まだここじゃ終わらない!
無事逃げ切れたのか!?瞑鬼の運命やいかに!
浅く呼吸をしながら、瞑鬼はあの魔女の能力解明に頭を移す。あそこから落ちた程度では死ななないことは、昔の瞑鬼が実証済みだ。クラスメイトたちに落とされても怪我の一つで済んだのだから、あの魔女なら確実に生きている。
瞑鬼がくらったあの魔法。初めは左半身がぶち抜かれていたのに、一撃貰ったら回復した。
考えられるのは、未来を見せる魔法か、幻覚をと言った所だろう。前者は可能性が低い。
相手の魔法もわかり、とりあえずは一旦退けた。これで瞑鬼は十分仕事をしたと言える。
後の戦闘は、夜一に任せれば十分だ。見た所、マーシュリーの近接格闘は夜一以下。あの魔法との組み合わせで戦うのが脅威なのだろうが、夜一なら幻覚くらい破れそうな気もする。
脇腹の痛みも治まった所で、瞑鬼は歩みを再開しようとする。しかし、
「……っ!クソガキぃぃー?いるのはわかっていてよ?さっきの事は水に流してあげますから、こちらにでてらっしゃぁーい!」
静まり返った神社に、突如響いた女の声。声色から、少し苛立っていることがわかる。
「……うそだろ……」
夜一から教えてもらった通りなら、生身の人間なら肋骨が折れたはずだ。それに、川に落ちてこんな短時間で上がってくるのは考えにくい。
だとしたら可能性は一つ。恐らくは蹴りを入れた段階で、瞑鬼はまた幻術を見せられていたのだ。
実際には川には落ちていなく、ぎりぎりの所で縁にでも掴まっていたのだろう。それなら、瞑鬼が神社に逃げ込むところも見ることができる。
「……そっちですわね」
マーシュリーの足音が段々と近づいてくる。足跡はないし、木の陰で姿も見えないはずだ。
瞑鬼の鼻にツンとした感覚が走る。鉄臭い液体が流れていた。
自分の口から垂れていたものに気づき、瞑鬼は眉をひそめる。人の魔法回路が大好きな黒魔女さんなら、血の匂いくらい追えても不思議ではない。
魔法回路を展開。第三の魔法で臭いを消す。だか、もう手遅れだった。
「ばんっ」
声が聞こえた瞬間、左足に衝撃が走る。恐る恐る見た先にいたのは、よく図鑑で見かけたことのある蛇だった。それも、毒が強いので有名な。
幻覚だとわかっていても、瞑鬼は叫ばずにはいられなかった。今自分の身体を駆けているのは、紛れもなく本物の痛みだった。
「見つけましたわよ」
「…………っそ!」
一か八か大木から身を出し、瞑鬼は全力で森に入ろうと足に力を。
しかし、マーシュリーの速度は瞑鬼のそれを上回る。一瞬で前に出られ、瞑鬼の顔に熱い衝撃が打ち込まれた。
そのまま数メートルほど吹っ飛ばされ、やっと止まったのは神の道。社の目の前で、瞑鬼は倒れ込んでいた。
鼻が折れた。完全に。だから口で呼吸をする。痛いなんて次元を通り越して、最早瞑鬼は熱かった。ひたすらに、顔が熱を帯びている。
「あらあら、ごめんあそばせ。お綺麗な顔でしたのに、残念でしたわね」
瞑鬼を見下ろすその目には、当たり前だが謝罪は一切込められていない。ただサンドバッグを殴った時のような、ひたすら冷たい目。
やはり、この女も明美と同じ魔女らしい。何度見ても、瞑鬼は好きになれそうにない。
マーシュリーの拳が瞑鬼の脚を砕く。悲痛な雄叫びとともに、右足が逆を向いた。
もう息をするので精一杯だ。これまで瞑鬼が経験したことのない痛み。刃物で切られたわけでも、土手っ腹を突き破られたわけでもない。
久しく忘れていた、殴られた痛み。それを今瞑鬼は実感していた。
それでも、瞑鬼は諦めなかった。ロリコンだから?ソラたちが放っておけないから?
違う。瞑鬼は今、純粋に自分のために動いていた。自分が目指す日常には、彼女たちがいる。
「……ソラ」
地を這ってでも、行かなければ。そんな下らない使命感に突き動かされ、瞑鬼は腕だけで動いていた。
「……おやすみなさい。あわれな騎士さん」
マーシュリーが拳を握る。狙っているのは頭だった。
拳が突き出される。また【改上】か。瞑鬼がそう思った瞬間、
「させんっ!!」
先にある階段から、誰かの声が聞こえる。誰かはわからない。
そして叫び声とほぼ同時に、頭上でカキンという音がした。金属と金属がこすれあうような、いい音色だった。
「……あら?あなたのお友達?」
マーシュリーの意識はすでに瞑鬼から離れている。本能が喚いていた。今は眼下にいる死にかけよりも、先にいる何者かを優先せよ、と。
失血と痛みで、もう瞑鬼は目がほとんど見えていない。けれどわかった。助けに来たであろうコイツ。随分とかっこいい声をした彼は、確実に強い。
「貴様ぁっ!」
全力で間合いを詰めた誰か。マーシュリーも瞑鬼から離れて、誰かと応戦を開始する。
聞こえるのは金属音。擦れ合うような音や、ぶつかり合う高周波が神社を満たす。
湧き上がってくる眠気を抑え、瞑鬼は戦闘を目に焼き付ける。
誰かが使っているのは、西洋風のロングソードと日本刀だった。その二刀流で、どんだんとマーシュリーを追い込んでいる。傍目から見ても、どちらが優勢かは明らかだ。
やってきた誰かの猛攻撃。それを凌ぐマーシュリーの額には、かなりの汗が滲んでいる。
「……っち!あなたが噂のティルフィングね。……今日は分が悪いみたい」
そう言うと、マーシュリーはティルフィングと呼ばれた男に幻覚の魔法を打ち込んだ。さしもの強さがあっても、それだけは例外らしい。
ティルフィングさんが夢を見ている間に、マーシュリーの姿は消えていた。
一息つくと同時に、瞑鬼のもとに駆け寄ってくる。
「大丈夫か?意識を保て!」
もう瞑鬼は喋れなかった。しかし、見ることだけはできる。
死ぬときにはいつも襲ってくる、強烈なまでの眠気。それを瞑鬼は感じていた。
最後に、花火の光で照らされたディルファングの顔。見覚えがあるような無いような。
終始誰に助けれもらったか分からずに、瞑鬼は暗闇へと落ちてゆく。
まぁ、アレですね。そうそう都合よくいきませんよね。
新キャラも出て来た所だし、次回をお楽しみに。