掴み取った日常
落ち着かないよね。こんなとこいたら。
蝉のオーケストラももういい加減飽きてくる七月の終わり頃。窓の外から聞こえてくる僅かばかりの動物たちの鳴き声を聞いて、ソラは床に寝転んでいた。
起きたのはつい二時間ほど前。午前中は掃除にあてるとアヴリルから言われていたのに、起きた時には既に終わってしまっていた。そして二人はスーパーに昼飯を買いに行くと言って、家から出て行ったのだ。
鍵はあるものの、やはり異国の地は怖い。そのため、寝坊したソラ一人が留守番として残されているのだ。
「…………無聊」
誰もいない天井に向かって、どうでもいい呟きを漏らす。いくらここが全家具揃ったペンションハウスと言え、あるのは本当に家財一式だけだ。ソラの大好きな本は、ここには無い。
テレビをつけても、やっているのは日本語の番組のみ。どこのラジオをつけてもそれは一緒だった。
二人の功績で埃が全て除去された部屋を見渡す。全体が木で出来ていて、だから陽が当たるといい匂いがする。どことなく、ソラの故郷と似たような匂いだ。
腹の虫がなる。けれども二人は帰ってこない。資金は限られているため、店員のおっちゃんと交渉でもしているのだろう。値切りは常識だ。
ソファの上に座ってみたり、二階のベッドにダイブしてみたり。何かと新しいことを探すソラだったが、結局は何をしても暇だとの結論に落ち着いた。
「……探索しようかな」
ふと、大きな窓からのぞく森に興味が湧いたソラ。予防注射を打ってないから危険だと言われたが、一度気になったらもう止まれない。
昨日の晩に瑞晴から貸してもらった、少し大きめの服を装着。おいてあった麦わら帽をかぶり、鍵をつかんでいざ外へ。
そうして玄関のドアノブに手をかけた瞬間、一瞬の違和感がソラを襲う。
自動ドアでも無いのに、勝手に扉が開いたのだ。体重をかけて押そうとしたため、支えがなくなったソラの身体は重力に従ってコンクリにキスをかます。
痛みが残る顔を抑え、何事かと上を向くソラ。するとそこには、白と水色のスプライトな布があった。
「……瑞晴さん?」
ソラはこのパンツに見覚えがある。2日ほど前に、シャワールームで見た記憶が蘇った。
ソラの呼びかけに答えるように、スプライトから返事が来る。
「……スカートの下から話しかけられるって、なんか不思議……」
そう言って、スプライトはスカートの下へと隠されてしまった。そうする事で、ソラはやっと瑞晴の顔を拝むことができた。その後ろには千紗もいる。
わざとらしく「いたたた」と言ってソラは立ち上がる。本当に少しだけ痛かった。手がジンジンしている。
ごめんごめんと謝る瑞晴の手には、一つのレジ袋が下げられていた。アヴリル達が行ったスーパーの袋である。
まだアヴリルもフィーラも帰ってきていないのに、何故だか瑞晴たちが来た。ソラの頭は状況を理解でいていない。
ソラの様子を悟ったのか、千紗がその親しみやすい口調で話し始める。
「やあ!ソラちゃん、おはよう」
「今起きたって感じだね」
今日は何も言ってなかったはずだ。それに、昨日の今日で来るなんて。
ソラの混乱は広がる一方。瑞晴たちが持っているものも気になった。
「……どうしたんですか?」
いるのは瑞晴と千紗だけで、親父さんも瞑鬼もいない。お説教ではなさそうだと判断するソラ。
服についた砂を払って、履きかけていた靴から足を抜く。玄関に上がって、ソラは二人が上がって来るのをしばし待つ。
「まぁ……、なんて言うか、歓迎会的な。うん。昨日は慌ただしかったし、その前はあんなだったしね」
あぁ、とソラはやけに納得した口調で返す。目的が歓迎会なら、ソラ的には超感激だ。ただでさえ腹が減ったと言うのに、タイミングを見計らったような登場。
ソラの中で、瑞晴と千紗の親愛度が高まってゆく。
適当な日常会話をし、三人はリビングへ。ゴミが全て片付けれた部屋は、昨日よりかは格段に良くなっているはずだ。
瑞晴が持って来たのは、歓迎鍋パーティーの材料の一部。残ったのは、仕事終わりの瞑鬼が持って来ることとなっている。
瑞晴から受け取ったスーパーの袋を確認。中にはナベとガスコンロ。それに紙の食器が入っていた。
「……すごいですね」
「始めは千紗がやろうって言い出してね」
「瑞晴だって、ウキウキで選んでたじゃん」
世間話も一段落し、買ってきたものをしまい終えると、また部屋の中には沈黙が戻ってしまった。
千紗が持ってきたお菓子を広げ、適当に食べる。初めての日本のスナック菓子は、ソラにとっては刺激的だ。地元で食べていた、変なクッキー的なものとは違う。
テレビをつけ、いくつかのチャンネルをザッピング。お昼時の番組はどれも緩々としていて、女子高生が好みそうなものはない。
「アヴリルとフィーラちゃんは?」
二階を視察に行ってきた千紗から、至極当たり前な質問が来る。
「いやぁ……、買い物に行ったんですけど、まだ帰ってこないんですよ」
「迷ったりしてないかなぁ」
大丈夫だと思いますよ、とソラは返す。あの二人はソラと違って、意外としっかりしている。
村から逃げ出したあの日も、二人が道案内をしていた。ソラはせめてもの手伝いとして、気を張って二人の後を追っていたのである。
こちこちと置き時計が鳴る。クーラーがよく効いた部屋の中は、少しだけ肌寒かった。足の先が冷える。
ごーんごーんと、一時を告げる鐘が鳴った。二人が出かけてから一時間。スーパーまでの道は大体十分くらいらしいので、帰って来るにはいささか遅いと思われる。
ソラの手が、やり場のない不安感を表すように髪の毛をいじる。
「……行ってみる?」
窓に上がる太陽を見て、瑞晴が言う。
「……私は別に心配なんてしてませんから」
そう言いつつも、ソラは出かける準備が完了している。海の家の半袖シャツに、客の忘れ物の短パン。活発そうな顔を合わせて、いかにもな元気っ子少女の姿が、そこにはあった。
ただで家が欲しい。