俺が好きなのは
引き続き、魔女との戦闘回。珍しいですね。
一撃をもらう前に必死の思いで右手を犠牲に。骨がバキバキ折れた代わりに、顔面だけは喰らわなかった。
受け身を取る暇もなく、瞑鬼の身体は車道に叩きつけられる。顔が切れて、砂利と血の混じった味が口の中で広がってゆく。
意味がわからないまま2度も攻撃を喰らい、瞑鬼はもう心が折れそうだった。それでも、譲れないもののためにやっとの思いで立ち上がる。
今度は右側から上がってくる痛み。ショック死と失血死を覚悟したその直後。
「……ある?」
いつの間にか吹き飛ばされたはずの左半身が元に戻っていた。傷も無ければ、服が破れた後もない。まるで、初めからダメージなど受けていなかったかのように。
しかし、右側の痛みは健在だ。見た目は細そうなマーシュリーの一撃も、魔女特有の筋力と魔力で十分な威力を誇っている。
「次はもっと上を狙いますわ」
丁寧な言葉遣いで物騒なことをぼやくマーシュリー。訳がわからない瞑鬼には、あまりにも不利すぎる状況だった。
とにかく今は、この場から離脱するのが最優先。例え体のどの部位を犠牲にしても、どうせ死んだら元どおりになる。
頭を戦闘から逃亡にチェンジ。一刻も早くソラたちの救護に向かうことを、瞑鬼は星空に誓う。
「……わざわざ連れ戻しに来たのか?」
「……えぇ、そうですわよ。親は子供を心配するものでしょう?」
瞑鬼が言われたかった言葉。瞑鬼が取って欲しかった行動。その全てを、目の先にいる魔女はとっている。
まだ会って一週間も経ってない。過ごした密度こそ多いが、果たして瞑鬼は彼女たちを守る必要があるのだろうか。
魔女の里から抜け出した子供達。まだこっちで生きていくには、あまりにも幼すぎる。仕事もなければ、住む家だって千紗が居なければ見つからなかっただろう。
「……どうやって街に入ったんだ?」
「そうですわね……。企業秘密ってところです」
「ケチなおばさんだ……」
おばさん。その言葉に、マーシュリーの眉間が怒りをあらわにする。
瞑鬼はただ話した。策を考えるわけでもなく、相手を懐柔するわけでもなく。ただ、何かを待つように。
「……もういいかしら?英語がお得意な騎士様も、子供を守る歳じゃないでしょう?」
マーシュリーのほおに魔法回路が広がっていく。まだ魔法の正体も見極めてないのに、この場で負けるわけには行かなかった。
瞑鬼は考える。なぜ自分が、そうまでして彼女たちを気にかけるのかを。元の世界なら、確実に放っておく。
それなのに、今ではニュースを聞いた途端に家を飛び出すほどになってしまった。
歳じゃない。まだ若い。あぁ、確かにそうだ。瞑鬼はまだ17で、人の人生なんて持てる年齢じゃない。
朋花から言葉を借りる。瞑鬼は言いたい。ガッデムポーズに最大の皮肉を込めて、最低なそのセリフを。
「……ロリコン舐めんな、クソババア」
その瞬間、真っ暗だった星空に一筋の光が瞬いた。それは海の方向から上がってきた、一本の細い線。
それが頂上に達した瞬間、星空に一輪の花が咲いた。
「なっ!?」
初めて見るであろう、空の花。今日の夜九時から上がる事になっていた、祭り用の花火が今この瞬間に飛ばされたのだ。
この時を、瞑鬼は待っていた。一瞬だけでもいい。マーシュリーの意識をそらすその時を。
ありったけの魔力を放ち、地面を蹴る瞑鬼。一歩で距離を詰める。今反応してももう遅い。
ぶっ壊れた右手も、腰の回転で力任せに振り回す事ならできる。あとはそこに左手を持ってくるだけ。
「しまっ……!」
「っせぃ!」
大輪に目を奪われていたマーシュリーの反撃が、ほんの一歩出遅れる。その時にはもう瞑鬼の手が目の前にあった。
魔力全開の、太陽のごときフラッシュボム。花火を見た直後で、光に目が慣れていても関係ない。
刹那な時間の光線が、マーシュリーの視界を破壊。真っ白になった世界に、思わず大声で悲鳴が上がる。
「堕ちろっ!」
もちろん、瞑鬼の攻撃はそれだけでは終わらなかった。大半の魔力を使い切った一撃を打っても、まだ動かなければならない。
激痛がはしる右手は諦めるしかなさそうだ。
ほんの半歩分だけ間合いを開く。そこから一気に残った魔力を脚にかき集め、夜一直伝の回し蹴りを肋骨に叩き込む。
骨が折れるような嫌な感触と、確実に決まったという実感が神経を駆け抜けた。
橋の下は川。そして身体が浮いたマーシュリーは、重力に従って真っ逆さまに落ちてゆく。
水に叩きつけられた音を確認して、瞑鬼は一呼吸つく。
空には大量の花火が舞っていた。枝垂れ柳にスターマイン。一際大きな大爆音が鳴る。
光を得た事で、瞑鬼はようやく落ち着くことができた。走ってきたのと予想外の戦闘とで、既に体力は底をつきかけだ。まだこれから瑞晴たちを迎えに行かなければならない。
魔女の残りはあと二人。あそこにいれば、そうそう見つかることはないだろう。
重たい息を吐き、瞑鬼は歩みを再開する。一秒でも時間を減らすため、今度は神社の森から行く事にしたらしい。
橋の少し先にある神社。そこに至るための階段を、のろのろと登ってゆく瞑鬼。この裏道からなら、十分もあれば着くだろう。
何とかやっと登りきると、寂れた神殿が目に入ってきた。神主さんもいるらしいが、あまり活動はしてないようだ。
神様の通り道を堂々と避けずに歩く。困っている時に助けてくれない神様など、瞑鬼の中じゃ神様ではない。
森も目の前のご神木に差し掛かった所で、いよいよ瞑鬼の体力が赤メーターを通り越してゼロになる。
足から崩れ落ちて、そのまま背中を大木に。襲ってきたのは尋常じゃない疲労感と痛みだった。
生物が違うと、やはり考え方も全然違いますね。
宇宙人なんてのが来た日には、倫理観が違いすぎて会わなきゃ良かったってなるかも。