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上書き勇者の異世界制覇  作者: 天地 創造
逃亡の魔女編
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聞きたくなかったその台詞

知りたくなかった真実が、なんでか勝手に伝ってく。


瞑鬼が一番初めに会った、この世で一番嫌いな魔女。

あそこなら、神前宅ならば、魔女たちがいるかもしれない。本に書いてあったことを思い出す。大人になった魔女は外の世界に出る。そこで人を狩る。


明美は出て来た魔女。マーシューリーは残った魔女。知り合いだという保証はない。が、今わかる繋がりはそれだけだ。


「神前くん、この事は内密にね。一応ここ機密になってるから」


おじいちゃんとの話を終えた英雄。くるりと振り返って、はにかんでからの人差し指を口元に。


「…………あぁ、うん。そうですね」


当たり障りのない返事。何か英雄が悪いことをしたわけではない。ただ単に瞑鬼が毛嫌いしているだけだ。

どうでもいいここのメンバーの話題よりも、瑞晴の方が優先だ。仮に怪我でもしたら、家を飛び出して来た意味がなくなってしまう。


「……そろそろいいですか?俺、行かなきゃいかん所があるので……」


なけなしの勇気を振り絞っての言葉。思ったよりもあっさりと、英雄は承認してくれた。

危ないから家まで送り届けるとの事。強さは分からないが、そう言えば元の世界でもやたらと武勇伝はあった気がする。


「……驚いたよね」


体育館を出る扉の前。給水機の水を飲み終えて英雄がぼそりと呟く。

どうやら本人なりに責任を感じているらしい。瞑鬼だって、何かしらの組織的なものはあるだろうと踏んでいた。だが、まさかここまでの規模だとは思っていなかったのだ。


「別に」と言って一蹴する事もできる。そうされればどんなに楽か。瞑鬼だってその事がわからないわけじゃない。

瞑鬼は英雄が嫌いだった。どうにもこうにも、この生まれながらにして主役の星に生まれた人間が憎いのである。


「……まぁ、そうですね」


特に共感を与えるわけでもなく、また突き放すわけでもない。多分、やられたら一番辛いであろう、無関心という態度。

命を助けてもらっておきながら、瞑鬼の中の一ミリグラムのプライドが吠えていた。絶対にこいつと仲良くなるな、と。


悲哀を感じさせる表情の英雄を放っておいて、瞑鬼は歩みを再開する。まず行くべきはペンションハウス。次は家に戻ってみよう。アイディアが出て来ては消え、頭が冷静さを保てない。

