異世界異能、確認です③
倒れていた自分の体を起こし、乗り移った時と同様、顔を極限まで近づけ、無理矢理目を開く。自分で自分の白眼を見ることになるが、どうやら慣れっこらしい。目を赤く光らせ、次の瞬間には二人の体が折り重なるように床に倒れこむ。
「ん……、んぁ」
始めに体を起こしたのは、寝ぼったい目を擦り、焦点を虚ろにした瞑鬼だった。それに続いて、陽一郎も起き上がる。どうやらこちらは万全の状態らしい。起きた直後から意識がはっきりとしている。
「おう瞑鬼。魔法回路開いて、手を叩いてみろ」
未だに思考が安定しない瞑鬼だが、どうやら言葉くらいは聞き取れたらしい。やんわりと両手を持ち上げ、言われた通りに手を叩く。すると、重なり合った手と手の間から、豆電球ほどの光が漏れる。これが瞑鬼の一つ目の魔法らしい。
完全に覚醒状態になった瞑鬼が、数回手を叩く。その度に、豆電球がペンライト程度になり、ランプほどになる。陽一郎曰く、強く叩けば叩くほど光の出力が強くなるらしいが、それ以外には一つとして付加効果は見られなかった。
特に熱を発するわけでも、光を浴びた相手に何かがあるというわけもない。ただ単に眩しいだけの魔法である。
何度も手を打っているうちに、やがて諦めたように瞑鬼が手を下ろす。瑞晴は直感的に理解する。顔が絶望に満ちている、と。それもそうだろう。
瞑鬼がこれまで読んできた書籍の知識でいえば、異世界に飛ばされた人間は9割がた異能の力を授けられる。それも、手を叩くと光がでるなんて、大昔のおとぎ話にも出てきそうででてこない微妙な能力ではなく、世界最強の人物を一撃で倒せるレベルの能力だ。
もし万が一、瞑鬼のこの世界での能力が、こんな宴会芸一つなら、魔王なんて夢のまた夢の話だろう。精々、末端の最下層に対する足止め程度にしかならない。つまりは、瞑鬼の能力は誰もが認めるハズレなのである。しかも、元からこの世界の住人である桜家の二人のお墨付き。
「…………いらねぇ……」
自分の能力を確認して、口から漏れた第一声はそれだった。これくらいならあっても無くても変わらない。そんな考えすら出てきてしまうほどに、瞑鬼は絶望の崖っぷちに立っている。
そんな瞑鬼を見て、あまりに悲惨だと感じたのか、座っていた瑞晴が起き上がり、
「ま、まぁ、使いようによってはすごい役立ちそうだよ?えっと……、ほら、洞窟で迷子になって、懐中電灯の電池が切れた時とか」
あまりにも限られすぎたシチュレーションを提示するのは、本人にとってはかえって酷だったのだろう。瞑鬼は肩をがっくりと落とす。
それに、洞窟で迷子。懐中電灯が切れた時に、手を叩いて歩いていたらそれこそ変人の極みである。もし一般客が見ていたら、怪奇として扱われることだろう。
「……瑞晴はいいよな。動物に好かれるんだろ?」
濁った目をした瞑鬼が、恨みがましい口調で瑞晴に訊く。全身から羨ましいと言いたげなオーラが出ている。それほどまでに、自分の魔法に落胆しているのだろう。
瑞晴の魔法は、呼吸をすると全身から好生物ホルモンというのが分泌されるものだ。あくまで動物に好かれるというだけで、特段言う事を聞いてくれるなどの特典はまた別。それでも、手を叩いて光を出す変人とは随分と差がある。
「まぁ、そうだけどさ……」
汚れた瞳で見つめられた瑞晴が、思わず目をそらす。少し瞑鬼に対して同情的になっているのか、それ以上はなにも言わなかった。
さり気なく名前で呼んだ事を、今更のように思い返して赤面する瞑鬼。そんな事をすれば逆効果なのは本人もわかっているが、どうにも心と体は合致してくれないらしい。
「まぁ、魔法に関しちゃ仕方ねぇよ。そんな事より、もう一つの方なんだが……」
歯切れの悪い口調で陽一郎が切り出す。瞑鬼の二つ目の魔法に関しての話らしい。しかし、瞑鬼当人としては、魔法が二つあると言われても、特に嬉しくないのだ。
そもそも一つ目がしょうもなさすぎたのが、最大にして最悪の要因である。あってもなくても変わらないような魔法を、貴重な一つの枠に当てはめられたのがどうにも気にくわないらしい。
「もう一つ、ですか」
「あぁ。普通一つなんだが、お前は例外の部類らしい。……んだが」
どうにも要領を得ない陽一郎の言葉に、いい加減しびれを切らした瑞晴が割って入る。
「そんなに悩むことなの?」
「いや……、なんだろうな。微妙にわかるんだが、はっきりとはわからない」
顎に手を当て、どこぞの名探偵よろしく考える陽一郎。なんの話かさっぱりわからない瞑鬼からしたら、その時間はさぞ袖に手を入れたくなったことだろう。