あっつい校舎の時は止まらない
二本連続。
「……あのー、治ったのは良いんですけど、なんで私たちここに……?ここはどこです?」
ナイスだ朋花。そう言いそうになったが、すんでの所で瞑鬼は踏みとどまる。
向こうからすれば、自分たちは怪我した生徒を救って満足なのだろう。だが瞑鬼たちからすれば話は別だ。ぼんやりとしか理由をつかめていないし、瞑鬼には他に気にしなければならないことがある。
「……あー、悪いね。そう言えばまだ説明してないか……。神前くんって確か、陽一郎さんの所で住み込みだよね?」
「…………はい」
初対面といえど、英雄は一応三年生。たった一年で何が変わるかは全くもって不明だが、ここは一応教育の場。ルールには従うしかない。
それよりも、瞑鬼は英雄に情報がバレているのが心配だった。言っているのは書面に書いた事だけだが、それもこう言い当てられると流石に怖い。
何やら英雄が携帯を取り出し、どこかに電話をかける。やがてボソボソと喋っていたかと思うと、徐に電話を置いた。顔つきが険しい。相手から何かを言われたのだろうかという変な思いが、どうでもいい心配を運んでくる。
「よし。じゃあ今から学校の案内と自己紹介を兼ねて、ちょっと校内見て回ろう」
「…………はぁ」
なんのしがらみも感じさせない英雄の表情。瞑鬼が心の底から嫌悪する顔だ。
朋花はお留守番とのこと。夜の学校は幽霊が出るぞ、なんて今時小学生でも言わないような事を言い残して、英雄と瞑鬼は保健室を後にした。
薄暗い廊下。職員室やら体育館が設置された二階の中央廊下は、当たり前だが人の気配などない。
外套はすっかり元気をなくしており、蒼天の輝きもひと段落。廊下にある時計曰く、今は十一時前のようだ。
つかつかと歩いていると、ふと体育館から人の声が聞こえてくる。この時間だ。社会人のスポーツクラブか何かである可能性は低い。
目の前の生徒会長は瞑鬼と顔を合わせようとするも、瞑鬼はそれを必死で回避。一度でも目を合わせられれば、間違いなく会話が飛んでくる。アンチ会長な瞑鬼としては、それだけは避けたい所。
こうして校舎を歩いていると、無駄に昔のことを思い出してしまう。入試や見学では見れなかったところ、行かなかったところ。行きたくもないところを瞑鬼は歩いている。
英雄の足が止まったのは、ひと際大勢の怒号が飛び交う二体前だった。二階にあるのは一体。一階にあるのが二体という謎のひっかけ。
「……瞑鬼くん、人見知りはする方?」
扉を開く一歩手前で、余計な気を利かせたのか英雄が訊ねた。あぁ、とだけ答える瞑鬼。
重厚な音を醸し出し、英雄が鉄の扉を開ける。
全くわけがわからないまま連れてこられて、何故だか校内を連れ回される。確かに違和感だらけだ。苛立ちさえ覚えていた。
この世界に来てから、そこだけは疑問だった。魔王と魔女、そんな化け物みたいな連中が外の国を闊歩しているのに、島国だからと言って安心できるのかと。人間の魔法の弱さ、魔力の低さも実感済みだ。
調べたところ、一応人間側にも軍はある。各国から人を集めて、人類連合軍として前線に派遣されるのだとか。ただ、それはあくまで死と隣り合わせの危険地帯の場合。
日本のように平和ボケで鈍りきった国にあるのは、警察と言う名のお飾りだけだ。未だに商店街爆破の犯人も捕まれられない無能なのに、どの口を開いて街を守っていると言うのかと。それが最大にして根本な、瞑鬼の疑問。
だが、その答えはここにあった。今目の前に。いつもは毛嫌いしていた学校の中に。
「魔女の目撃情報あり!人回せ!」
「負傷者の連絡はゼロ!場所の特定できません!」
「焦るな!相手はたった三人!早せずとも時はくる!」
バスケットコートが二つと、二階に客席ありの体育館。瞑鬼たちがいつも使っていた、公立高校にしては少し大きめなそこに、時間など忘れたかのように大量の人がいた。
パッと見ただけでも、総勢百人はいる。それぞれが携帯やらタブレットやらを持ち込んで、向こうの誰かに怒鳴るという状況。
煌々と明かりが灯された馬鹿でかい作戦室は、おっさんおばさんの集会室となっていた。
英雄が入った一瞬だけ、入り口側に注目が集まるも、その直後には元どおりの場面に。聞こえてくるのは魔女魔女魔女。血眼になってやいのやいの言っている。
「…………警察、じゃないよな?」
「……あぁ。自警団さ。大体市一帯を管轄してる」
〔ハーモニー〕それが、この町の警備隊の名前だった。
考えてみれば、極々当たり前だったのだ。こんな物騒な世の中で、民が団結しないわけがない。おそらくは瞑鬼が来る前も、魔女やら魔王軍とのいざこざはあっただろう。
いちいち警察を通していては拉致があかない。だから人が集まり、自然と組織ができる。魔法の世界ではありがちな、そういう話だった。
英雄曰く、構成員のほとんどが社会人らしい。高校生やそれ以下は、戦力としてそぐわないとの事。ただし、もちろん例外もいる。その一人が英雄らしい。
昼間は普通に働いて、夜は集まって町の見回りと敵の排除。普段は二十人程度で回しているが、事があればこうしてみんなで集まって解決に乗り出すのだとか。
総指揮を取っている人物。天道高校の校長である、神峰武尊に近づく英雄。二言三言話していたかと思うと、入り口で突っ立っていた瞑鬼が呼び出された。
初めての校長との対面。たとえ今がプライベートであっても、緊張して汗が出て来る。空調のない夏場の体育館は、扉全開でも湿度が高い。
「あぁ、こないだ転入した瞑鬼くんだったか。どうだ?怪我の具合は。相手は魔女だったのだろう?」
いかにもと言った雰囲気のジジイ。スーツ姿で威厳の有り余る立ち振る舞いは、まさに校長と呼ぶにふさわしかった。
「えぇ……まぁ」
学校嫌いと人見知りとが併発し、立ち所に借りて来た猫になる瞑鬼。表面上はおとなしくしているが、頭の中は大パニックだ。
今はこんなことしている場合じゃない。電話が繋がらない以上、瑞晴たちの安否が一番の気がかりだった。
負傷者は今の所ゼロらしいからと言って安心はできない。無事に帰れたのか、それともまだあの家にいるのか。魔女は三人と言っていたから、瞑鬼があったのと他に後二人。恐らくは三人が三人とも、似たような化け物レベルなのだろう。
ここの連中はまだ魔女の所在を掴んでない。だが、瞑鬼には思い当たる節が一つだけあった。
疑問が解消ですね。はい。