公開と後悔
普通に女の子との会話シーンはかけるのに、いざ現実でとなるとなぜだかまったく会話が続かない。
悲しい作家。
残った理由は、二人とも別々だ。ソラは瞑鬼の魔法を聞きたいから。瞑鬼はソラのあのモードの事を聞きたいから。
互いに持っている秘密と知りたい秘密は一つづつ。ならば、ここは早急に交換した方が吉だろう。それに、瞑鬼はこのあとシャワーも浴びなければならない。
「…………じゃあ、俺から言うよ」
「……お願いします」
ソラが息を呑む音が伝わってきた。ここから先は、完全な非秘密的な会話しかできない。
殺した者と、殺された者。両者ともに、相手に迫れる準備はできている。
頭の中で言う事を整理して、瞑鬼がその重い口を開く。
「俺の魔法……、まぁ、多分魔法だな。それは、死んだら一つ能力が増えた状態で生き返るってやつだ。その度に魔力も増える。今は4回目だな」
「……人間界って、そんな魔法が……?」
「…………いや、これは多分俺だけ。んで、類似するのもないと思う。この魔法については警戒する必要はないぞ」
その事を聞いて、ほっとした顔をするソラ。こんなのが街中を歩いていると知ったら、おちおちと外を出歩けなくなるのも納得だ。
ただでさえ人間界での魔女の立ち位置は酷い。彼女たちが幼い子供だと言え、魔女と知れれば狩られるだろう。そのくらいに、人間たちは魔女を恐れている。
同様に、魔女たちも人間を恐れている可能性がある。片や魔法が強く、片や数が多い。食物連鎖で考えれば、魔女の方が上なのは明らか。であるにせよ、魔女が中国の内にポツポツとしか暮らしてないのは、つまりそう言う事なのだろう。
「魔女のこと、どれくらいわかってるんですか?」
探りを入れるような表情で、ソラが訊ねる。さっきまでの緩い空気とは一転して、本気の顔だ。
「普通の人が知ってんのは、魔女が個体数少ないってのとどこに住んでるかだけ。儀式のことも、村の内情も知らん」
「……村はだいたい一つ百人以下で、それが中国大陸の色んなところで散開しています。全部で多分一億人くらい。村を仕切るのは、賢婆と呼ばれる高齢の魔女です。その下に、自警団がいます。これは魔王軍との戦闘用ですね」
「……人間界に来るのはどんな奴らだ?」
「……そうですね……。私が見た中だと、村の中でも比較的強い人が多いです。自警団の中でも一、二番目くらいの人が、二十歳過ぎたら出ていくって感じですかね」
「……強い方、ね」
瞑鬼は明美のことを思い出していた。出来るならば記憶の底から消去したい人間だが、その内復讐する対象なので今はまだ残しておくと決めたのだ。
あの時の戦いを思い出し、映像を鮮明に。リアルな血の匂いや、切られた時の痛みまでを思い返す瞑鬼。
「……そう言えば、魔獣はどうなんだ?魔女のペットだって聞いたんだが」
「……魔獣ですか?私たちの村は無かったですね……。村によって持ってるものとか、道具とか結構違うのかも」
うーん、と言って、頭を悩ませるソラ。どうやら本当に魔獣については聞いたことがないらしい。
となると、考えられるのは本に書いてあったのがデマであること。しかし、それでは明美が実際に使役していたあのライオンはどうなるのか。
どんなに思い出補正をかけても、あの魔獣は魔獣以外の何者でもない。異常な大きさと色、それと好んで人間を食べるライオンなど誕生以来見たことがない。
謎は尽きないが、誰も知らないならもうそれ以上の追求は無意味だろう。そう瞑鬼も思ったのか、口を噤んでソラの次の言葉を待つ。
隣の部屋では、おそらく三人が変な噂を波たてている頃だ。2日目の夜からこんな二人きりなんて状況を作っていては、そうなるのも無理はない。
しかし、瞑鬼もソラも、この話を他の人に聞かれたくなかった。瑞晴が真実を知れば、確実に首を突っ込んでしまう。それに、こんな異常事態に耐えられるほど、瑞晴が強いとはやはり瞑鬼には思えなかった。
アヴリルたちについても同様。ソラが絶対に二人には普通の生活を送らせると言うので、二人きりでワンルームという結果になってしまった。
「……じゃあ、その、ソラのさっきのアレは?アレも魔女由来か?」
ずっと何よりも気になっていた質問を、ようやく切り出した瞑鬼。覚悟はしていただろうに、ソラの顔が一瞬暗くなった。
瞑鬼にとって、あの状態を全魔女が使えるのか使えないのかは重要事項だ。もし仮に使えるなんて事になったら、明美殺すのが相当厳しくなってしまう。
今後の対策について脳を回転させながら、空からの返事を待つ。何秒か経った後、ソラが重たい口を開く。
「……アレは……、カラは私だけの特別な能力です」
「……特別な?」
「はい。わたしが過度に危機感を覚えると、勝手に出て来るんです。それで……」
自分が知る限りのカラのことを話すソラ。二重人格と見て間違いないだろうが、問題なのはその魔法の特異性だ。
ソラ曰く、彼女の魔法は姿を消すというもの。なんでも、両手をつなぐと完全に見えなくなるらしい。けれども、瞑鬼が見たカラの魔法はそんな可愛らしいものではない。
あの状態になっていたカラの周りを飛び交っていたもの。不可視の刃と言えば聞こえはいいが、あれは完全な風を制御する魔法だった。
「ってことは、ソラは魔法二つ持ちか」
「……そうなりますね。でも、私が使えるのは一つだけで、多分カラが使えるのも瞑鬼さんの言ってたやつだけだと思います」
カラの話をする時のソラの目は、どこか遠いところでも見ているかのようにぼんやりとしていた。
瞑鬼の中に別の瞑鬼がいたことはない。つまりは、瞑鬼はどれだけ頑張っても、ソラの持つ悩みや苦しみをわかってやれないのだ。
己の不甲斐なさを実感しつつ、瞑鬼は残り少なくなった麦茶を注ぐ。カラになっていたグラスが、一つだけ並々とお茶で満たされる。
会話は途切れ、部屋は再び沈黙に。質問攻めすると悪いというのがお互いわかってるだけあって、何故だか話題を切り出せないでいた。せっかく二人きりの空間を作ったというのに、これではまるで意味がない。
「……なぁ、そのカラってさ、今変われる?」
「……今ですか?……無理だと思います。私が本当に危なくならないと、出てきてくれないんです。それに……、私はあんまり出てきてほしくないし……」
「……だよな。ごめん」
ソラが話したカラの特徴。それは、大の男嫌いだそうだ。それはもう本当に憎んでいて、たとえその人が善良な一般人でも、引き裂かずにはいられないらしい。
男のいない魔女界だが、どうやら以前に人間界の男の子が一度だけカラに殺されたことがあるらしい。当然その間のソラの記憶は無し。
新しく情報を知れたのはいいが、それは瞑鬼にとってあまりにも重たすぎるものだった。
日常を綴るブログ的な異世界譚もありかもしれない。