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上書き勇者の異世界制覇  作者: 天地 創造
逃亡の魔女編
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夕焼け下の日本海

休日の気分転換。


時計を確認すると、いつの間にやら三十分もの時間が過ぎていた。もう店自体は閉めるが、今からは片付けと仕込みをしなければならない。


「そろそろ片付けるか」


「ですね」


大声を出して呼ぶのも面倒なので、瞑鬼は魔法回路を開く。


何回もやったように、右手に拳を握り、マイクを持つ形に。そしてそれを口元に近づける。発信相手は瑞晴だ。


「……そろそろ切り上げてくれ。片付けする」


瞑鬼が喋った瞬間に、遠くにいる瑞晴の肩がびくっと上がる。いきなり耳元から声が聞こえたら、そうなるのも無理はない。


どうやら作戦は成功したようで、司令官が二人の隊員を回収し、こちらに向かってきてくれた。


まだ店長が帰って来る気配はない。帰ってきたら、店を放っぽり出してどこへ行ったのか、と問い詰めてやりたいところだ。


「……今のって、瞑鬼さんの魔法ですか?」


空と海との境界線を眺めていると、ふと下から声が一つ。瞑鬼の耳をやらしく震わせた。


「……おう。しょぼいが、便利だぞ」


「……魔法『だけ』は、便利なんですね」


「……あぁ?」


不穏な空気が現場にはしる。一瞬にして、ここは戦場と化していた。


しかし、そんな眼だけの冷戦も、みんなが戻ってきたらあっさりと停戦となる。こんな下らない争いも、瞑鬼の理想の在り方だ。


水着の瑞晴を見ると、思わず瞑鬼は胸が高鳴ってしまう。アヴリルやフィーラでも同様。


そんな瞑鬼の不純な気配を察知したのか、ソラはやけに不満げな顔だ。


「……えっと、じゃあ私が洗い物しとくから、神前くんたちはボードの洗浄お願いできる?」


「……了解」


この店がやっている商売は主に二つ。食い物屋と遊芸品のレンタルだ。思い立って来る人も多いので、実は案外レンタルの方が盛況だったりする。


そして当然だが、レンタル品は見た目が命。したがって、毎日塩を流し落とさなければならない。これがなかなか重労働だった。


ボードとパラソル、シートなんかを持って、瞑鬼たちは洗い場へ。タダで水が使えるから、いつもは店のホースを使わないのだ。


砂と塩でベタつくポールやボードは、持っていて中々に嫌悪感がある。そのため、四人の足取りは自然と早くなっていく。


店から洗い場までは、歩いて大体二分くらい。そんなに遠い距離ではない。


運んできた荷物を置き、一つ一つ砂を流してゆく瞑鬼。何事においても、後片付けが一番辛いのだ。


幸いなことに周りには誰もいなく、この分ならすぐに終われそうだ。十五分もすれば、ピカピカでサラサラなレンタル品を拝むことができるだろう。


仕事するのも、それが辛いもの苦ではない。瞑鬼にとって最も避けたいのは、日常を壊されること。


そして残念なことに、瞑鬼にとって日常とは一時いっときの幻想に過ぎない。それが世界のルールだった。


「あっれ〜〜?昨日のイカれ野郎じゃん」


「はぁ?なんでてめえがこんな可愛い子連れてるんだよ?あぁん?」


「今日こそはぶっ殺してやるからな」


トイレから出てきた三人。それは、紛れもなく瞑鬼が昨日相手した連中だった。


相も変わらず、お馬鹿丸出しのカラフルヘアーに、千切ってくれと言わんばかりのでかいピアス。


大学生だから、俺は優秀だから。そんな頭の悪い考えが、全身から湧き出ている。


出てきた三人は口々に臭い息を吐き、なぜだか瞑鬼に近づく。何度もなんども、本当にもう飽きるくらい、瞑鬼は絡まれやすいのだ。


完全に怒り心頭な三人の顔を見て、ソラが少し怯えた顔になる。しかし、言葉を返すことなく洗い続ける瞑鬼。その態度がよほど気に入らなかったのか、例の金髪ピアスが瞑鬼の髪を鷲掴む。


「……何ですか?」


いかにも慣れたと言った口調で、瞑鬼はそう返す。相手の目も見ずに。しかし、金髪ピアスは手を放さない。


ヤンキー特有の、無言の圧力なんてのをかけてるつもりなのだろう。側から見たら、自分は阿保ですと世間に知らしめているだけなのに、それに気づくそぶりがない。


ずっと無視し続ける瞑鬼の生意気な表情に腹を立てたのか、他の一人が思い切り顔を殴る。首が固定されていた瞑鬼には、当然避ける術はない。


「……ってぇな」


「殺してやるよ」


金髪ピアスが髪から手を離す。解放された頭を振って、ゆったりと立ち上がる瞑鬼。着付けの一発には丁度いいダメージだったようだ。


鋭い眼光が金髪ピアスを射抜く一瞬前。その時には、既に相手の拳は動き始めていた。


瞑鬼の顔に、熱い衝撃が伝わった。油断などしていなかったのに、完全に反射速度の上を突かれたのだ。


金髪ピアスの拳が魔法回路全開で瞑鬼の顔面を捉えた。増強された筋力は、恐らくはセミプロのボクサーほど。魔力でのガードがないなら、一撃でノックダウンは免れない。


だが、殴られる瞬間、瞑鬼も魔法回路を開いていた。全開の魔力をもって、クリティカルをなんとかクリーンにまで落とす。


「……ろす」


瞑鬼の魔法回路が、かつてないほど限界まで拡げられる。脳内麻薬が過剰分泌され、漆黒の粒子があたりに散らされた。


足元がおぼつかない。少しだけ脳を揺らされたようだ。鼻は熱を帯びていて、気がつくと何かが垂れてきていた。


「おぉいぃ〜?殺すんじゃないの?」


金髪ピアスの放った蹴りが、丁度瞑鬼の腹を捉える。そのままふらふらとした足取りで、背中から立て掛けられたボードに突っ込む瞑鬼。


「瞑鬼さんっ!」


少し離れたところで、ソラの声が聞こえた。相当焦っているようで、その声は若干裏返っている。


あたりに人の影はない。先ほど確認した時には、既に浜辺からも人っ子一人居なくなっていた。


助けは見込めない。さらには、瞑鬼には守らなければならない存在もいる。こんな所で倒れている訳にはいかなかった。今すぐ立ち上がって、目の前の相手にストレートの一発でもくれてやらなければ。


直感がそう告げ、瞑鬼は立ち上がる。それと同時に大地を蹴り、一歩で間合いを詰める。


しかし、できたのはそこまでだ。一対一ならまだしも、相手は三人。それも、喧嘩慣れしているらしい。


瞑鬼の繰り出した拳が、金髪ピアスの目の前で何かにぶつかる。それは、硬くもないし厚さもない。例えるなら、空気の壁だった。


みなさんはヤンキーに絡まれたことがありますか?おるぁ!とか、ぐりゃぁ!とか。なんか最早動物園って感じです。

でも、安全圏から眺めてると楽しい。

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