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上書き勇者の異世界制覇  作者: 天地 創造
逃亡の魔女編
144/252

巡る運命

ちょっと長め。


「……あの雌の恋人ってとこか。わかった。わかったっすよ。好きな方もって行っていいっすから」


「……死ね」


「は?」


ルドルフが反応するより前に、夜一の正拳が顔面を捉えた。骨が折れる音ともに、真っ赤な血を吹き出しながら後方まで吹っ飛ばされる。

夜一が今開いている魔法回路は、理性を飛ばして得られるほどの力。それを怒りで押さえつけて、夜一は爆発的に魔力を高めている。


瑞晴も千紗も見たことがない顔の夜一。一目で頭に血が上っているとわかる。

想像を超える威力の拳で、木の幹ごとルドルフは倒れていた。魔力でガードしていなかったら、確実に殺されていた。


「瞑鬼の間違い電話も、たまには役に立つんだな」


夜一は瞑鬼から二十分ほど前に電話をもらっていた。内容は、テレビを見ろとのこと。完全に夜一を瑞晴と勘違いしての行動だったが、それが功を奏していた。


「……夜一」


「夜一さん……」


恐る恐る話しかける千紗とソラ。完全にブチ切れている夜一は、味方とわかっても怖いらしい。


「……お前らはそのバイクで逃げろ。運転わかるな?千紗」


地面に転がったバイクを指差して夜一が言う。目は森の中を見つめていた。

ソラとアヴリルはまだ夜一の登場に戸惑っていたようだが、千紗と瑞晴はすぐに状況を理解。急いでバイクを起こす。丁寧なことに、サイドカー付きだ。


本来はフルで三人しか乗れないが、緊急事態なので仕方ない。体の小さいソラを千紗の後ろへ。アヴリルをサイドに乗せる。

なけなしの魔力で痛みを我慢した瑞晴が、ずりずりとソラの後ろに座る。出血は数カ所。どれもそんなに深手ではない。


千紗がエンジンを再点火。転がっていたヘルメットをソラとアヴリルに被らせ、アクセルをふかす。

しかし、なかなかバイクを出さなかった。その理由はいうまでもない。どうしても希望を捨てきれないのだ。


ちらちらと千紗がフィーラを振り返る。それに気づいたのか、夜一が少しだけ口元を緩めた。


「…………フィーラは俺が連れてく。だから早く行け」


「……絶対だよ。連れて、帰ってきてよ」


「……あぁ。ただし、次は一緒に風呂に入れ」


こんな時でも、相変わらずちょっとズレた夜一。変則的で掴めない雲のような男に、千紗は勇気をもらった。


「いいよ。なんなら背中まで流してあげる」


親指を立て、アクセルをひねる。四人が乗ったバイクは、電動ならではの静かさで動き出す。

ガタガタの未整備道路も、女の子四人の体重で比較的沈む。ドライバーとしては楽な条件だ。

震えるソラのお腹に手を回し、瑞晴はぎゅっと抱きしめる。自分も相手も落ち付けようと考えての方法だった。


夜一は言った。瞑鬼から電話を受けてここに来たと。ならば今頃瞑鬼は何をしているのか。それを考えると、瑞晴は少し落ち着けないでいた。

砂埃をあげるバイクの音を耳で聞き、夜一は息をつく。魔法を使って全力ショットはすでに一度経験済み。だから、死なない程度に調節するのは可能。


「……く、クソガキィィ!ぶっころーー」


「死ね」


森から勢いよく飛び出して来たルドルフに、もう一度フェイスショットを。そのまま連撃をお見舞いする。

頭は冷静に、心を燃やす。よく言われる言葉を夜一は実践していた。


瑞晴が殴られていた。女同士の喧嘩ならば手を出さないが、あまりに一方的なのは怒りが湧く。友達だし下心もない。だが仇討ちは別だ。

視界の端にいるフィーラ。彼女が一体何をしたのか。ただの無口な美少女じゃないか。


夜一の怒りは拳になって、痛みで相手に伝えられる。

自分より年上ならば、どれだけ殴っても過剰防衛じゃない。それが夜一の正義感。


「殺しはせん。だが、死ねない体にしてやろう」


「っの!!」


ルドルフの魔法は感知と探索が主な仕事。同じ非戦闘員なら、鍛えている分ルドルフが有利だろう。並の戦闘系の魔法でも同様。

だが夜一は違う。夜一の魔法は探索も感知もできないし、作戦も立てれないくらいに単純だ。だからこそ、こうして接近戦に限れば有利は動かない。


鋭く研ぎ澄まされたナイフが、見てくれだけはイケメンな夜一のほおをかする。防御をサボっていたぶん、少しだけ血が浮かぶ。

効かない。痛みは我慢できる。最後の一撃を放とうと、一度距離を置く夜一。右脚に魔力を込める。


「……っ!」


次の瞬間、夜一の足首が何かに噛みつかれる。しかも、顎力が尋常じゃない。気を抜いて硬化をサボったら、一瞬でアキレス腱を持っていかれる。

地面に視線を。そこにいたのは、全長1メートルほどの鰐だった。強すぎる力で、夜一の腱を噛みちぎろうとしている。


「……バカバカばかり。マジで馬鹿っすね。こんなに血を流させるなんて」


気がつくと、夜一の周りには大量の爬虫類がいた。木に絡みつく蛇。地面に敷き詰められたトカゲ。鰐だってあと二匹はいる。

