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上書き勇者の異世界制覇  作者: 天地 創造
逃亡の魔女編
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さようならバイトの日々、こんにちはニートの日々

バイト終わりっ!あの高揚感と達成感は何なのだろう。


厨房から飲食スペースを見ると、そこには予想外に多くの人が。誰もが昨日と同じように、ソラたちを一目見ようと足を運んでいると言うわけだ。


文句を言う元気もなくし、瞑鬼はただひたすらヘラを返す。そんな作業を続けること実に六時間。太陽が若干沈みかけてきた頃に、瞑鬼たちのバイトは終了を迎えた。


「三日間お疲れぃ。いやぁ、助かったよ。ソラちゃんだっけ?せんきゅーね。せんきゅー」


額から汗が滲み出る顔で、吉野が手を差し出す。握手という文化は魔女にも通じるらしい。ソラも手を出し、吉野のゴツい手を握る。


吉野はそれから瞑鬼以外の四人と握手をし、給料を渡したいと言って全員を店の中に集めた。もう人の影がない。浜辺にも、通りの店にも。


沈む夕日が綺麗な半円を描く中、瞑鬼たちは労働の対価を手に入れる。実に古風な渡し方で、封筒に名前だけのシンプルな明細だ。


さすがは重労働なだけあって、思ったよりも割はいい。それに瞑鬼には三人を見つけたお礼として、ちょっとだけ上乗せされていた。


「お前ら、どうする?帰るか?それとももう一泊泊まってくか?」


やる気を出すためのバンダナをとって、吉野が聞く。その質問に、待っていたかのように答える瞑鬼。


「あー、いや、いいっす。僕らとしても泊まってきたいですけど、陽一郎さんが怖いんで」


ほんの一時間前、瞑鬼の携帯には陽一郎からの鬼メールが届いていた。内容は単純一文。帰ってきたらフォルダを見せろ。だった。


おおかた、瑞晴の写真がないかチェックでもするのだろう。しかし残念なことに、瞑鬼は撮った写真の全てをクラウドに保存済み。消しても意味はない。


二階の荷物を引き払い、五人は帰る準備をする。その頃にはもう空はすっかり日が沈み、微妙に残ったオレンジの光が海面を照らしていた。


今から帰るとなると、家に着くのは七時を少しすぎるくらい。晩御飯時としては最適だ。久しぶりに食べれるであろう朋花の手料理が、地味に瞑鬼の中で楽しみとなっている。


「忘れ物ない?」


「…………完璧」


「……そもそも、忘れる物がありませんわ」


店の前で、五人して下らないことを言い合う。ベタつくこの潮風も今日限りとなると、何かと思うところがあるのだろう。


海岸線を見渡すソラ。あの先にあるのは、魔女たちの故郷である中国大陸だ。少しだけ名残惜しそうな目をして、ソラは海から目を離す。


お疲れ様でした。最後にもう一度吉野に言って、五人は浜辺を後にする。向かうのは駅。帰ってからやることは満載である。


「……さって、これからどうするか……」


繁華街とは逆の、少し田舎な田んぼ道を五人で歩く。はたから見れば、瞑鬼は完全にハーレムの中にいる様に見えただろう。


すれ違う部活帰りの中学生が、何やらひそひそと瞑鬼の事を言っている。やれ羨ましいだの、やれ死ねだの。


瞑鬼も男であるが故に、そうする理由が理解でしてしまう。誰だってこんなに理想的な環境にある人間を見れば、文句の一つも垂れたくなるだろう。


やがて人は消え、駅に着く頃にはもう外は暗くなりかけていた。薄く残った五つの影が伸び、育った稲の上で重なり合う。


「……中学生雇ってくれる店、心当たりあるか?」


無人の改札をくぐり抜けた瞑鬼が訊ねる。観光地であるこの駅は、夜になるとめっきり人が来なくなる。みんな昼の間に、ホテルのチェックインを済ませたいらしい。


