異世界異能 、確認です②
そんな娘の心配を、一応父親も汲み取ったらしい。名残惜しそうに携帯の内カメラで一つ自撮りをすると、やがてその重たい腰をゆっくりとあげる。
「はぁ……、んじゃやってみるか」
そう言った瞬間、瞑鬼の身体を漆黒の粒子が包み込む。よく見ると、それは瞑鬼の体から漏れ出している。そして、宿主から離れないように辺りに浮かんでいるのだ。
無数の黒い粒子が部屋を満たす。瑞晴はその様子を黙って観察していた。
魔力と呼ばれる粒子たちは、一分ほど部屋中を飛び回ると、やがて空気へと溶けていく。瑞晴はこの光景に見覚えがあった。ほんの数ヶ月前に、学年全員がグラウンドで行った魔法回路の解放。その時は300人分の魔力が校庭を漆黒で染め上げたが、一人なら精々部屋を薄暗くするのが限度なのだろう。
全身に纏った魔力を解放した陽一郎。瑞晴が目で、早く身体を返しなさいという合図を送っても、一向にその場から身体を動かそうとしない。
思っていたよりも大量の魔力があふれ出したことに、陽一郎は困惑していた。目測での瞑鬼の身体に内蔵されていた魔力量は、常人の一・五倍と言ったところだろう。
特段驚く必要もないことだが、それでも陽一郎は沈黙を破らない。かなり頭を回転させているのか、瑞晴の声も耳を通してないようだ。
「……お父さん?」
心底不思議そうな目をした瑞晴が言葉を投げつける。しかし、残念なことに父親はキャッチボールに興味がないらしい。投げかけた台詞は虚しく静寂へと融けてゆく。
どれだけ父親が男子高校生の肉体に興奮しているかはわからないが、人の体を占領して無言のままはアウトだ。そう言いたげな目で陽一郎を睨むも、帰ってくるのは無音の空気だけ。それだけ驚くような魔法があったのだろうか。
瑞晴が陽一郎の眼前でねこだまし。状況を説明しない父親への罰だと言わんばかりにいい音で打つ。
その音でようやくこちらの世界に帰ってきたのか、陽一郎の目が瑞晴を捕らえる。
「……大丈夫?」
警戒心全開で訊ねる瑞晴。それに対し陽一郎は、
「…………おう」
とだけ返事をする。頭は戻ってきたが、身体が追いついていないようだ。
「どうしたの?お父さん」
「……あ、いや、なんだ……その」
要領を得ない陽一郎の返事。どうやら陽一郎自身も、自分が悩まされている状況がうまく説明できないらしい。
「で、神前くんの魔法はどう?どんなのなの?」
「まぁ……、取り敢えず一つはわかった。手を叩くと光がでる魔法だ」
「一つ?」
その言葉に瑞晴が反応する。そもそも、この世界では魔法は基本的に一人一つ。例外がないわけでもないが、それでも稀有なのは間違いない。
しかし、それにしても陽一郎がここまで困惑するのを見るのは、瑞晴にとっては随分と久しぶりな事だ。確かに魔法の二つ持ちは稀であるが、世の中に例外があるのは普通のこと。四十余年も生きていれば、一度や二度出会っていても何ら不思議ではない。
「神前くんは魔法二つ持ちか……」
「……らしいな」
その言葉を最後に、二人の間に沈黙が流れる。どうやら、次に起こすべき行動について模索中のようだ。
未だに倒れる陽一郎の体を、瞑鬼の中に入った陽一郎が眺めている。まだ男子高校生の肉体に未練があるのか、帰りたくないという目線で瑞晴に信号を送る。それを肌で感じ取った瑞晴の取った行動は、当然の如くノーの一言。
取り敢えず返したら、という瑞晴の発案を受け、ようやく陽一郎が瞑鬼に体を返す準備を始める。