発覚、彼女たちの名前
二日ぶりですね。意外と早い。
名前も知らずに格好良く去るなんて、そんなのはおとぎ話の中だけだ。現実問題として、名前くらいは知る権利はあるだろう。
そして時は流れ、少女たちが食後のデザートも食べ終えると、ようやく自己紹介タイムが訪れる。
まず最初に名乗ったのは、すでに名前が割れていたソラだ。本名はソラ・ミストリーチェというらしい。完全に漢字名だと思っていた瞑鬼からしたら、中々に予想外な情報だった。
二人目の金髪青目の少女。おそらくこの中で一番美しいであろう一人は、アヴリル・リストラストというらしい。なぜだかやけに言葉遣いが丁寧だし、体からは気品なんて漂っている。
一番最初に見たせいか、瞑鬼の脳裏には未だにこの少女の一糸まとわぬ姿が焼きついていた。消したくもないし、第一消せないくらいには強烈な記憶だ。
三人目の、褐色がかった女の子。その子の名前はフィーネ・フィーラというらしい。口数も少なく、体も小さい。が、それはそれで需要はある。
瞑鬼のタイプではないが、きっと世の中、特にネット世界では大人気間違いなしだろう。そう言えるくらいに、三人とも人に好かれる顔つきをしている。
三人が名乗り終えたので、今度は瞑鬼たちが名乗る番。最後になると面倒だと踏んだのか、さっさと自分だけ済ませる瑞晴。
最後に残された瞑鬼には、三人分の注目が一気に集められる。こちらは二つなのに対し、相手の目は6つ。クラスで注目などされたことがない瞑鬼としては、この目の数は多すぎた。
影寄りのキャラ特有の早口と、目を合わせない技術を併合し、そそくさと自分の紹介を終える。
「……三人とも、魔女特区から来たんだよね?」
いくら歓楽街とは言え、田舎なのでどの店も十二時を過ぎればシャッターは降ろされる。娯楽店ならまだしも、飲食店ともなると、十時を過ぎればガラガラなんて当たり前だ。
店の中に誰もいないことを確認したから、瑞晴はこの話題を切り出した。他の客がいては、何かと話しづらいこともあるだろう。
腹の隙間を埋める、ティラミスの最後の一口を咀嚼するソラ。そのソラをまるで小動物でも見るかのような目で、アヴリルが眺めている。
一番最初に答えたのは、以外にもフィーラだった。
「……うん」
「……だったらさ、ちょっとだけでもいいから教えてくれない?何しろ人間側には全然情報なくてさー」
ね、神前くん。そう言って瑞晴に同意を求められた瞑鬼。自分は知っているなんて、口が裂けても言えるはずがない。
「……まぁな。今の時代情報は金になる。貴重な資源だし、簡単に切らない方がいいぞ」
「……捻くれてるなぁ……」
若干瑞晴から軽蔑の視線が送られる。この状況でこんな事を言ったら、心優しき高校生なら言ったやつを悪だと思うだろう。
それは普通の意見だ。結果がどうなろうと死ぬことのない瞑鬼だけが用いれる交渉手段であり、人からの目線を気にする人間ならとるはずもない。
「ここは払うから、教えてくれ」
だから、瞑鬼はあえて情報は金だと言った。つまりは、金を払いさえすれば情報はもらっていいはずなのである。
逆に、金を払っても情報を払わないと、其れ相応の罰が下る。それもこの世界では当たり前だ。
今の場合だと、三人から何も得られなければ瞑鬼たちはこのまま帰ることになる。少女たちを置いて。当然だが一文も持ってない彼女たちは、この店を出られない。
何日間か働いて返すのか、それとも簡単な情報を吐いて美味いものを食うのか。どちらを選ぶのも彼女たちの自由だ。
困った顔をしたフィーラが、助けを求めるように二人に視線を送る。一瞬の沈黙の後、思ったよりもあっさり答えが出た。
「……何でも聞いてください。私たちが答えれる事なら、可能な限り答えます」
交渉成立だ。ソラだって、悪い思いはしないはず。何も辛い記憶をわざわざ呼び起こそうとしているのではない。
瞑鬼はただ単に、あの本に書かれていたことが本当かどうかだけ知りたいのである。
もし本当なら、明美の魔法の強さも納得がいく。あんな反則級の魔法も、一人じゃなくて何人かの魔法回路の複合と言うのなら、対策だって打てるかもしれない。
異世界に来て丸くなったと思っていた瞑鬼だったが、どうやら腹の底では今でも怨念が渦巻いているらしい。忘れることのない恨みを持って、瞑鬼はこの世界を生きていくしかない。
「魔女特区の子供って、どうやって集められるんだ?」
第一の質問。正解なら、成熟した魔女が攫ってくる、という返答のはず。
「十五を過ぎた魔女たちが、外の世界から連れてくるの。多分、ほとんどが魔法使っての誘拐。でも、一部は人間から買うって言ってた」
答えたのはフィーラ。これまでの弱々しい口調ではなく、はっきりとした話し方だった。
攫ってくるというのは合っていたが、買うというのは新情報だ。確かに、いくら魔法の世界とは言え金はいる。
そして金という概念があれば、貧乏と金持ちがいるのもごくごく自然な成り行き。人間の中には、魔女に子供を売って糧を得ているのも居るというらしい。
この世界に生まれていたなら、絶対に瞑鬼もそうなっていただろう。
衝撃の事実に、瑞晴が口を紡ぐ。しかし瞑鬼は気にしない。このくらいじゃ、瑞晴が折れないと知っているから。
この三人はどちらなのか。少しばかり気になるところだが、今はそんなどうでもいい情報に時間を割く余裕なんてない。
次の質問を考えるべく、瞑鬼は一度背もたれに腰を預けた。一日たっぷりと働いて疲れた身体は、気をぬくと眠ってしまいそうなくらいに披露している。体力はついて来たと思っていたが、クーラーがない職場だとあまり効果はないようだ。
空いた食器が下げられる。バイトのウェイトレスさんは、いかにもやる気がないと言った作り笑いと愛想笑いが入り混じった仮面顔だ。
しんと静まり返った店内。聞こえるのは、時折車が通りを通るエンジン音のみ。
ソラたちは質問を待っているのだろう。きっと、かなり攻め入ったところで、彼女たちは教えてくれる。
けれど、瞑鬼は聞く気になれなかった。同い年くらいの女の子たちから、無理やり故郷の情報を聞き出すのは性に合わないようだ。
「……んじゃ最後の質問な。これに答えれたらここは奢ってやる」
ここ最近、随分の瞑鬼の財布の紐はゆるい。ちょっと前には瑞晴に。その少し後は、同じくして買い物中に朋花に本をねだられた経験もある。
ファミレスってところがミソ。普通の異世界ものじゃあこうはいきませんよ。中世だと、やはり酒場とかになるんでしょうね。