高尚な交渉
余談ですが、ソラたちとの会話は全て英語です。でもみんな片言です。セカンドランゲージなんで、そこそこ理解できます。
こんな高校生いねえよって思っても、そこはまぁ、ご都合ってやつで。
アヴリルもフィーラも、よほど驚いたのかそれとも嬉しいのか。あの高貴な雰囲気を捨ててまで、瞑鬼にダイビングハグをかましている。
思春期の男子だけが嗅ぎわけることのできる、女の子特有の薫り。それが三人分ともなれば、流石の瞑鬼だってリビドーが刺激される。
体のあちこちから昇ってくる幸せオーラを逃さないように、瞑鬼は何も言わなかった。ただ黙って、今はされるがままでいいとの判断だ。
「…………神前くん……」
半ば呆れ顔で瑞晴が言った。気持ちも痛いほどわかる。突然死体が運ばれてきて、ちょっと目を離したら生き返って女子中学生とベッドの上でホールドオン。溜息をつくのも当然と言える。
だが、瑞晴が変なのはそれだけでない。何だかむずむずと、何かをやりたそうな顔をしている。自分の中で誰かとの葛藤でもしているのだろうか。
その瑞晴の踏み込みきれない事とは何なのか。それに思い当たる節がないほど、瞑鬼は鈍感でも頭が回らないでもない。
そっと両手を広げ、受け止める姿勢をとる瞑鬼。ベッドの上ならば、少しくらい勢いが強くても問題ない。頭を打つのは瞑鬼だけだから。
「…………り、理性には自信があるので」
「……遠慮すんなよ」
「…………してないよ。うん……」
どうやら瑞晴の本能はあまり暴れん坊では無いらしい。しっかりと行動を抑制できるのは嬉しいことだが、ハグできなかったのが若干残念でもあった。
ソラたちが落ち着きを取り戻したのは、それから大体十分後。瞑鬼の頭が女の子で噴火しそうになった極地で、瑞晴からの強制引き剝がしが行われたのである。
八畳一間の部屋に五人でこもり、持ってきた麦茶をすする。クーラーから出る冷気の塊が、だんだんと頭に冷静さを取り戻させていく。
時刻は10時少し前。店長はもう帰ってきているらしい。何でも、帰宅直後に瞑鬼が担ぎ込まれてきたのだとか。
どうやら海岸を通った誰かが、ヤンキーが倒れているのを見て救急車を呼んだらしい。そして焦ったソラたちが、瞑鬼だけを店に運んだという事だ。
そこからはいつもの瑞晴の対応が開始。取り敢えずは店長に見つからないように二階に運び、瞑鬼の部屋へ。寝ていると言って何とか誤魔化したらしい。
目覚めた時には、もう三人は店長に紹介済みとのこと。最高じゃない。が最初の発言だった。
現在、部屋の中はひたすらに沈黙だった。さっきまではしゃいでいたソラもアヴリルもフィーラも、事態の深刻さを思い出したらしい。
これから行われようとしている会議。まだ誰も内容については口にしていないが、それでもみんな分かっていた。
あまりの緊張感に耐えられなくなったのか、最初に口を開いたのは瞑鬼だった。
「…………ここからは、秘密は無しだ」
ストレートで、かつシンプル。ここまで分かりきっていることなら、わざわざボヤかす方が無駄と言える。
相手の持ち札は、瞑鬼の【改上】について。魔法名こそこれにしたが、本質はまだ瑞晴と陽一郎、それと夜一と千紗の四人しか知り得ない情報だ。
公表されるのを避けている瞑鬼にとっては、いい商談の材料になる。
対して瞑鬼たちが持っているのは、恐らくだが彼女たちが魔女だと言うこと。これも中々に強力な武器と言える。
ここから先は、いかに自分に有利な状況を作り出せるかが鍵となる。ソラたちにとっては、いかにして移住権を得るか。瞑鬼たちはどうやっめ魔女の情報を知るか。
これまでの話し方から察するに、ソラたちは交渉技術に長けているかもしれない。そうでなくとも、魔女である以上それなりに頭が切れると言うイメージが、どうしても瞑鬼の根底にこべりついて離れない。
