保健室の英雄
今回は【改上】してないので、実はまだ腕ばっきばきだったりします。
廊下の方から、上履きを擦る音が聞こえてくる。音の数的に、多分向かって来ているのは二人。静かな通路によく響く。
朋花曰く陽一郎と来たらしいから、まあ一人は陽一郎で間違いない。あと一人が誰なのか。そもそもなぜ学校なのか。瞑鬼の疑問は尽きない。
少しだけ警戒アンテナを張りつつ、ソファにもたれかかる。古い立て付けのドアが、軋む音をたてて開いた。
「……む?起きていたのか」
「ほう……。なかなかね英雄。あんたも見る目あるじゃない」
「…………?」
瞑鬼の予想に反して、入って来たのは全く知らない人物だった。多分高校生くらいであろう男と、三十路くらいのぎりお姉さんと言った女の人。
完全に予想外の出来事で、瞑鬼は目を丸くする。二人には見覚えはあった。ただ、それはあくまで瞑鬼が一方的に知っているだけ。
瞑鬼の記憶が正しければ、三十路くらいの女の人は天道高校の保険主任。名前は知らないが、過去にここを訪れた際に何度かあっている。
「怪我のほどはどうだ?神前くん」
入り口から直線で、男子高校生が瞑鬼に迫ってくる。少し筋肉質で、体格はやや細め。ブリーチがかった無造作な髪と、夜一とは違ったクオーターのようなイメケンだ。
背中から溢れ出る、主人公のようなオーラに阻まれて、夜なのに瞑鬼は眩しさを覚える。
「……骨は折れてるし、結構痛いです……」
警戒心を解くような空気感。なぜだか男は、瞑鬼から不安と猜疑心を取り除いていった。
特徴的でも個性があるわけでもない声。だが、瞑鬼はこの声に聞き覚えがある。よくよく見れば、顔だって見たことがありそうだ。
保健の先生は何やら朋花と雑談をしているらしい。時折聞こえるロリコンという単語に心臓が強張りそうになるが、なんとかイケメンのイケメンオーラでカバー。
「……これならやれそうだ。里見先生、神前くんの治療をお願いします」
里見先生と呼ばれた保健室主任は、名残惜しそうに朋花に絡むのをやめる。恨めしげな顔で男の隣へ。何かをぶつぶつと話し合っている。
ここまで得られた情報。そこから瞑鬼は、今自分が置かれた状況を半分くらい導き出していた。
学校にいるということは、すなわち誰かが運んで来たということ。そして気絶の直前に見た、あの謎の戦士的な人。共通点を考えると、あの人と目の前の人は同じなようだ。
今は夜の十時半。普通なら残業も終わり、残っているのはせいぜい警備員さんくらいのもの。なのに体育館は明かりがついているし、教室もポツポツと電気がついている。
何となく事の顛末が見えてきた瞑鬼。それと同時に、目の前の男の人の正体を思い出していた。
「あー、こりゃぼっきりいってんね。殴られた跡的に、拳骨あたりかな?ないしは鉄製のサックとかだね」
「……はい」
やっぱりーと言って喜ぶ里見先生。大事な生徒がこんな大怪我を負ってここまで冷静でいられると、逆に怖いものもある。
何をするかと見ていると、不意に里見先生が魔法回路を展開。体が戦闘モードで染み付いていた瞑鬼は、思わず足がでそうになってしまった。
くわぁと、男子生徒が欠伸をかく。よほど疲れているのか、その目は疲労で満ちていた。だが、疲れただけで瞑鬼のように傷はない。
声から察するに、この生徒は間違いなくあの時の助け舟だ。その事を考えると、戦闘面ではかなり役に立つ。あのマーシュリーを単独で押しのけたのだから、実力は折り紙つきだ。
「……ねえ英雄、この子マジでうちの生徒なの?見た事ないよ?」
魔法回路を開いた状態で止まる里見先生。診察でもしているのか、ずっと右腕は握られたままだ。
「まぁ、転校生ですからね。休み終わりからの登校ですが、籍はもううちにあります。だったら、僕は知っとかないと」
はにかむような笑顔で、英雄はほおをゆるめる。正統派イケメンのほほえみは中々に強力で、なぜだか良い匂いが漂って来そうだった。
この口調。この声。そして何より瞑鬼のことを知っているのからして、もう瞑鬼の中では英雄の正体がでつつあった。
「生徒会長たるもの、在籍してる学生は全て覚えてますから」
天道高校生徒会長、神峰英雄。瞑鬼の耳に残っている、聞き覚えがある名前。
全校集会やら入学式やらで見たことがある。一年の時からずっと生徒会をしているらしい、校内ではちょつとした有名人。それが英雄だった。
噂や世間話に疎い瞑鬼でも、いくつかの逸話を耳にしたことがあるくらいには、主人公力が高い人物である。
英雄の話を聞いて安心したのか、里見先生が治療を再開。大方瞑鬼のことを廊下で話しながら来たのだろう。うちの生徒が魔女にやられました。多分内容はそんな感じで。
「んじゃ、神前くんだっけ?ちょぉっと痛いけど我慢してねー」
医者御用達の、純白の白衣。清廉な振る舞いから見えてくる、いかにも保健の先生っぽい雰囲気に、瞑鬼の頭に過去が蘇る。
里見がそのほっそりとした腕で、変な方向に曲がった腕を持つ。そのまま何度かにぎにぎと揉むように触って、何かを見極めようと眼を見張る。
骨が出ているのではと思えるほどに激しい痛み。尽きた魔力でいくら傷口を覆っても、痛いものは痛かった。
「よっと」
倒れた自転車でも起こすかのように軽い掛け声。里見の手に力が込められたかと思うと、瞑鬼の腕から鳴った鈍い音が、小さな部屋に響く。
一瞬だけ走った激痛は、瞑鬼じゃなくても気絶するレベルのものだった。殺されているのに慣れた瞑鬼だからこそ耐えうることができた、おおよそこの世のものとは思えない痛み。
情けない悲鳴が溢れ出す。神経を圧迫されたようであり、無理矢理筋肉を引きちぎられるような感覚。同じく右脚にも同じ治療が施された。ついでに鼻も。
とても魔法とは思えない。次第に痛みが引いてゆく。ぼやけた視界に映ったのは、したり顔で薄ら笑いを浮かべた里見だった。
「私の魔法ね、受けた痛みをもう一回与えると元どおりになるってやつなの。すごいでしょぉ?」
しかし、流石は国家資格持ちの先生。剥離していた筈の右腕は、いつの間にか戻っていた。
「……デタラメですね……」
「ショック死が心配なんだけど、貴方は我慢強そうだから安心ね」
「…………そうですか」
「やったのは魔女だったわよね……。折り方がプロだわ」
「やっぱりプロ級ですか。僕も一度刃交えたんでアレですけど、あの魔女相当ですよ」
やはり瞑鬼を救ったのは、目の前にいる英雄さんらしい。イケメンで喧嘩も強く、また生徒会長。テンプレなキャラ作りに、瞑鬼は思わず怒りを感じてしまいそうだ。
新キャラが二人。イラストとかあった方がいいですかね?