ガールズスピーキング
魔女達はどうなったのか。
時は少し遡り、午後七時半。蝉たちの声がうるさい森の中で、五人の女の子が唸っていた。
テレビから流れている、バラエティー番組のクイズに頭を悩ませているのだ。何でも東大入試の問題らしく、高校生と中学生には難易度が高い。
買ってきたお惣菜をつつきながら、アヴリルがぼそっと呟いた。
「……良かったんですの?瑞晴さん。今日は花火大会なのでしょう?」
「……うん。まぁ、たまにはゆっくりしたいしね……」
飲んでいるのはウーロン茶のはずなのに、瑞晴は不思議と酔っ払ったOLのような雰囲気をまとっていた。グラスを傾け、中の氷を適当に弄ぶ。
仕事は楽しいし、決して嫌なわけじゃ無い。家にいる小学生も可愛いし懐っこいし、瑞晴としては不満のない高2の夏休みのはずだった。
瞑鬼が来てから随分と変わってしまった生活。初めは戸惑いもあったが、今では慣れたもの。だから、そう。本当に不満なんてなかった。無いと思いたかった。
「……じゃぁ、今日こそガールズトークしましょう。幾らでも愚痴聞きますから!」
瑞晴から漂う、社会に疲れた独身新卒社員の様な空気を察したソラ。理由はわからないが、ここは一つ元気付ける事にする。
この場にいるのは、全員が全員歳が近い女子軍団。口が固そうな千紗は当然のこと、他に話す人がいないソラたちが内緒話を漏らす心配はない。
そうだねー。軽く言いながら、瑞晴が麦茶を仰ぐ。
「……神前くんはさ、もっと人に色々とぶっちゃけてもいいと思うのね。いつもだよ?いつも自分だけで抱えちゃってさ。私や千紗は力になれませんか!そんなに夜一が頼れますかっ!夜一と一夜を共にしろっ!」
今日の瑞晴は、いつになく饒舌だった。自分でもこのもやもやした気持ちの正体がわかってない。
話してほしいし、力になりたい。出来なくても、愚痴を聞くことくらいは自分でもできるはずだ。
困難な状況に陥った時、瞑鬼は決まって自分一人で解決しようとする。最後はかならず瞑鬼が灰を被って終わらせようとする。自己犠牲とは少し違った、不器用な解決方法が瑞晴は嫌いだった。
それにしても、何故自分が瞑鬼のことをここまで考えているのか。その原因すら、瑞晴はわかっていない。
顔と体は怒っているのに、心の中はいたって穏やかな様子。本音は怒りたいのではなく、頼ってほしいのだ。自分だって、あなたの隣に立てますよ。それを証明したい気持ちが溢れかえっている。
「……そ、そうですわね。瞑鬼さんは確かに人一倍責任感というか、解決に走る気が強いですわ」
「それに関しては……有同感」
アヴリルもソラも、これ以上瑞晴を刺激しまいと必死だった。普段温暖な人が鬱憤を貯めると怖いのは、他でもない三人がよく知っている。
流れてくるお笑い番組が気にくわないのか、瑞晴がテレビのリモコンを探す。アルコールなど一ミリも摂取してないはずなのに、行動は擬似酔っ払いのそれ。
無意味にフィーラを抱きかかえたり、ソラの肌に頬ずりしたり。その時だけは幸せそうな顔をするから、やられる側も何も言えない。
瑞晴の愚痴。ほとんどが瞑鬼に関する文句が一通り出尽くすと、今度は本当にガールズトークが開かれた。
アヴリルからの、日本的な恋のイロハ。思いの外ませていたフィーラからの、少し恥ずかしいような質問まで。テンションはお泊まりモードへ。
八時を回った頃。その時には、瑞晴もすっかり落ち着いていた。名残惜しそうに、ソラの長い黒髪をいじっている。
千紗も同様に、サラサラなアヴリルの金髪を。欲張りセットで、フィーラの少しポップがかったショートヘアーも撫で始めた。
もうそろそろ帰らないと、瞑鬼からの呼び出しがかかるだろう。そう思った瑞晴が、徐に携帯に手を伸ばす。
すると、ロック画面に一件の通知があった。送り主は陽一郎。内容は電話らしい。
「……ちょっと電話してくるね」
もうお眠な中学生と千紗を置いて、瑞晴は二階へ行く。携帯のロックを外し、履歴から陽一郎にテレフォンコール。
1回目のコールが鳴るとほぼ同時に、陽一郎が電話に出た。いつもでは考えられないほどの速度である。
「あ、お父さん?電話した?」
瑞晴としては、どうせ間違いか催促のどちらかだろうと思っていた。だから、予想以上に焦る陽一郎の声に、思わず瑞晴は面食らう。
『瑞晴!お前今どこにいる!?ってかニュース見ろ』
いつになく陽一郎は声を荒らげている。母がいなくなってから早十年。こんな陽一郎の猛々しい声を聞いたのは久しぶりだった。
えっ?なに?!口からそんな疑問が溢れ出してきたが、もう通話は切れていた。瑞晴はボタンを押してない。向こうが一方的に断ったようだ。
気になったのは、陽一郎の態度よりも最後の言葉。ニュースは朝の占いしか見ない派の陽一郎が、今日に限って勧めてきたと言うことは、世間では大事件が起きているかもしれない。
何か胸のざわつきを覚え、階下に告げる。ちょっとテレビつけて、と。
「……瑞晴さん、これ、緊急速報って……」
電源を入れたのはソラ。そして、ソラだからこそ読めてしまった。画面に映し出された、読みたくもなかったその文字を。
ステレオで流される日本語のニュース。ソラたちが理解できなかったのが幸いだ。
事の顛末を一通り知ると、瑞晴は急いで階段を駆け下りた。千紗も眠りながら聞いていたようだ。瑞晴と全く同じことをやろうとしている。
「千紗っ!」
「……わかってる!」
目を瞑っていたアヴリルとフィーラを叩き起こす二人。さながら空襲が来たようなその慌てぶりに、ソラはただ戸惑うだけだった。
急いで携帯を確認する千紗。どこかに電話をかけて、相手に怒鳴り散らしている。親父さんに怒るのは筋違いだが、この状況では誰も止められなかった。それは当の親父さんでもそう。
「……どうしたんですの?」
ほどよい微睡みで揺れていたアヴリルは、無理矢理起こされたことでご機嫌斜めだ。フィーラも同様。
寝ていた二人はわからない。起きていたソラだけが、状況を理解していた。ニュースを見た直後から、二人の様子がおかしい。急いでどここへ行く準備をしている。それも、不自然なくらいに大量の荷物を持って。
「……ソラ、まさか……」
ここまで来れば、流石のアヴリルだって察することはできる。
自分たちの存在が、世間にバレたのだと。
今回は別視点。今まであんまり無かったやり方ですね。