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上書き勇者の異世界制覇  作者: 天地 創造
逃亡の魔女編
142/252

彼女の決断

いよいよ魔女と決戦か!?

「……るさねぇ」


してやったり顔の瑞晴とは対照的に、ルドルフは激昂していた。魔女である自分の魔法が、日本の一女子高生に負けた。その事実が逆鱗に触れた。

布の中から一本のナイフを取り出す。青白く輝くそれで、薄皮を剥ぐルドルフ。じんわりと血が滲み、魔法回路を通したそれが爬虫類となった。


「ゆるさねぇぞ小娘ぇっ!」


ルドルフが声を荒らげ猛る。ヒンディー訛りのカタカナ英語に、瑞晴の身体は地面に縫い付けられた。

ナイフを逆手に持ち替え、ルドルフが瑞晴に向かう。なんとか寸手で刃を避けるも、待っていたのは左手の掌底だった。


みぞおちを殴られ、苦悶の息を漏らす瑞晴。そのまま地面にうずくまったところを、今度は顔への蹴りが来る。


「私らの目的はガキ三匹っすから、渡しゃストリップで許してやるよ」


眉間に血管を浮かばせ、ルドルフが吠える。声は震えていて、頭に血が上っているのは明白だ。

怒りを腹に押し戻し、ルドルフは何とか人間の言葉を話している。月と星とでぼんやりと照らされた全身が、黒い粒子を纏っていた。


脳に伝わる痛覚信号を魔力で押さえ込み、ふらふらと立ち上がる瑞晴。おしゃれなスカートは、泥と砂とで汚れていた。殴られて地を仰いだのは、恐らく幼稚園以来だ。

相手は間違いなく殺しのプロ。魔女が人間を食べるらしいという事を、学校の噂で聞いたことがある。


だったら、自分はなぜここまでしているのだろう。多分あの女は子供たちを迎えに来ただけだ。情はあっても、まだ会って一週間程度。命をかけるほどだろうか。


ここまで来たら、瑞晴だって彼女たちの正体に薄々感づいていた。魔女特区からの漂流者。不自然極まりない。だが、彼女たちが魔女だったというなら納得がいく。

恐らくは、家出のような出来事なのだろう。それを迎えに来た親たちが人に見つかり、この騒ぎ。本当に、瑞晴がここまでする必要があるのだろうか。


「……笑っちゃうよ」


「…………はぁ?」


瑞晴の目の前にいるのは、困っている女の子。それも特上に可愛い。本当にただの家出なのか。他に理由があるのではないか。また瞑鬼だけが知っているのだろうか。


疑問は尽きない。相手へのも、自分へのも。だから瑞晴は決めた。誰を信じるかを。

人助けに理由はいらない。陽一郎も、死んだ和葉もそう言っていた。だから瑞晴もその意志を継ぐ。


「ロリコン舐めんなっ!クソババアっ!」


言い切った瑞晴の胸ぐらを、ルドルフが鬼の形相で掴み上げる。圧倒的な爆乳のルドルフの膨らみが、控えめな瑞晴の胸を刺激した。


「自分ら、ほんと馬鹿っすね。人間って馬鹿ばっかなんすか?死ななきゃわかんないんなら、殺してあげますよ」


右手のナイフがキラリと光る。あれを心臓に突き立てられたら、いかに魔法使いといえどあっさり死んでしまうだろう。瑞晴には【改上】なんてない。死んだらそこでおしまいだ。

襟をつかんだ手に力がこもる。ものの数秒後には、瑞晴は天国へ行っているだろう。


「シュブ・ラートリ」


「待って!」


森に響いたその声に、ルドルフの手が止まる。

人の行動を止めるほど大きな声を出したのは、意外なことにフィーラだった。

瑞晴の魔法を気合と根性だけで破り、息を弾ませている。今度こそ覚悟した顔が、月光と共に瑞晴の目に入る。目の端には涙が滲んでいた。


「……帰るから。帰りますから。……瑞晴、助けて」


悲痛なまでのその叫びに、千紗もソラもアヴリルも正気を取り戻す。いつもは無口で無表情なフィーラだけに、感情が痛いくらい伝わって来る。


中学生くらいの女の子。魔女に生まれただけで、その後の人生を決められた哀れな女の子。そんな彼女が望んだのは、殺しのない平和だった。理想だし妄想だし空想だし、実現するはずもない。だからこそ叶えたかった。


フィーラが歩み寄る。ルドルフも、あまりにも正直なフィーラの言葉に心を打たれたのか、瑞晴から手を離していた。


気が抜けたような瑞晴。優しそうな目で、フィーラが語る。


「……帰ろう。お母さん」


フィーラが手を伸ばす。子から母へ甘えるような、さらりとした動作。

向き合う二人。ギャップになった森の中を、淡い月の光が照らしていた。


「…………そうっすね。悪かったっす瑞晴ちゃん」


ルドルフの左手が、フィーラの右手を取る。美しい親子の仲直りの瞬間。

だから誰も警戒しなかった。あまりにも巧すぎたから。予想を超えて自然体だったから。


「…………え?」


音がした。軽く、トンと肩を叩いたような。

瑞晴の目に映ったのは、その場に崩れ落ちるフィーラの顔。疑問煩悶失望消失。ありとあらゆる逆転の感情で満ちたフィーラの最後の顔が、瑞晴の目に焼きつく。


赤黒い液体が周辺の雑草に舞う。人間の体を巡るそれは、小さな光に当てられて不気味に滴っていた。

地面と平行に倒れこむフィーラ。反応はない。ただぐったりと、糸の切れた人形のように横たわっている。


「……愚か愚かマジ愚か。知ってるっすか?覆水は盆に返らないんだよ?」


にんまりと口を開いたルドルフの顔が、瑞晴の感情を逆なでる。血が滾る。脳が熱い。全身から熱が発せられるような感覚を、瑞晴は感じていた。

後ろにいた千紗たちは、まだ事態をよく把握できてない。誰も声を出せずに、場が何秒か凍りつく。


「…………マジですか……」


始めに口を開いたのは、目を虚ろにした瑞晴。それに続いて、ソラとアヴリルが声にならない声をあげる。

フィーラは動かない。怪我の深さは分からないが、悲鳴も出せないとなると相当に重症なのは確実だ。地面が赤く染まっている。早く病院に運ばないと、そう長くは持たない。


わかっている。急がなければならないということは。でも体は動かない。覚悟を決めたはずなのに。


実際に殺されるところを見たら、瑞晴の足はすくんでしまった。体が恐怖を覚えてしまった。

娘であるはずのフィーラ。親であるはずのルドルフ。魔女は子供を大切にするはずじゃ。

瑞晴の頭は、かつてないほど限界速度で回っている。だが人間の倫理観で、魔女の価値観を読めるはずがなかった。どれだけ瑞晴が頑張ろうとも、ルドルフには近づけない。魔女には歩み寄れない。


「あと二人だけっすか。……逃げないんすか?」


土曜日って平和ですよね。明日も休みってことがわかってて、夜遅くまで起きてれるなんて。

週休二日は理想形。

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