御機嫌ようと言われても
少しだけ形を変えてみました。
隣でホームランが打てそうな棒アイスをかじっていた朋花に、ふと質問を投げかけた瞑鬼。陽一郎は酔っているから、多分聞かれることはない。
残っていた最後の一口を食べ終え、んーと朋花が唸るような声を出す。
「…………別に、私がなんかされないんなら、どうでもいいよ。魔女だから何って感じじゃない?」
「……まぁ、そうだな」
どうでもいい。一見冷たくも聞こえる言葉だが、瞑鬼には嬉しい発言だ。理由なしに差別する元の世界の人間とは違って、朋花は実害を被らなければどうでもいいスタンスであった。
一人で酒を仰ぎながら、陽一郎が見えない誰かに向かって喋り出す。
「俺の嫁はなぁ、今生で一人つってんの。わかる?わかるかなぁ?」
誰に向けてかわからない言葉には、さすがの瞑鬼も踏み込んでいく勇気がない。あんなのに絡まれたら最後、間違いなく一晩中嫁の話を聞かされる。
元からその歴史には興味があった瞑鬼ですら、今だけは勘弁だ。話すなら、素面の時が望ましい。
けたけたと笑う陽一郎を見るたびに、瞑鬼の胸には罪悪感が積もっていた。恩人で、親代わりで、勤め先の社長でもある陽一郎。瞑鬼は事もあろうに、そんな陽一郎に嘘をついているのである。
それも、バレたら取り繕いようもないくらいに、致命的な嘘を。ソラたちのことは、絶対に話せない。だからこそ、瞑鬼は針の筵にいる気分だった。
ばつが悪くなって、瞑鬼は視線をテレビに戻す。その瞬間だ。二次元だった画像が変わり、スーツ姿のキャスターが映し出される。
「……え?なに?」
「地震じゃないよな……?」
現実には見たことがなくても、これが何なのかはわかった。小学校の時くらいに、習った記憶がある。
テロップやL字の帯だけでは事足りない。もっと重大なニュースを伝えるために設置された番組。緊急速報の四文字が、瞑鬼の頭をよぎる。
テレビに映し出された向こう側は、いつにもなく慌ただしく動いており、普段はばりっと引き締まったテレビ慣れしたおっさんも、なぜだか額に汗を浮かべている。
手元にある原稿を確認して、おっさんの口が開いた。
何故だろう。瞑鬼は次に出てくる言葉がわかってしまった。心当たりがあったからだろうか。自分はそれほど大罪だと思ってなかったのに、思いの外早くバレてしまったからだろうか。
『本日の夕方頃、天道市内に三人の魔女がいるのが確認されました。繰り返します。本日、天道市内に魔女が三人確認されましたーー』
その後の全部は、頭に入れたくなかった。まさかこんなにも早いとは。
一体何故だ。千紗の親父さんがリークしたのか。可能性はある。が低い。だとしたら一体なんで。
瞑鬼史上最もと言ってもいいくらいに頭を回転させて、瞑鬼は自体の理解にあたる。一応頭の中では、買い物中に何となくバレたという結論が出た。
見た目は変わりないのに、そんな理由が通じるだろうか。今は関係ない。焦って、先立って、気がつくと瞑鬼は携帯電話を手にとっていた。
「んんー?どうした?」
少しだけ酒臭い息を吐きながら、陽一郎が訊ねる。まともには答えられなかった。
「ちょっと、瑞晴迎えに行ってきます」
陽一郎からの了承を得る間も無く、瞑鬼は家を飛び出していた。自転車がないので、仕方なく全力疾走モードに移行。
半ば静まり返った商店街の中を、瞑鬼は全力で駆け抜ける。止まっている暇はない。ひょっとしたら、今この瞬間にもソラたちが捕まるかもしれないのだから。
人間界での魔女の立ち位置。元の世界で言うところの、テロリスト予備軍と似たところにある。だから街中にいたら、警察飛んで自衛隊が出てきてもおかしくない案件なのだ。
もし居場所がバレたら、その場にいた瑞晴と千紗はどうなるだろうか。恐らくは一緒に捕まって、潜伏させたとして監獄送りになるだろう。
それだけはさせない。瞑鬼のプライドが叫ぶ。
ポケットから無造作に携帯を取り出し、荒々しく連絡欄をタップする。感覚で瑞晴の番号を探り、画面も見ずに耳に当てる。一瞬でも刹那でも、時間が惜しかった。
数回の電子音の後、小さな音でコールが鳴る。思ったよりも早く、2回ほどで通話が開かれた。
「瑞晴!ニュース見たか?見てないなら今すぐ逃げろ!そこにいるとやばい!」
何かを言っていたような気もするが、そんなものは気にせずに叩き切る瞑鬼。意味がわからなくても、ニュースさえつけてくれれば完璧だ。
焦った頭で考える。けれど、何かが心に引っかかる。
三人が見つかったにしては、ニュースがいささか大掛かりすぎなきがするのだ。確かに人間界での魔女は、いるだけで危険な生体兵器に映るかもしれない。
けれど、相手は成人したばかりの15の少女たちだ。いくら強力な魔法を使役する魔女とは言え、魔法が使えるのは人間側も同じ。数と策とで攻めれば、何の問題もなく捕まえれるはずだ。
まだ何か見落としがある。瞑鬼の直感が告げていた。
ソラたちの一番最初はどうだった。彼女たちは村から逃げてきた。怯えていた。
ピースは揃っているはずなのに、疲労と焦燥のせいか、瞑鬼の脳は上手く回ってくれなかった。
足は進み、憎っくき川に差し掛かる。橋を何人かの人が歩いていた。ジジイ、ババア、影寄りの大学生、ケバいおばさん、酔っ払い。
携帯でニュースを見ていたのか、何人かが驚いていた。
「……くっそ!ソラ、アヴリル、フィーラ!……待っててくれ!」
歯軋りをしながら、瞑鬼は低く唸る。横切ったおばさんが妙な顔で瞑鬼を見た。年の割には綺麗な人だったが、今は立ち止まっている時間はない。
速度をさらに早め、瞑鬼は次の一歩を踏み出す。と、
「……あら、ちょっとお待ちなさいな」
今しがたすれ違ったおばさんが、瞑鬼の背中に声をかけた。普段なら無視していただろう。けれど、何故だか瞑鬼は止まってしまった。
「……急いでる」
「……あなた、その名前どこで聞いたのですか?私に教えていただけませんこと?」
田舎の街には似合わない、純白かつ大きなウエディングハット。老けているかはわからないが、見た目の年齢は三十代と言ったところだろう。目尻から鼻にかけて、ゆったりとした顔つきだ。
「……誰だあんた?」
訊ねはしたが、瞑鬼の中ではもう結論が出ていた。
反則的なまでの美貌、上から下にかけて無駄がない痩躯。そして何より、特徴的なフランス訛りの英語。
認めたくはない。けれど目の前にある現実に、瞑鬼は目を反らせなかった。
そして同時に瞑鬼は思い出す。この世界で優しいのは、瞑鬼の周りの人間だけだと。
「マーシュリー・リストラスト。おわかりですわね?」
デデドン!