これまでとこれから
さてさて、ついに戻ってきましたあの街に。
一体何が待っているのでしょう。
まだ数えるほどしか星が出てない空を眺めて、瞑鬼は一息つく。こんな経験ができるのも、異世界にこれたから。人脈も何もかも、全ては憎っくき【改上】のおかげ。
精一杯の優しい目をして、瞑鬼はソラたちを見る。海の家の服を着て、三人で一つの小さな鞄。荷物無しだと不自然だからと言う理由で、瑞晴から渡されたバッグだ。
あんなにも可愛い女の子たちなのに、着ているのは安い服。それに、街に行っても下っ端のような仕事しか恐らくないだろう。
できれば瞑鬼がメイドとして雇いたいところだが、そんなのは夢の話。現実問題として、金の話が出てきてしまう。
3泊分の荷物が入ったバッグを膝の上に置き直し、瞑鬼はそこに頭からつっこむ。少しだけ眠たかった。
「神前くん。あるって!千紗がお父さんに聞いたら、丁度一軒人がいなくて困ってたらしいのがあるって」
気持ち良いまどろみに入りかけていたら、興奮した様子で瑞晴が肩を揺すってくる。
その言葉を聞いた瞑鬼の顔は、一瞬にして眠りから戻ってきた。
「…………まじ?」
「まじまじ。それに、事情を話したらタダでいいらしいよ。その代わり掃除と家具の手入れをしてくれって」
瑞晴の焦ったくらいの様子に引かれたのか、いつの間にかソラたちも瞑鬼に混ざって話を聞いていた。
初めは信じられないと言った顔をしていた三人だか、瑞晴の心からの笑顔でそれが真実だと悟る。
少しだけ目尻に涙を浮かべて、ソラが瑞晴に感謝の意を伝える。その後に電話の向こうにいる千紗にも、唯一わかる「ありがとう」を。
三人でそれをした後に、電車の来訪を告げるメロディーが流れ始める。じゃあお願いね。ありがと。そう言って瑞晴は電話を切り、もう一度笑顔をあげる。
感謝からなのか、それとも単純に瑞晴が大好きになったのか。理由はどうでもいい。ソラたちは瑞晴に向けて、一斉にダイビングハグをかました。
むせ返る女の子の匂いと、時折聞こえる嬉しそうな瑞晴の声。安っぽくて何のひねりもないワンシーンだが、今の瞑鬼には百万ドルの夜景以上に見る価値があるように思えた。
これ見よがしに当てられる胸に、瑞晴が若干の苛立ちを覚え始めた時、丁度電車がホームに到着する。
重たい荷物を瞑鬼の肩へ。後のは四人で分担し、電車に乗り込む。車掌さんのアナウンスの後に、電車が動きだす。
変化のない慣性の法則に揺られながら、瞑鬼は魔女の子たちを見る。何度見ても飽きない。まるで、片思い中の女子生徒を見ている時のようだ。
がたんと揺れて、電車が止まる。ホームには全然人がいなかった。また動きだす。数分経つとまた止まる。
そうして電力供給車が五駅ほど過ぎた後に、瞑鬼たちもホームに降り立っていた。ちょっとだけ懐かしい、いつもの見慣れた駅だ。
瑞晴曰く、千紗と千紗のお父さんが迎えにきているらしい。女の子だけなら大丈夫なのだろうが、こんな状況だと嫌が応にも瞑鬼は緊張してしまう。
何とか一応外見を取り繕って、いざ面接へ。改札を出てすぐのところに、二人はいた。
文化祭の時に一度だけ見た、ラフな私服姿の千紗と、いかにもな社長といったスーツの親父さん。
厳格そうな雰囲気と、オールバックの髪型がよく似合っている。
「……はじめまして。神前瞑鬼です」
「……あぁ。君が例の神前くんか。色々と、話は聞いているよ」
「……今日は突然すいません」
社会人定例の、お詫び型自己紹介をさっさと済ませようと試みる瞑鬼。陽一郎とはまた違った息苦しさを感じさせる親父さんなので、早急に終わらせるのが望ましい。
適当にソラたちの紹介も済ませ、一行は親父さんの後に続く。これから車で物件まで案内してくれるらしい。
道中、瑞晴だけが親父さんと親しそうにしゃべっていた。千紗はと言うと、初めて見る異国の少女たちに興味津々なようで、慣れない英語を使ってはやたらとコミューケーションをとっている。
道行く人がやたらとソラたちを振り返る。確かに、田舎にそぐわないような雰囲気を一団は醸し出している。そしてそれは、列の後ろから見ていた瞑鬼だけが知ることができた。
「……陽一郎さんに言っとくか」
ふと、まだ陽一郎に帰りが遅くなると連絡してなかったことを思い出す。あの過保護が具象化したような存在のことだ。遅くなると、ほぼ間違いなく瞑鬼の瞑鬼が飛ばされる。
最悪の事態を避けるために、携帯を取り出し自宅と書いてある番号をコール。何回かの発信音の後に、受話器がとられる。
『はいはい。桜青果店です』
自宅の方にかけたのに、どうやらこのお子様は公私の区別がつけれないようだ。たった3日だけなのに、朋花の声が随分と懐かしく聞こえてしまった。
相手が瞑鬼だとわかったら、恐らく朋花は素っ気ない態度に戻るだろう。そんな定例のやりとりに一種の安心感を覚え、瞑鬼は要件を告げる。
「今日遅くなるって伝えとけ。ばい瞑鬼」
『えっ?瞑鬼だけなら全然いいよ。ってかなんで電話なんてしてきたの?』
代わり映えのない朋花からの辛辣なメッージが、瞑鬼の日常オーラを満たしてゆく。ここ最近は異常事態続きだったので、瞑鬼としては嬉しい誤算だ。
文句の一つでも言って、どうでもいい口論をしたかった瞑鬼だが、残念なことにもう駐車場に入っていた。1分足らずで車に着く。
「瑞晴もだよ。8時は過ぎんから、陽一郎さんに言っといてくれ」
『えぇ〜。じゃあ陽一郎には瞑鬼が瑞晴を攫ったって……』
朋花の言葉を最後まで聞かずに、瞑鬼は電話を切る。通話が終わった後の、短い電子音が妙に虚しかった。
駐車場を練り歩いて、一行が着いたのは一台の車の前。銀色に輝くその車の車種は、恐らくワゴンというやつだろう。普通より大きめの、八人乗りのシートが見える。
親父さんが鍵を開け、間髪入れずに千紗がドアを開く。ソラたちはその車という存在に大きく驚いていた。
魔女界はかなりの田舎。それに、そもそもそんな技術も資材も持ってない彼女らの国では、車など存在しなかった。基本的に移動するのは村の周辺だけなので、それでも大した問題はないのだ。
初めて見る鉄の塊に、ソラたちの顔は動揺一色になる。どうしていいかアヴリルが迷っていると、そのことを察したのか千紗が助け舟に入った。
流れるような説明からの、車内から手を伸ばす仕草。完璧にイケメンのそれである。
次回!えっ!どきっ!ハチャメチャが押し寄せてくる!
乞うご期待!