とある夏のひと時
高校総体なので、明日から毎日投稿します。
因果関係は気にしないでください。
ソラたちが魔女と知っているのは瞑鬼だけだが、瑞晴はなんとなく気づいているかも知れない。ソラは、瑞晴の勘の良さに気づいているのだから。
三人して玄関まで行き、靴を履く。そわそわが最大限に達したのか、ソラが勢いよく扉を開く。
その瞬間、瑞晴たちは見た。ソラの体が、重力に従って地面に吸い寄せられるのを。
「っぶし!」
なんとも情けない声をあげ、ソラがまたもやコンクリにヴェーゼをかます。
女の子しかいなかったのが幸いだろう。瞑鬼がいたら、カラが出てきたかも知れない。
2度目の転倒に、さすがのソラも怒り気味で立ち上がる。目の前にいる二人の少女に向かい、怨みがましい視線をプレゼント。むすっとした顔でも、ソラは可愛かった。
「あらあらソラ。大丈夫ですの?」
向かい側からドアを開けたのは、他でもないアヴリルだ。丁寧な言葉遣いは、フランス訛りでも十分に聞き取れる。
美しいはずのその肌も、この暑さのせいか汗だくだった。安っぽいTシャツに素肌が張り付いて、妙に色っぽい雰囲気を醸し出している。
後ろにいたフィーラが、声もなく笑う。魅力的なその笑顔に、思わず瑞晴と千紗の目が奪われた。
「おかえり」
「……瑞晴さんに、えっと千紗さん。いらっしゃってたんですの?」
「ついさっきだけどね。それで、まぁ、二人を探しに行こうと思ってたんだよ。うん」
アヴリルと瑞晴の会話が、間に挟んだソラを通り抜ける。
はぁ、とため息をついて、玄関に戻るソラ。見つかったから、何だか気が抜けたと言う感じだ。
玄関先でお喋りする四人をよそに、一人だけソファにダイビング。少しばかり高級で、顔を埋めると沈んでゆく。
レジ袋のがさがさとした音を立てながら、アヴリルとフィーラはキッチンへ。ソラの腹の虫を聞いて、自分たちの空腹に気づいていた。
手伝うよ。いえいえ、お二人はお客様ですわ。まあまあ。それなら、お願いしますわ。フィーラちゃんモチ肌だね。……うん。
きゃっきゃうふふと、台所から聞こえる楽しげな声。女の子が集まったらこうなるのも必然だ。きっと、ソラがあの場にいても似たようなことを言うだろう。
どことなく入りにくい雰囲気を覚え、ソラは外に出る。降り注ぐ紫外線が、白くきめ細やかな肌を焼く。
裏の庭らしき所は、それなりに手入れが行き届いていた。雑草が生えてはいるものの、花やら机やらもある。
窓の影になっている場所まで行き、木によしかかるソラ。そのまま晴天を仰ぎ、一人息を吐く。
ものの1分もいたら、じんわりと汗が出ていた。家の中からは、だんだんといい匂いが漂って来る。今日のお昼は素麺らしい。
日差しが辛い。中国は蒸し暑かったが、こんなに日が照ってなかった気もする。
浮かび上がる陽炎。それを見ていると、ソラは不安に襲われた。
自分は瞑鬼を殺した。自分の中にいるもう一人の自分は、間違いなく恩人の胸を貫いたのだ。いくら本人が許しているとはいえ、これは由々しき問題だ。
それに、ソラは嘘をついている。瑞晴と千紗には自分は魔女特区出身なだけなのだと。瑞晴に嘘をつかせている。たまたま聞いた二人の話。瑞晴の父親は、魔女を憎んでいるのだとか。
世界は救いようがなく、自分たちには居場所がない。どうしようもなく、言いようのない孤独感。
アヴリルもフィーラもいるのに、ソラは一人だ。空っぽで、欠けている。
気がつくと、下の草むらに汗がたまっていた。じっと眺めていると、また一滴。
「…………空っぽだな、私」
誰ともなくそう言うと、ソラは家に入る。顔を戻し、『いつもの私』な態度で。いかにも、ふてくされて出ていっただけのように。
部屋に戻ると、四人は昼ごはんの準備に勤しんでいた。ガラス製の大皿に盛り付けられた、野菜乗せの細い麺。紙のカップには、茶色のツユが注がれている。
「ソラ、外に出るなら日焼け止めを塗ってくださいですの。でないと、キレイなお肌が焼けてしまいますわ」
汗をかいたソラを見て、アヴリルが飛んでくる。いつもの事だが、やはりこのお嬢様はソラに甘い。
「大丈夫だよ。それに、褐色っ子好きでしょ?」
「うぅ……。まぁ、確かにそれもありですわね」
ぐぬぬと唸るアヴリル。ソラの褐色姿の想像でもしているのだろう。放っておいて、ソラは冷蔵庫へと向かう。
入っていた二リットルのお茶を取り出し、それを机の上へ。すでに他のものは準備済みだ。
全員が座った事を確認し、瑞晴が合掌を告げる。
「がっしょう?何ですの?」
「こっちの食事前の儀式でね。まぁ、言うなれば十字架切るのと一緒かな」
あぁ、と言って、瑞晴の真似をするアヴリル。ソラとフィーラもそれに続く。
瑞晴たちからしたら当たり前の所作だが、異国の女の子にとっては謎の儀式である事だろう。
可愛い声で、いただきますと声を合わせる五人。割り箸を割き、いざ実食。
初めて食べる異国の麺に、外国の少女たちは興奮気味だ。慣れない手つきで橋を扱い、汁をこぼしながらそれでも止めずに口に運ぶ。
途中何度か瑞晴から箸の指導が入ったが、その度に彼女たちは食事の手を止めて話を聞いた。ソラたちなりに、日本に馴染もうと努力しているのだ。
ゆっくり麺をすすり、終わった頃には2時を過ぎていた。片付けを終えるも、特にすることはない。
蝉たちも暑さにやられたのか、少しばかり外は静かになっている。クーラーの動く音と、テレビから聞こえるリポーターの声が部屋の中を満たす。
「…………ガールズトークしよう」
だらけきっていた空間に、瑞晴が喝入れも込めた話題を提供。ソファに転がっていた三人が反応した。
「……それって、夜にやるものじゃないんですの?」
「いやいや、夜だと神前くん来ちゃうし。いくら興味がなさそうでも、ちょっとねぇ」
瑞晴の顔は、完全に悪代官のそれとなっている。この気に秘密を聞き出そうとしている感が満載の笑みに、ソラの自然警戒心が作動した。
「それなら、瑞晴さんからお願いします。ぶっちゃけ、瞑鬼さんとどうなんですか?」
「……えっ?私から?」
さっきまで獲物を狩る目だった瑞晴も、今では追われる草食動物となっていた。グイグイとせめてくるソラたちの質問攻撃を何とかかわそうとするも、その先には千紗関門が。
当たり前だが、千紗もこの話題には興味津々なのである。同じ屋根の下で、同級生の男女が暮らしている。そんな少女漫画のような展開にちゃちゃを入れないほど、千紗の頭は大人じゃない。
まだ日常……まだ続くのです。にぱー。