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上書き勇者の異世界制覇  作者: 天地 創造
逃亡の魔女編
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嵐の前の

タイトルにもある通り、今回は嵐の前の静けさを演出。つっても、まだ結構余裕はあるんですけどね。


海と同じでセミとカエルのアンサンブルが鳴り止まない道を進んで行くと、少し開けた土地に出る。正面にある黒い物体に光と当てると、それが木造の家だということが発覚。


二階建てで、築10年といったところだろう。暗くてよくわからないが、所々蔦が絡み付いている。


少し小さめの、ペンションハウスという位の大きさの家だ。その扉の前まで行き、親父さんからの説明を聞く。


「この家は随分前に買ったものなんだが、残念なことに買い手がつかなかった。このままだと維持費が高くなりすぎるため、管理してくれるんなら家賃はタダでいい」


こんな夜遅くなのに、懇切丁寧に親父さんは説明してくれた。娘の友人に、こんな時間から呼び出される。それも、男混じりとなると、そこそこに起こっていてもいいだろう。


それなのに、親父さんの顔からはビジネスの匂いしかしていない。仕事は仕事、プライベートとは別物として考えるのが中島流らしい。


「……あ、あの、謝謝ありがとうございます


「Merci《ありがどうですわ》」


「せんきゅー、です」


中国語とフランス語、そして英語と、それぞれの母語が出る。たった一言だが、その全てを親父さんは理解した。国際化が進むご時世、社長には多種の言語力が求められるのだ。


あぁ、とだけ言って、親父さんが鍵を開ける。そのままノブを捻り、家の中へ。瞑鬼たちもそれに続く。


家の中に入ってまず始め、瞑鬼たちを襲ったのは檜の香り。まるで樹の中に入ったかのように、鼻腔から入った空気が全身に行き渡る。


木造ペンションの造りはいたってシンプルだ。あるのは二十畳ほどの部屋が一つだけ。そこにキッチンとリビング、ダイニングが全て併設されている。外からだと二階だと思われていた部屋は、どうやら広めのロッジらしい。階段こそあるが、部屋に区切りは付けられてない。