勿論のこと、すべての会話は英語で行われる。正直自分たちの語彙でどこまで話せるかは分からないが、今は言葉よりも心だ。瑞晴の成績に望みをかけて、瞑鬼は勝負に出る。
「…………それで」
「私達は魔女特区の生まれです」
開口一番、先制を取ろうとした瞑鬼たちだが、アヴリルの予想以上の反応に口を噤んでしまう。
しかし、まだ始まったばかり。ここでペースに乗せられては、アヴリルの思う壺だ。
「……わざわざ人間界に来た目的は?」
「…………その、逃げて来たんです」
「……逃げて?」
予想の斜め上なソラの回答に、瑞晴の口から疑問が溢れる。
瞑鬼が知っている魔女の情報。恐らく合っているであろう事を確信して言えるのは二つだけ。
曰く、魔女は魔法回路を食べると言う事。そして、魔女が人間界に来る目的。
明美の部屋で盗み見た本のことを思い出し、瞑鬼の全身に電撃が走る。アレにはそう、書いてあった。
大人になった魔女が、人間界に来て子供達のために小学生くらいの人間をさらう、と。その大人という年齢がどのくらいから分からない。
本人たちの申告通りならば、彼女たちの年齢は十五歳。まだ魔法回路を開いて間もないか、少し経った程度だろう。
少ない情報を頭の中で整理しながら、瞑鬼はソラの瞳を見つめる。少しだけ赤くなった。
「…………はい。その、国にいるのが嫌になったって言うか……、他のみんなと合わなかったんです」
「…………それは、魔女界のしきたりとかでか?」
魔法回路を食べるのと、子供を連れさらって来る。それらは瞑鬼が持つ、ある意味切り札だ。まだここで使うわけにはいかない。
それに、ソラたちはまだ何かを持っている気がしたのだ。瞑鬼たちが知り得ることのない、魔女の秘密を。
「…………うん」
「なんと言うか、魔女の考え方に合わなかったのです。みなさんはご存知ですか?……その、魔女の儀式」
フィーラに続き、次に答えたのはアヴリルだ。どこかバツが悪そうで、煮え切らない返答。
儀式という言葉を言った直後に、アヴリルがしまったという顔をした。彼女たちは知らない。人間側がまだその情報を持ってないということを知らないのだ。
だから、瑞晴もぽかんとした顔になっている。儀式といえば、この世界の人が真っ先に思いつくのが魔法回路初解放の時のそれ。けれども、それを言った所で瑞晴には理解ができない。
なぜなら、人間がするのは魔法回路の解放だけなのだから。回路を食べるのは、恐らく魔女だけができる芸当である。
まだまだ聞きたいことがあった瞑鬼だが、あっちから振ってくれた話題なら乗らない手はない。
「儀式?」
「文化的なやつとか?魔女の宗教とか?そこらへんも気になるかな」
ほぼ同時に、瞑鬼と瑞晴が質問をかぶせた。
「まぁ、言ってしまえば両方ですわね……。その、お二人は、というか、人間界では知られてませんの?」
「魔女が魔法回路を開くってのは知ってるけど、それ以外はまだ何も、かな。うん。こっちには情報が少なくてねー」
笑いながら瑞晴がぶっちゃけた。交渉の場で、自分の手札をバラすなど基本無視もいいところだ。
けれど、瑞晴はそんな事を気にした様子はない。ただ純粋に、瞑鬼のような汚れた考えなど無しに、本当に好奇心で質問している。
「……そうですの……」
道の洞窟を見つけた探検家のような目をした瑞晴から顔を背け、アヴリルが隣に座る空を見る。
少しだけの間、二人の目が合う。そして、そっとソラが頷いた。同様のことを、フィーラとも行なうアヴリル。どうやら言っていいかの確認を取っていたらしい。
「……では、教えます。魔女の儀式を」
少々遅れてしまいすいません。更新頻度はなるべく落としたくないですから、多分気づいたら更新します。