指示語はないが、瞑鬼の言葉は完全に瑞晴に向けられたものだ。当然、本人もそのことは理解している。自販機で買ったジュースを飲みながら、瞑鬼の隣の席に腰掛ける瑞晴。


「……探せばあると思うけど……。まずは日本語から学ばないと」


「…………だな」


いくら英語が世界共通語とは言え、まだまだ日本は閉じた国家。教育だって追いついていない。そのため、この国で働くには最低限の日本語力が必要となる。


瞑鬼はソラたちを呼び、日本語教室を開くことにした。初めて見る日本の駅に感動の彼女たちには申し訳ないが、先のためにも勉強は必要だ。


「ソラ、どんくらい日本語喋れる?」


「えっと……、えぇ……。昔村にいた子にちょっとだけ習ったので、少しなら」


「アヴリルとフィーラは?」


わたくしたちも、自己紹介と挨拶程度ならできますわ。」


瞑鬼が目をやると、フィーラも黙って頷く。


「……なら教えるのは少しでいいな。あとは……」


「そう言えば、三人とも魔法は使えるの?」


ふとそう思ったかの様に瑞晴が訊ねた。


魔法をバラすということは、元の世界で言うところの弱点を暴露する様なもの。下手に言ってしまえば、後から虚を突かれかねない。


そのためだろう。三人は互いに顔を見合わせ、口には出さずに会話をする。そうしてやっと出てきた答えはイエス。瞑鬼たちは、彼女たちにとって信用できる人物らしい。


「私は、手を握ると握った人と私の姿が消える魔法です。アヴリルのは、おでこ触ったら記憶の与奪ができて、フィーラのは両手塞いだら音を凪ぐってやつです」


「……アヴリルのぶっ壊れてんな」


「……ほうほう。あ、因みに私のは動物に好かれるって魔法です」


こうも臆面なく自分の秘密を言えるとなると、其れ相応の信頼が確保されてないと出来ないことだ。


基本的に魔法は隠すもの。バレるのは【改上】以外。そう考えていた瞑鬼からしたら、三人が出した結論はある種あっさりしたものにも思えただろう。


彼女たちの魔法を聞いた瑞晴が、何やら少し考え込む。いつもの推理体制になり、視線を一点に。半分剥げた白線を眺め、黙りこくって顎に手を当てる。


1分ほどの沈黙の後、突如瑞晴が顔を上げた。その顔にあるのは、何かを思い出した時の様なすっきりとした瞳だった。


「……そう言えばさ。千紗がこないだ別荘の管理人探してるって言ってた気が」


「……あぁ。不動産屋だったな。確か」


瞑鬼の中にある中島千紗のイメージを一言で表すなら、やんちゃなお嬢様となる。一年生の頃に家が不動産をやっていると言うことを耳に挟んでから、見るたびにこのことを思い出してしまうのだ。


教室で一人頬杖ついて外を見ていた瞑鬼。その隣で、夜一と瑞晴と千紗の三人で話していた記憶がある。


何でも、そこそこな規模の会社なのだとか。家を見たことはないが、向こうの瑞晴の話だとトイレが四つもあったらしい。


一瞬だけだが、今の世界と前の世界とが瞑鬼の中で重なってしまう。パラレルワールドなだけあって、尋常じゃないくらいに瞑鬼は惑わされる。


聞いてみるね。そう言って瑞晴は携帯を取り出し、千紗に電話をかけ始める。どうやらすぐに出たようで、さくさくと交渉は始まった。


電車が来るまであと10分ほど。それまでにケリがつかないと、ソラたちの今日の宿舎は漫喫になってしまう。ただでさえ少ない軍資金を、そんな事で無くすのは余りにも勿体無い話だ。


実際亡命とかした人って、まずこの壁にぶち当たると思うんですよ。行った先の言語がマイナーならなおのこと。

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