親父さんから適当に見てこいとの指示があったため、ソラたちは各自で家の探索を開始した。瞑鬼たちも新居を買う夫婦のように、二人でまったりと見て回る。


部屋に備えられていた二つの扉。その内の一つは、バスとトイレだ。脱衣所がないのは仕方ない。


もう一つの方、少し扉が大きめな部屋には、いくつかの段ボールが置かれている。品名は非常食。食料庫であると考えられる。


リビングに戻ると、ソラたちが中央に置かれたテーブルに座っていた。流石は貸し家だけあって、家具は充実している。


少し型は古いがテレビもあるし、キッチンには冷蔵庫や電子レンジまである。当たり前だが電気やガスも通っているらしい。


「……本当にタダでいいんですか?」


あまりに出来すぎた話に、瞑鬼は若干の疑いを持つ。警戒はしたくない相手だけに、質問するのは忍びない。


テーブル横のソファで、何やら書類整理をしていた親父さんが答えた。


「あぁ。その代わり掃除や家具の手入れは任せる。いつでも売れる状態にしといてもらえるんなら、私は何も言わん」


契約の書類に目を落としたままだが、親父さんの口調はいたって真面目だった。


家というのは、人が済まないとすぐに朽ちるというのは世間の常識。業者に管理を委託し毎月金を払うくらいなら、家なし少女に貸す方が社長の株も上がるということだろう。


もう一度だけありがとうと言い、瞑鬼はソラたちの下へ向かう。今はキッチンで、初めて見る調理器具たちに興奮中のようだ。


大きめの窓から、瑞晴が星を眺める。周りは森に囲まれて、動物たちの声がうるさいくらいだ。


頭の中の星座表と当てはめる。夏の大三角を発見した。


あの三人が魔女だということを、親父さんは知らない。瞑鬼の発言からは、せいぜい魔女特区の出身だと思われるのが精々だろう。


彼女たちにとっても、この森の中という環境は好都合となる。人に見つからないし、何より人と関わらなくていい。


十分も経てば家の中を全て捜索できるので、もうソラたちは落ち着きを取り戻していた。長いソファに三人で並び、しみじみと水を飲んでいる。


時計を見ると、もう七時半を過ぎていた。あと30分で帰らなければ、陽一郎からのラブコールが来てしまう。


「……どうだ?」


ただ一言、三人に聞く。


「はいっ。もう最高です。ホントに、なんて言っていいか……」


「心の底から感謝ですわ。任せて下さい。わたくし、掃除は得意ですのよ」


心強い二人の返事。フィーラもそれに倣って頷いていた。


テレビから流れるつまらない芸人の、滑ったことにも気づかない自己中トーク。普段の瞑鬼なら黙ってテレビを消すところだが、今日だけは違う。


初めは全く計画もなしに進んでいったこの事態。それでも、何とか形に置くことはできた。後は当人たちの努力次第。


ほっと一息ついていると、対面に座っていた親父さんから、何やら重要そうなことが書かれた紙の束が差し出される。瞑鬼が受け取ったそれは、生まれて初めて目にする、本物の契約書というやつだった。