硬質化された額から一筋の汗が伝う。夜一の中を流れる血潮が沸騰し、本能が騒ぎ出す。かつてないほどにピンチな状況に面して、夜一は笑っていた。


目の前には躊躇いなく人を殺せる殺人犯。それも同じ人間じゃない。彼女は魔女だ。魔法だって、能力だけ見たら夜一の何倍も便利だし強靭だろう。

全力で戦えるのは、大目に見てもあと十分ほど。それ以上は硬化に隙が生まれてしまう。

縋り寄ってくる死を目の当たりに、夜一は思い出す。自分の役割を。相手の憎らしさを。


「一ついいか?」


全面を爬虫類に囲まれたまま口を開く夜一。


「だめっす。あんた高く売れそうっすから。懐柔とかなしってことで」


「……お前はなぜ、本能に抗わない?」


夜一の左足が、腱を噛んでいた鰐の頭を踏み砕く。ルドルフの血液から作られた動物は、ベースとなった爬虫類の耐久力と大差ない。踏み抜きと震脚を習得している夜一には、砂の城を壊す感覚で破壊できる。

予想外の夜一の行動に、ルドルフの顔が一瞬だけ強張る。この刹那とも呼べる時間を、夜一は見逃さなかった。


周り一面にいた爬虫類を踏み潰し、強制的に道を作成。魔力全開の脚力で駆けたあと、ルドルフの肋骨を軋ませるようなフックを放つ。


初めてだった。こんなに何も考えずに、全力全開で魔法を使うのは。《なにか》の時は力のリミットを外しただけで、ここまでではない。

ただ、いくら夜一が格闘技をやっているとはいえ、ルドルフだって立派な成人魔女。それなりの近接戦スキルもある。押されつつも、なんとか夜一の猛攻を凌ぐルドルフ。

夜一も決めに行こうとするが、爬虫類たちの邪魔によって決着がつかない。そしてイラついた夜一が一匹の蜘蛛を叩きつけた時。


「…………ぐっ!」


潰した蜘蛛の腹から、大量の血が夜一の顔めがけて射出された。視界を奪われ悶絶する夜一。スポーツをやっていただけに、不意打ちには弱い。


「沈めやぁっ!」


集中が削がれた夜一の腹に、全体重を込めた掌底が打ち付けられる。走る衝撃。背骨まで達して、脳が震える。


「っっくっそ!」


だめ元で思い切り右腕をぶん回す。幸運なことに、たまたまそれがルドルフの脇腹を捉えた。

加減なしの一撃に、夜一と同じくらいの体重のルドルフの身体が浮いた。

息が上がる。興奮と痛みで、夜一の頭はパンク寸前だ。それでも夜一は手を止めない。まるで、戦うことが自分だと言わんばかりに。


双方ともにダメージは上々。僅かにルドルフの方が傷は多い。

出血量と残りの体力を計算。このままだと部が悪いと踏んだのか、ルドルフは夜一から距離を置いた。


「…………まぁ、目的は達成したっすし」


流れ出る血を蛇に変え、全匹纏めて夜一に巻きつける。

魔法で生み出された半生命体とは言え、その力はベースと同じ。何匹もまとわりつけば、当然動きも鈍くなる。


力づくで蛇を引きちぎる夜一。だがその時には、もうルドルフの姿は見当たらなかった。追跡するにしても、機動力も能力も、圧倒的に夜一の完敗だ。


心臓が迅る。いつの間にかあたりには蜘蛛の子一人いなくなっていた。現場に残されたのは、返り血で赤く染まった道着の青年と、地面に倒れる少女だけ。

夜一が木を殴る。憂さ晴らしか自分への戒めか。理由はわからないが、表情はいたって険しいものだった。


頭を抑え状況を整理。夜一が来たのは瞑鬼からの間違い電話が原因だ。テレビをつけて、魔女っ子たちの居場所がバレたと思い飛び出した。

家に着いてみれば、中は真っ暗ガラスも散在。事件の匂いを感じて森の道をいった結果がこれだ。

はっきりとした足取りでフィーラの前に立つ。肝心の女の子は俯いたまま喋らない。こんなに無口じゃなかったはずだ。ちゃんと、言うべき時は言っていた。


たった1日。時間にしてみれば、ほんの一瞬のような間しかフィーラとは話をしていない。だが夜一の中に沸いた怒りは、確かにフィーラのぶんも含んでいた。


「…………お前の怒りは俺が背負おう。文句があるなら、いつかそっちで聞いてやる」


震える両手でフィーラの身体を姫抱っこ。冷たいし、あったかい。ここにも一人、高校生にしては重すぎるものを背負った人間が生まれていた。


夜一の目が森を睨む。少しボブが入ったフィーラの髪が、道着の間から夜一の身体をくすぐった。

たまにツーリングに行く千紗の腕なら、もう森は抜けているはずだ。待ち合わせ場所は特に決めてないが、行くところは決まっている。

瑞晴たちは魔女の子を連れている。警察の検問で調査されないためには、街にいる他ない。従って、行けるとすれば瑞晴の家か千紗の家。


疲れた身体を引きずって、夜一は森の先を目指す。鈍く光る十六夜の月が、青年の背中を朧に染めた。


動き始めた魔女。行くあてのないソラとアヴリル。全てが歪んで、ねじれて曲がる。不平等な世界を祝しても呪っても、星空はどこまでも平等だった。憎いくらいに、眩しくて。あそこの一つに、命が吹き込まれているようで。



長かったバトルパートも、ようやく終わりを迎えました。

次回からはどうなるのか。

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