魔法の森
隣の席にはお嬢様。家は部屋が数えられないくらい。
僕もそんな同級生が欲しかった。
そうして女の子五人が乗り終えると、いよいよ残りは瞑鬼だけに。しかし、余っているのは助手席かぎゅうぎゅうに詰めた瑞晴の隣だけ。
個人としては是非とも瑞晴の横を定位置としたい瞑鬼だが、流石にこの場面でそんな事は選べない。そのため、尋常じゃない緊張感を味わいながらも運転手の隣に着くことにした。
「全員乗ったようだね。大体10分もあれば着くから」
親父さんはそう言ってサイドブレーキを押す。そのままエンジン音を出すことなく、車は滑らかに動き出した。
ぽつぽつとだけ灯りがつく町を、最新の電気自動車が駆け抜けてゆく。窓から流れる街並みは、昼間とは一風変わった印象を瞑鬼の目に焼き付けてきた。
シートベルト締め過ぎかな。体制はどうしてればいい。あぁ、頼む早く着いてくれ。
瞑鬼の頭の中はとてつもなく高速で考え事をしている。後ろから聞こえてくる、楽しそうな女子トークとは裏腹に、男性陣は最早葬式の帰りレベルの重たい雰囲気だ。
初対面かつ同級生のお父さんともなれば当たり前とも言えるが、やはり気まずいものは気まずい。
信号が変わる。車が止まる。アイドリングが効いているのか、ほとんど音も振動もない状態で停止した。
「…………ちょうど良かったよ神前くん」
革製のハンドルカバーを握った親父さんが、前を見ながら呟く。
「……はい」
一体なんのことなのか。瞑鬼には皆目見当もつかないことだ。
けれど、親父さんには都合が良かったらしい。瞑鬼が隣に来たことが。
「あの少女たち、何やらワケありならしいね」
「……はい。ちょっと、事情がありまして」
「普通には働けない、と?」
信号が変わる。やはり親父さんは前を見ながら、車を発進させた。小さな揺れと、他人の家の車の匂いに瞑鬼は酔ってしまいそうだ。
「……えぇ。でも、良い子達なんですよ。だから……」
「なるほど。大体はわかった。彼女たちがなぜ普通に働けないのかも、な」
親父さんの察しの良さに、驚くと共に瞑鬼は感謝したくなる。この世界で小さい子が働かなければならない事情と言えば、大体は両親の不在になる。
そしてその理由。考えられるのは、魔王軍との戦いで命を落としたか、元からいないか。施設に入らない所を鑑みるに、これらが理由でないことは親父さんにとって明白だったのだ。
「君はあの子たちのなんだ?」
夜の光に当てられて、一瞬だけ眩しくなる。けれどもすぐにそこからは去って、また瞑鬼はライトの先の空間しか見えなくなった。
後ろのガールズトークは留まるところを知らず、英語が飛び交っている。成績優秀な瑞晴と、そこそこの千紗ならではの教育英語は、魔女っ子たちにも聞き取りやすい。
前の野郎二人のことなど気にしている様子もない。だから、瞑鬼は安心して答えることができた。
「……そうですね。言うなれば先輩と後輩ってとこです」
「…………学校じゃないだろう?」
「……えぇ。でも、俺はあいつらの先輩なんですよ」
ふっ、と親父さんが一瞬鼻を鳴らす。笑顔が予想できない雰囲気だけに、瞑鬼はその顔を見逃したことを後悔する。
音もなく車は進み、いつの間にか町の外れまで来ていた。ここから先にあるのは、開発が間に合ってない森林だけだ。
街灯の一本もない道を通り、車は一軒の小さな店の前で止まる。これ以上は車で進めないようだ。
着いたよ、と言ってドアを開く千紗。その後ろに続いて、四人が降りる。
外は真っ暗でほとんど光なんて届いてないが、そのおかげで随分と星がはっきりと見える。車のフロントガラス越しでも、十分に星座が観測できるほど。
瞑鬼もシートベルトを外し、ドアに手をかける。開く直前に、親父さんがまた口を開いた。
「……最後に一つ。君はなんで、そんなに彼女たちに協力するんだ?」
その質問の答え。それは実に答えにくいものだった。
言われて初めて、瞑鬼は少しばかり自分の行動を振り返る。初めは、そう。ただ単にバイトに来ただけだったハズだ。
それがなんの因果か、魔女だという女の子たちと出会い、一回だけだが殺された。情報は聞けたといえ、それ以上に重たいものも背負ってしまったのだ。
そんなのは、彼女たちを一目見た時からわかっていたことだろう。こんなにめんどくさい要素満点なのに、日常系を愛する瞑鬼がなぜ首を突っ込んだのか。
現役カルピスの様な濃厚の3日間を思い出す。考えれば、色々とそれらしい理由は捻り出せる。けれども、それは瞑鬼の本心でない。
「……そうですね」
顎に手を当て、瑞晴と同じポーズをとる瞑鬼。
流石は感覚英才な瑞晴がやる事だ。この格好をすると、案外本当に頭が冴えてくれるらしい。
記憶をたどって、考える。いや、瞑鬼は考えているようで考えていなかった。ごちゃごちゃとそれっぽい理屈を並べていた。
本心は一つ。それに気づくのに、随分と手間取ってしまった。一瞬だけ星を見る。正直に言えば。そういっている気がした。
何秒かの沈黙の後、思ったよりもあっさりと、瞑鬼は答える。
「ご褒美、もらっちゃったんで」
女子中学生の裸は、一生を持って償うには十分たりうる等価交換だと言えるだろう。それが、瞑鬼の答えだ。
親父さんは一瞬目を丸くするも、すぐにいつものキリッとした瞳を取り戻す。そして瞑鬼と刹那に視線を交わし、また鼻を鳴らした。
二人は遅れて車から降り、森に興味津々な女性陣の元へ。放っておくと、瑞晴が動物たちの教祖になってしまう。
後部座席から懐中電灯を取り出し、いざ一同は森の中へ。どう考えても家がある雰囲気ではないが、ここまで来たら付いて行くほかない。
特に幽霊の噂など聞いたことがない森だが、やはり夜なだけあってそこそこ恐怖感はある。瞑鬼の魔法で明るくすれば、多少は見やすくなるだろうが、それはもう瑞晴からの却下をもらっていた。
瑞晴と千紗は互いの手を。魔女三人もお互いに手を握り合っているため、瞑鬼の両手はとても悲しいことになっている。こんな時のためにと、手汗を減らす練習をして来たのに、無駄になってしまった。
「……瞑鬼さん」
「ん?」
一人で手を組んで歩いていたところ、ソラが瞑鬼のシャツの端を掴んだ。
「……怖い?」
聞くまでもない。三人はこのクソ暑いのに身を寄せ合って、辺りにもわかるくらい警戒心をあらわにしている。
「べ、別に怖くなんてないですわ。ただの森ですものね」
「……そう。でも、国違うと、疫病とか、ヤバイ」
「あぁ……、そうだった……。我大丈夫?」
そう言いながらも、ソラは掴む力を強めてゆく。
気がつくと、アヴリルとフィーラも、それぞれシャツの端だけを掴んでいた。
友達の、しかも女子のお父さん。しかも初対面。加えて後ろの席には彼氏が。
もうね、泣きますよ。まともに話せないですよ。