ソルシエール・リチュエル
今明かされようとしている、魔女の儀式。それは一体なんなのか。
発見!
なんて予告がやってみたかったです。
そこからアヴリルが話したのは、瞑鬼が見た絵本とほぼ同じ内容だった。
魔女が15になり魔法回路を開くと、大人たちがどこかからか子供を持って来る。それは男女問わずで、年齢にもバラツキがある。魔女の村は小さいらしいので、一目で外からの子だとわかるらしい。
そして魔女の子たちは、連れてこられた子供と何日間か生活を共にする。その理由は、魔法回路の活性にある。魔女が普段行なっている食事は、魔法回路を緩くするのだ。
一週間ほど、その生活は続くらしい。同じ村にいる同じ歳の子供は、だいたい二、三人程度。そもそもが百人規模の小村なので、遊び相手はごくごく僅か。だから、その慣らしの期間だけは、丁度いい遊び相手ができるとのこと。
儀式が行われる日になると、朝から人間の子供たちは大人の魔女に連れていかれる。向かった先で何があるかは、当然だが大人たちしか知らぬこと。まだソラたちは知れる立場ではないようだ。
そして、クライマックスの夜。豪華な食事と初めての酒。大人たちによる踊りや催し物も、その日だけはたくさん出るらしい。人間界で言うところの、お祭り騒ぎというやつである。
そこまでの話を聞いて、瑞晴の顔には不安が広がっていた。丁度、ホラー映画で井戸の中を覗くような。アクション映画で、イケメンが帰ったら結婚すると言った時のような。言い知れぬ不安感が、瑞晴の小さな体に渦巻いている。
展開が読めているのか、それともまだ分かりきってないのか。瞑鬼が心配しているのは、今の瑞晴の心境だ。これだけのものを受け止める覚悟が、瑞晴にあるのだろうか。
ごくり、と瑞晴が息を呑む。そのまま話を続けるアヴリル。
祭りはだいたい二時間そこいらで終わる。一番最後の、言わばシメ。その品として出されるのが、攫われてきた人間の子供たちである。
薬で眠らされて、一糸纏わぬ姿で運ばれてきたらしい。そして大人たちは言う。魔法回路を取り出せ、と。
ここを刺して取り出すんじゃよ。村で一番偉い、賢婆と呼ばれる魔女がいう。お姉ちゃんもやったのよ。すごく綺麗な切り口だったわ。ソラのお母さんが宥めるように促す。
そして、普通の魔女は躊躇いもなく取り出すらしい。昔からそれが常識で、それが魔女の当たり前なのだから。例えそれが何日と一緒に過ごした人であっても、やはり魔女と人間は違う。
そもそも生物学的に違う存在なのだ。相入れる筈がない。普通の魔女ならば、そう言うだろう。そう、普通の魔女ならば。
しかし、彼女たちは違った。彼女たちは、魔女の世界に居ながらにして、魔女の習俗に疑問を抱いていたのだ。子供を攫ってくることも、その子供から魔法回路を取り出すことも、彼女たちにとっては異常に映る。
その他の魔女が育ちの中で当たり前だと感じてする事を、彼女たちは拒んだ。瞑鬼と同じで、当たり前のことを当たり前だと思えない人種なのだ。
「……それで、逃げてきたのか」
ソラたちの行動の理由を知った瞑鬼が、もう一度だけ確認を取る。ひょっとしたら、これらは全て嘘で、ただ単に目の前の魔女の子は子供をさらいに来ただけかもしれない。
裸で倒れていたのも、これまでの心開いたような笑顔も、全ては魔法回路のため。頭では違うと思いたいが、瞑鬼の中にはそんな人を疑う心がある。
じっとソラの目を見る瞑鬼。自分と同じ、濁った目をした人物は、何秒か逸らさずに見ればわかる。まだ瞑鬼の疑いの眼差しは晴れていなかった。
何箔か置いて、ソラが答える。
「できませんよ……、そんなの」
その目に宿っていたのは、確かな怒りと悲しみ。しかし、マイナスな人間が持つそれとは違って、ソラの目は至って綺麗だった。
嘘をついてないのは、一瞬でも目を見れば明らかだ。
「…………ほんと?」
ずっと下を向いて黙っていた瑞晴が、ようやく口を開く。重々しい言葉の呪いが、瞑鬼の胸を締め付けた。
瑞晴はソラの顔を見れていない。ただ一人床を見つめて、じっと大人しく座っている。