書面にびっしりと綴られた文字。何条かに別れた難しそうな注意事項。その全てが、瞑鬼に責任という名の鎖を押し付けてくる。


不動産の売買ではないため、やたらと紙の契約が必要とされるらしい。差し出された全てに、一応瞑鬼は目を通す。


2枚目の一行目でギブアップだった。


「……べつに全部読まなくてもいい。形の上だけでも、一応示しとかないと事だからな」


「……この連帯保証人ってやつ、俺がなればいいんですか?」


「君は仕事をしているそうだな。年収が見込めるんなら、それで構わない」


「でも俺、まだ一年目だし、未成年なんですが……」


ガキっぽくない口調で瞑鬼がいう。元の世界なら、どんなに金があっても未成年では保証人にはなれなかったはずだ。


異世界の法律はまだ見ていないが、あるいは違う可能性もある。倫理観が違うのだから、当然憲法も異なるだろう。


瞑鬼が何をいっても、親父さんはわかっているといった感じだ。エスパーなのではないかと疑うほどに、瞑鬼のいうことを予測している。


「私は年齢が権利や義務を左右するのが嫌いでね。年が低くても、信用に足る人物なら少なからずいる」


鋭い眼光の奥に宿る親父さんの威圧感。瞑鬼のような腐った目の者に対しても、この商売人は同じ態度をとる。普通の客に、普通に接客するように。


どことなく陽一郎と似ていると思い、瞑鬼の口元はほころんだ。


出された書面全てにサインを書き、拇印を押す。管理人の契約が成立した。


代表者であるソラが、瞑鬼が書いたのと同じ書類を書く。こちらも名前と拇印だけでいいらしい。何でも、指紋さえあれば位置を特定できる魔法があるのだとか。


「警察にそういうコネがあってな。念のためだが、保険だと思ってくれ」


全ての面倒くさい事が終了したので、晴れてこの家はソラたちの住まいとなる。いつまで住めるかはわからないが、当面暮らすぶんには十分すぎる財産を手に入れたと言える。


「食べ物とか日常品とかは、ちょっといったらスーパーあるからね。でも、夜は出歩いちゃダメだよ」


そう言いながら、千紗がアヴリルに抱きついていた。この短時間で、結構仲良くなれたようだ。


来た道を引き返す。今度は後ろに大きな明かりがあったので、随分とさっきとは印象が違って見えた。


瞑鬼の中には、ここからだと言う始まりの気持ちとともに、同じくらいの罪悪感もある。人の好意に甘えるという言葉通りの行動を、瞑鬼はしてしまったのだ。


何度見ても、何度事が起こっても、やはりこの世界の人は優しい。もちろん敵もいるが、それ以上に瞑鬼は味方ができた事が嬉しかった。


四人が車に乗り、音もないまま走り出す。ちらちらとたまに目につく街灯が、瞑鬼の顔を照らしては暗転させる。


ものの十分ほどで、桜青果店に到着した瞑鬼と瑞晴。車から荷物を降ろしてもらい、そのままお礼を言って中島家とお別れした。


「……なんか、超絶久し振りな気がする」


「……確かに。この3日が濃すぎたね」


「……だな」


長旅に疲れたおっさんのようなことをいいあって、二人は玄関の戸を開く。予想の通り、鍵は開いていた。


いつもと同じ、ガラガラと音を立てて開く引き戸。漂ってきたフルーツ臭に、瞑鬼の空きっ腹が刺激される。


荷物を置いて靴を脱ごうとすると、茶の間の方から賑やかな声が聞こえてきた。まだ幼い声が残る、多分小学生くらいの女の子だ。誰かさんの帰りを待ちわびていたのか、随分と駆け足で駆け寄ってくる。


「瑞晴ぁぁぁ!お帰りぃっ!」


角から飛び出してきた朋花が、そのまま瑞晴にダイビングハグをぶちかます。きゃっ、と言って瑞晴がそれを受け止める。


「もう瑞晴がいない3日間辛かったよ。関羽とチェルが喧嘩してね、私が止めに入ったらチェルが怒ったの。それで、関羽も怒りだして……」


弾丸のような速度で飛び出す日本語に、思わず瞑鬼は違和感を覚えてしまう。ここ最近ずっと英語に慣れたせいか、やけに方言が可笑しく聞こえたのだ。


はいはいと言って、瑞晴はもう朋花とお喋りをする準備をしている。溢れ出るお母さんオーラ。朋花はそれに当てられたのかもしれない。


両親が海外赴任だと聞かされている朋花からしたら、年上の瑞晴はお姉さんと言うよりかは、お母さんのような感じなのだろう。両親ともにこの世のゴミだった瞑鬼からしたら、考というのは珍しい感情だ。


瑞晴の分の荷物も持ち、洗濯場にでも向かおうかと瞑鬼は足を向ける。すると、足元に何かがいることに気づく。


「……お前も寂しかったのか?」


お気に入りの踝にほおを擦り付けて、関羽がにゃあと唸る。逆の足にはチェルもいた。帰って早々に二匹のメスに囲まれる。どうやら瞑鬼はハーレムの主人になれたようだ。


腰を落とし、二匹を回収。抱きかかえた状態で、風呂場へと向かう。


鍵もかからない扉を開くと、そこには陽一郎がいた。まさに今上がったばかりという格好で、絶望的な表情をして体重計に乗っていた。


「……っち。瑞晴じゃねぇのか」


「……陽一郎さんもですか……」


「良かったじゃねぇか。帰って早速モテモテだな」


「……なんか、主人公にでもなった気分です」


3日ぶりの陽一郎との会話。当たり前だが、彼に変化はない。あるとすればそれは瞑鬼の方だ。


悟られないように、瞑鬼は無理やり笑顔を作る。


「どうだった?吉野のバイトは辛えだろ?」


「えぇ……。仕事量が尋常じゃなかったですよ」


「まぁ、学生ん時からあいつの作る飯は人気だったしな」


「文化祭とかですか?でも確かに、めっちゃ美味しかったです」


「最終的には客が暴動してな……。麺がバラ売りになった」


何ですかそれ……。そんなことを言って、お互いに笑い合う。


洗い物を全て洗濯機にぶち込み、開始ボタンを入れる。ごうんごうんと、重たそうな音を出して回り始めた。


陽一郎と二人でリビングに戻ると、朋花が瑞晴の膝枕で眠っていた。まだ8時を少し過ぎたくらいだが、相当に帰りを心待ちにしていたのだろう。


作ってあった晩御飯を、瑞晴と二人で食べる。陽一郎は仏間で奥さんと語り合うそうだ。何でも、今日が命日だとか。


あんな屈強な男でも、最愛の奥さんが死んだら泣く。それは世界の真理。だから、今だけは何を聞いても瞑鬼の耳から抜けていく。


食べ終わった後、小さな声でお帰りと聞こえた。

瑞晴も瞑鬼も、小さな声で返す。


「ただいま」



あったかい我が家が待っている?

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