靴は多分下足箱にあるだろう。その前に朋花も連れて来なければ。後ろで英雄が何かを言っているが、そんなのは耳に入らなかった。


暗がりの中の廊下を歩く。保健室と一体の距離はそう遠くない。階段を上がり、真っ暗な職員室の前を通り抜ける。

保健室の欄間から漏れる光。静まり返ったはずの廊下には、女の人の話し声が響いていた。

窓から漏れ出た月の光を背に浴びて、瞑鬼はドアノブに手をかける。そのまま捻って手前に引く。立て付けが悪いのか、ギィと音を立てた。


「……おう。戻ったか瞑鬼」


「…………陽一郎さん?」


明かりがついたその向こう。さっきまで瞑鬼が寝ていたベッドの上には、ジャージ姿の陽一郎が座っていた。


二つ目のベッドに潜り、寝息を立てる朋花。小学生に日をまたぐのは辛いらしい。

ここにいるという事は、恐らく陽一郎もハーモニーとやらの一員なのだろう。考えてみれば、夜にどこかへ出かける事が多かった。

保健室の先生と親しげに談笑していたのか、その手にはコーヒーが握られていた。それにさっきの発言。瞑鬼のことを待っていたようだ。


「朋花を一人で置いとくわけにはいかんからな……。里見に相手してもらったんだよ」


「……そうですか。あ、そんな事より」


「…………瑞晴のことか?」


自分の言おうとした事を見事に予測され、心臓が掴まれる瞑鬼。


「…………はい。その、実は……」


もう言うしかないだろう。瞑鬼だって、初めから騙し通せるとは思っていなかった。ただ、少しだけ時期が早まっただけだ。


息を呑む。言葉が詰まる。いざ真実を告げようと思っても、なかなか瞑鬼の口は動いてくれなかった。

陽一郎は間違いなく魔女を怨んでいる。そしてここは魔女狩りを行う組織。構成員の家族が魔女を匿っていたとなれば、ほぼ間違いなく陽一郎が言及される。


自分の矮小な心臓がうざったい。洗いざらい、隠している事を全てぶちまけたい。そうすれば楽になれるのだろうか。義鬼の事も、ソラたちのことも、話した方がいいのだろうか。

電子音が鳴る。英雄の携帯に着信らしい。すいませんとだけ断って、英雄は部屋から出た。

コーヒーの匂いが鼻腔をくすぐる。やけに人の視線が痛かった。


「俺は……ですね……。そのーー」


「ヤバイです、陽一郎さん、里見先生」


意を決した瞑鬼の言葉を遮ったのは、携帯を耳に当てたまま焦る英雄だった。


「……どうした?」


「今ユーリから電話あったんですが、瑞晴さんたちを保護したそうです。バイクの四人乗りを街でしてたらしいんですけど、その……」


英雄の言葉を聞いて、一瞬だけ視界が黒く染まった。間違いだと思いたい。勘違いだと信じたい。

画面の向こうのユーリって人に言ってやりたかった。ちゃんと数数えろよ、と。瞑鬼が知る限り、あの場にいたのはソラとアヴリル、フィーラに瑞晴、千紗と、五人のはず。だが連絡では四人となっていた。

瑞晴を保護したと言うのだから、瑞晴がいるのは間違いない。バイクと言ったら千紗だろうか。掟破りの四人乗りで山下りをできるとなると、それはもう千紗で確定だろう。


残るは三人。だが、一人足りない。

血相抱えた陽一郎が、英雄から半ば強引に携帯電話を奪う。何度も瑞晴と名前を連呼して、取り敢えずの安心感に浸っているらしい。

スピーカーをオン。場にいる全員に会話が聞こえてくる。


『お父さん……、神前くん……いる?』


「お、おう。いるぞ。替わるか?」


愛娘が無事だと発覚したのだから、笑顔になるのも当たり前。全部で何人いるかもわからないのだから、安心するのも当たり前だ。

ホッとした顔をする三人とは裏腹に、きっと今の瞑鬼の顔は焦りと不安に満ちていたことだろう。心臓が高まる。


「…………瑞晴?」


か細くて、今にも切れそうな声。瑞晴の顔が見たい。ソラの顔が見たい。みんなの顔を見て、また笑って馬鹿なことを言い合いたい。

どれだけ怒られても、陽一郎を説得する覚悟はあった。最悪の場合、家を出て行くことすら厭わない。


あぁ、これからどれだけ陽一郎に迷惑をかけるのだろう。子供とは言え魔女は魔女。儀式が大嫌いでも、いずれ本能が逆流してくるかもしれない。そんな時は、瞑鬼がいくらでも【改上】するから。


欲しかった。日常系な日々が。誰も失わなくて、喧嘩しても仲を違っても、そのうち仲直りしたりして。

減ることのない、友情を。飽きることない愛情を。


『…………神前くん、あのね……』


電話の向こうの瑞晴は震えていた。

その様子を不思議に思ったのか、この場にいる誰もが一時の安心から現実にカムバック。電話を見てじっと口を噤んでいる。


そこから先はもういいよ。皆んなで帰ってきて、頭下げようぜ。言いたいが口に出ない。

もう花火はすっかり終わっていた。静かな空に、静かな街。だから聞こえてしまった。


『……フィーラちゃんがね……』


聞きたくなかった、その言葉を。


電話でこんなこと言われたら、どんな対応になるだろう。

というわけで、ハーモニーなる自警団が登場です。おっさんおばさんだらけ。

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