瞑鬼としては、こうなるもの納得だった。いきなりこんな事を聞かされては、誰だって黙りこくってしまうだろう。実際、瞑鬼だって初見の時は相当に焦った。
まだ人間側の誰もが知らない、魔女の儀式の秘密。それを知ってしまった瑞晴が何を思うのかは、想像に難くない。
「……本当ですわ。わたくしたち、みんなその風習をおかしいと思って故郷を捨てて来ましたの。これだけは、紛れもなく本気です」
にこにこと穏やかな顔が印象的だったアヴリルが、今は本気の顔というやつになっている。
引き締まって凛とした表情は、見るもの全てを恋に落としそうだ。
「フィーラちゃんも?」
「……うん。約束する。私魔女嫌い。でも、瑞晴は好き」
「私もです」
「わたくしは、ちゃんと瞑鬼さんも好きですわ」
「あっ、ずるいよアヴリル」
「早い者勝ちですわ」
「……っ!なら私が先に!」
割とシリアスな話をしていた筈なのに、いつの間にか部屋にはいつもどおりの日常空気が漂っていた。
くだらないことを言い合うソラとアヴリル。それを端から見守るフィーラが、マイペースにお茶をすすっている。
今日の昼間のような、下らなくて緩やかな、さながら日常系のような雰囲気になってしまう。それは瞑鬼とて例外でない。そして、もちろん瑞晴もこの空気には抗えない。
「……まぁ、信じるって言ったのは私たちだしね」
頭を上げた瑞晴の顔には、覚悟の色が灯っていた。誰がなんと言おうとも、もう瑞晴は変えられない。
父親譲りの頑固さと、人を信じる心が現れている。瞑鬼とは正反対だ。
どうやらこの場で、交渉をして情報を聞き出そうと思っていたのは瞑鬼だけだったらしい。ソラもフィーラもアヴリルも、おまけに瑞晴だって、初めから対価など無しに腹の中を見せ合う予定だったようだ。
相も変わらず、この世界は厳しくて優しい。
「あ、そう言えばさ、なんで神前くんが死んで運ばれてきたの?私めっちゃ焦ったんだよ?」
緩んだ空気のところに、瑞晴が一つ爆弾を落とす。当然の疑問だが、タイミングは最悪だ。
ここでソラがやった、なんて言ったら、せっかく回復した信頼が失われてしまう可能性がある。
瞑鬼が望む日常には、重たい展開などいらない。仲間は一生仲間でいい。シリアスなんてまっぴらだ。
「あぁ、アレな。ちょっと前のヤンキーいたろ?あいつらに絡まれてな。まぁ、ソラたち守れたし、俺としてはもういいって」
「……良くないよ。大切にしてよ。お願いだから」
「……悪い。今度からは、なるべく死なんようにするから」
「……絶対だよ?約束だからね」
そう言って、瑞晴が小指を求めてきた。恥ずかしさはあるものの、心配されるのは悪い気ではない。
そうでもしなければ、瞑鬼は死に対して否定的でなくなってしまう。自分が死んで解決するなら、迷わず死ぬことを選ぶ人間になってしまうだろう。そのことを、瑞晴は危惧しているのだ。
「……なるべく、な」
差し出された小指を、瞑鬼の小指で搦めとる。固く契られたその約束は、きっといつまでも消えてくれないだろう。
いつの間にか時は過ぎ、もう時計の針は11時を指していた。ここにいるメンツは、まだ全員明日も肉体労働が待っている。そろそろ寝なければ、店長からの眠れコールが来るかもしれない。
体に蝕む筋肉痛と疲労感が災いし、中学生組の体に睡魔を運んでくる。初めをあくびをしたのはアヴリルだ。
それとほぼ同時に、瞑鬼のベッドの上で倒れるように眠るフィーラ。起こすに起こせないような寝顔をされるのだから、瞑鬼としてはかなり理性が飛びそうだったことだろう。
女の子が部屋に何人もいる。そんな恋愛ゲームのような夢の時間も終わりを迎えてしまった。眠い目こすりながら、瑞晴が部屋を去って行く。
必然的にアヴリルとフィーラもそれに同行した。魔女っ子たちの部屋は全部瑞晴と合同。それは瞑鬼が眠っている間に決まったことだった。
部屋に残されたのは、笑顔の余韻が残るソラと、渋い顔をした瞑鬼だけ。それにそのソラの笑顔の余韻も、意外とすぐに消えてしまう。
再び静寂が二人を支配する。時折聞こえる波の音だけが、無音の耳を刺激する。
ソルシエール=魔女
リチュエル=儀式
ちょっと齧ったフランス語。