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上書き勇者の異世界制覇  作者: 天地 創造
逃亡の魔女編
124/252

最終日

バイト最終日が、今始まる。


これ以上詮索しても得るものがないと踏んだのか、瞑鬼はソラへの質問をやめる。そして今度は、黙って彼女たちがどうやって生きていくかを考える事にした。


ソラが喋れるのは英語と中国語。それも、英語に至っては日常会話に色をつけたくらいしか出来ない。同様に、アヴリルとフィーラも、それぞれフランス語が少しと齧った程度のヒンディー語のみ。


そもそもビザも無ければ身分証もない。魔法の世界とは言え、瞑鬼だって身分証がなければなにも出来なかっただろう。


かと言って、陽一郎に相談するのはもってのほかだ。最愛の嫁を魔女に殺されている以上、頭では彼女たちの境遇を理解しても心が反発する。


「…………さん」


ソラからの呼びかけがあるも、考えるのをやめない瞑鬼。


「……瞑鬼さん?」


ソラが肩を揺すって来る。非常に可愛いその動作に、思わず瞑鬼の心臓が高鳴ってしまう。相手は中学生。何度心に言い聞かせても、欲望は刺激される一方で。


真面目に考えているだけあって、ソラを払いのけるわけにもいかない。けれどもこのままこんな萌える状況が続けば、いつ理性が暴走するとも限らない。案外、男子高校生の忍耐力なんて低いのだ。


「……ソラ、お前らはどうしたい?国に帰るのは無しだろうけど、こっちでも結構辛いと思うぞ。人のことは言えんが、何もないわけだし」


「出来ることなら、ずっとこの国で暮らしたいです。魔王軍との戦いとか、魔女の儀式とか。そういうの全部取っ払って、瞑鬼さんたちと暮らしたいです」


「俺たちと?」


「……はい。結構憧れなんです。カイトっていう、こっちの出身の子に聞いたんですけど、瞑鬼さん、くれーぷって知ってます?」


さっきまで目を伏せていた筈なのに、瞑鬼の顔を見たソラの目は輝いていた。無邪気で、子供で、だからこそ穢れなんて微塵も感じさせない。


そんな無垢な瞳に当てられては、濁った瞑鬼も素っ気なくなんて出来なくなってしまう。


「……あるぞ。美味いぞ」


「ホントですか?想吃たべたいなぁ……」


「バイト明日の夕方までだから、夜に連れてってやるよ。電車賃くらいは稼げるだろ」


会話は脱線し、元々は重要な情報のやりとりだったこの会議も、すっかりライトなものへと移植していった。つい十分前までのシリアスな空気が、まるで嘘のようである。


時計を見る。もうそろそろ今日の日付が変わる頃だ。ソラたちと出会って、実に二十四時間を超えた。


瑞晴の時と同じで、この世界に住む人々はすごく綺麗に映る。瞑鬼のいた世界の、腐って濁って凝り固まった連中とは大違いだ。


そして瞑鬼は思い出す。この異世界は、魔法があるだけで他のものはほぼ同じなのだと。つまりは、元の世界にもソラたちのような存在がいたという事になる。


考えられるのは、虐待か新興宗教か。いずれにせよ、瞑鬼の求める日常系な世界にはそんなものは不要。


目の前で寝るそうに目をこする少女。こんなふうに、いやらしくも下心もなく、くだらない会話を楽しみたい。それだけが瞑鬼の願い。


だから言う。それが例え気休めであったとしても。現実から逃げているだけだとしても。瞑鬼はもう、人の泣き顔なんてまっぴらだ。


「……安心しろ。ちょうど妹成分が足りないと思ってたところだからな」


そういった瞑鬼の顔は、薄明るい電球の下でしっかりと覚悟を決めていた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



七月も終わりの一週間。小学生も夏休みに突入したとある土曜日に、その店は賑わっていた。


県内でもそこそこ有名な海岸線。その浜辺に海の家なんてのを出す許可を貰った店だけあって、食べ物は美味いとネットでも評判だ。


通りにある十何軒の飲食店のうち、店員が休む暇なく働いているのはおそらくここだけだろう。空から照り返す陽の光を浴びて、半ば脱水なのではないかと思える客が行き交う。


その店の名は『吉野家よしののいえ』。今夏は店長である吉野だけではなく、バイトも参戦しての戦いとなっている。


ただでさえ評判高いその店に、今だけはさらなる宣伝効果のある人たちがいた。


「神前くん!ソバと鳥!4つずつ!」


「了解っ!」


「瞑鬼、フランク」


「っけい!」


「瞑鬼さんっ!いちごおり三つ!」


「店長パスっ!」


「瞑鬼さんっ!スマイル三つお願いしますわ!」


「おうっ……!おう?」


例年よりもはるかにお客が多いのは、ここにいる四人が原因だ。ただでさえ人目をひくルックスが三人。瑞晴だって、決して悪いと言うわけではない。


昼下がりの海の家は、海水浴客と温泉街の観光客とでごった返している。夏休み初動だけあって、子供づれが目についた。


厨房で鉄板に向かい、せっかせっかと調理する瞑鬼。隣では吉野がドリンクとそのほかのメニュー作りに勤しんでる。


「…………くっそ。あいつら人気すぎるだろ……」


焼きそばのソースから香る香ばしい匂いに身を包まれ、瞑鬼の口から愚痴が溢れる。昨日今日と連続でこの賑わい。調理が二人で回せる範囲を超えている。


更には今の瞑鬼からは、元気のげの字も感じられなかった。眠そうな目を蒸気で無理やりこじ開けて、なんとか体を支えている状況だ。


昨日瞑鬼がカッコつけた科白を言った直後、ソラは瞑鬼のベッドで眠ってしまっていた。動かすわけにもいかず、かと言って寝ている瑞晴たちの部屋に入れるはずもなく。


瞑鬼がとったのは、店の椅子で寝ると言う選択肢。タオルを敷いて、その上に転がる。長椅子があったのが幸いだと言えるだろう。


シャワーを浴びてすぐ床に着き、それから今に至る。当然疲労は溜まっている。


バイト最終日が、今始まった。

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