していたり。あの火災の時の。
小さな保健室の角で、女の子がすすり泣く声が聞こえていた。中学生くらいの娘なのだろうか。あどけないながらも整った顔が、今では涙と鼻水でくしゃくしゃになっている。
ベッドの上に寝ているのは、少しだけ褐色がかった一人の少女。安らかな表情で目を瞑っている。この少女は知らないだろう。もう自分の目が、2度と開くことがないと。
いつもは気丈な瑞晴と千紗も、今日ばかりは流石に涙腺が崩壊していた。止めどなく溢れでるそれを止める術を、この場にいる誰も知らない。
眠り続ける少女ーーフィーラの手を、ソラは握っていた。その逆をアヴリルが。そうして布団に顔を埋めて、涙を見せまいと強がっている。
互いの手を握りあい、ぎゅっと力を込める瑞晴と千紗。その周りを、瞑鬼ら一行が見守っていると言う状況。
「…………すまん。俺が遅かった」
「…………ふざけんな。かけ間違えたのは俺だ」
「やめろバカども」
電話が来てから十数分後。神峰勢力の一人であるユーリ・イルヘイムと一緒に来た瑞晴たち。その顔は、まさしく絶望を表情にしたようだった。
ユーリがバイクを引き、他の四人は徒歩で。シルエットを見ただけで、瞑鬼は即座に誰がいないかを判別していた。
学校に着いた当初は状況を理解できずにいた瑞晴たちだが、陽一郎から話を聞いて納得したらしい。それとほぼ同時に、バイクが夜一のものであると判明した。不思議に思った瞑鬼だったが、かけ間違えたと考えれば自然だ。
うな垂れていた女の子たち。夜一がフィーラを抱えてやって来たのは、その約十分後。ぐったりと動かないフィーラの身体を、姫抱っこの状態で運んで来てくれた。
その様子を見た里見先生とユーリは、瞬間的に魔法回路を展開。身元の確認もせずに治療を開始する。ユーリの魔法は、自分の体液が傷を埋めるというもの。直接的に里見先生が治し、仕上げをユーリがやるといった体制で、普段はやっているらしい。
だが、それはあまりにも遅すぎた。二人の魔法はあくまで傷や怪我の治療を目的としている。だから当然、それ以外は治せない。フィーラには圧倒的に血が足りなかった。傷は完全に塞がったが、それ以降意識は戻っていなかった。
夜一の服には、その壮絶さを物語る血痕がべったりと残されている。真っ白なはずの道着に、赤黒く残るフィーラの生きた証。それを重く受け止めているのか、夜一の顔は至って暗い。
沈黙が痛かった。治ったはずの腕が疼く。魔力は尽きているはずなのに、体の奥から何かが飛び出して来そうだった。
まだハーモニーの連中はソラたちの正体を知らない。言い訳するなら、やはり瞑鬼と同じというのが正解だろう。同じ村出身だと言ってもいい。自警団だというのなら、子供の保護も仕事のはずだ。
それに、今なら誰もソラたちを疑わない。友達を魔女に殺された、可哀想な中学生という認識が大半を占めるだろう。希望的観測であるが、かける価値はある。
「…………あの」
「…………俺がやります」
俺に任せてください。そう言いかけた瞑鬼の言葉を、何を思ってか英雄が遮った。
一瞬だけ驚いた顔をする瞑鬼。だが、すぐに何を言い出すのかわかってしまった。
目の前のこいつは紛れも無い学校のヒーローだ。いや、多分町全体で有名だったかもしれない。そんないかにもな英雄思考の人間が考えることと言ったら一つだけ。
「魔女は……俺が倒します」
身勝手に背負って、頼んでもないのに解決すること、だ。
言い放った英雄の顔は、どの面下げてか覚悟を決めていた。全く関係のないことなのに、ソラたちのことを思ってなのだろう。
英雄が動けば、当然ユーリもそちらにつく。陣営は二つ。英雄側か、瞑鬼側か。片方についていけば、間違いなく街を救った英雄として持て囃されるだろう。夜一や瑞晴、千紗の連携ならそう足も引っ張らない。
だが、瞑鬼側について貰えるメリットは精々二つくらい。ソラたちの感謝と、誰も目にも見えない称号だけ。
このあと英雄は言うだろう。「俺たちだけで魔女を倒したら、その時はこの子たちをハーモニーで匿ってください」なんて。
それでは瞑鬼たちがやって来たことの意味がない。魔女だとバレれば、この子たちはほぼ間違いなく処分される。いくら陽一郎が優しくても、いくら英雄が強くても、それは避けられない。
英雄が魔女を倒したとして、ソラたちが匿われるのはどこだろうか。神峰邸は絢爛豪華で広大白亜と専らの噂だ。そこにいくのはほぼ確定。
女の子を救って、敵を倒して。さぞかし気分がいいことだろう。だから瞑鬼はこの男が嫌いだ。
自分の意見を通して、他人の感情をわかったふりをしているから。
「もし俺たちだけで魔女を倒したら、その時はこの子たちをーー」
「俺がやります」
予想外の瞑鬼の発言。保健室に一瞬の緊張が張る。
「後から陽一郎さんに話しますけど、フィーラたちを見つけたのは俺らです。他人には余計なことされたくないですから」
「……瞑鬼、お前……」
瞑鬼の思惑を知ってか知らでか、陽一郎の表情は心なしかいつもより険しい。
目が腐ってゆく。多分、最良と言われる選択肢は向こうだ。人から褒められて、より大勢を救えるのも英雄であるに違いない。
そんな生まれながらの英雄を相手に、瞑鬼ができることは一つ。他の全てを投げ打ってでも、たった一人を救うことくらい。
「俺は魔女特区の出ですから、魔女のことは他の人よりも知ってますよ。あいつらの目的はここにいる子供達です。魔女特区に連れてかれた子供達は、いろんな情報持ってますからね」
「……やっぱこの子らも魔女特区か……」
瞑鬼の決死のカマかけに、見事に釣られた陽一郎。
三人が本物の魔女だと知っているのは瞑鬼と夜一だけ。口の硬さなら夜一は十分信用に足る人物だ。それに、面白そうなことには目がない。
ついてくれるとしたら、多分夜一だけだろう。自警団に逆らっての単独行動を取れなんて、とてもじゃないが瑞晴たちに強要できるわけなかった。
瑞晴と千紗は巻き込んではいけない。瞑鬼の直感がそう告げている。女の子だからとか、足手まといだからとかじゃない。
瑞晴たちは瞑鬼とは決定的に違う。二人が望んでいるのは、最大多数の最大幸福だ。瞑鬼のように幾人かの願いではない。
「……だったら、一緒にやらないか?」
すごい!どっちが主人公だかわかんねぇ!