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上書き勇者の異世界制覇  作者: 天地 創造
逃亡の魔女編
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逃亡少女のチャイニーズ。

昨日はすいません。


だから言葉を濁し、保険を立て、会話をなあなあにする。この話し方は、瞑鬼の好むところでは無い。


「……まぁ、そういう事です。すいません、ほんと。對不起……」


また末尾だけを中国語にして、少女が下を向く。


助けたのにこんな顔をされたのでは、あまりにも悲しすぎた。逃げ延びて、生き抜いたのだから、喜んだっていいはずだ。


年端も行かぬ少女たちを攫い、魔法回路だけを抜き取る。個体数の少ない魔女が生き抜くにはそうするしか無い。そんなのは理屈でわかっている。


けれど、こうして本物を目の当たりにすると、どうしても迫り上げてくるものがあった。


このままこの子達を、こんなところに置いていっていいはずが無い。


淀んで濁って、穢れが溜まっていたはずの瞑鬼の中には、いつしかこんな感情が芽生えていた。


「……気にすんなよ。俺だって、その、そこ出身だし」


「……真的嗎?」


時たま出てくる中国語の発音は、なんとも可愛らしかった。


よくニュースなどで見る、インタビューで答えている人とは違って、この子の声は癒される。そして、何故だか瑞晴と似たような匂いがする。


気がつくと、いつの間にかライトは消えていた。虹彩が拡大して、星の光でも十分見えるようになったのである。


「……あ、遅れたけど、神前瞑鬼ね。変な名前だろ?」


若干の自虐を入れた自己紹介。合コンならなかなかに満点に近い回答だ。


英語でジョークを言うのも、これが第一回目だ。そう考えると、何かと瞑鬼はこの子に一回目をあげているかもしれない。それはちょうど、瑞晴と同じくらいに。


クラキ、と女の子が復唱する。名前を知れたからなのか、やけにいい笑顔になっている。


「よろしく瞑鬼さん。私はーー」


「大丈夫ですの?ソラぁぁー」


完全に二人だけの空間を作っていたのに、誰かがそれをぶち壊す。


その破壊者は、瞑鬼の横を通り抜け、そのままの勢いでソラと呼ばれた少女にダイビングハグをかます。


すぐそこが海なので、一歩間違えたらまた暗い中に逆戻りだ。しかし、器用なところでギリギリの一線を超えなかった。


一番初めに目があった少女。金髪青眼のヨーロッパ系の女の子が、ソラに頬ずりをしていた。よほど心配だったのが、その仲睦まじげな様子からうかがえる。


「……私も、心配した」


仲良く抱き合っているソラと金髪の間に、よくわからない国籍の女の子が入り込む。どうやら三人はかなり仲がいいようだ。


「ほんと……、良かった。二人も無事で……」


安心したからなのか、ソラの目尻から一筋の涙がこぼれ落ちる。


それは月の光に照らされて、可憐な光を作り出す。夜の闇の中に、三人の天使が生まれた瞬間である。


互いが互いに顔を寄せ合い、少女たちは笑い出す。


「…………」


その様子を、瞑鬼は黙って眺めていた。今は横槍を入れていい時では無い。デリカシーがないと再三言われてきた瞑鬼でも、そのくらいは理解していた。


よほど逃げ延びれたのが嬉しかったのか、三人はいつまでもお互いを讃えあっている。


よかったね。ほんとに。運が良かったんだよ。


口々に賛歌の言葉をあげ、そしてまた笑う。こんなにも喜ばれると、何故だか瞑鬼たちまで笑顔になってしまう。


そして、逃げだせただけでこれだけ喜ぶと言うことは、それだけ向こうでの生活が地獄だったと言うことだ。


ならば、今だけは思う存分生を感じればいい。気の合う仲間と一緒に、生きる喜びを実感すればいい。


それは瞑鬼が求めていて、そして手に入れられないものなのだから。


口元を緩めながら微笑んでいると、いつの間にか瑞晴が隣に立っていた。顔を見なくてもわかる。瑞晴も笑っていた。


夜の海は暗いが、それと同じくらいに綺麗だった。今夜は満月でもないし、天の川があるわけでもない。ただの平日で、何の変哲も無い日である。


けれど、この少女たちにとっては、今日は最高の記念日となるだろう。そのことを思うだけで、不思議と瞑鬼は満たされていた。


月の影が二人の影を交わらす。


「……まぁ、初めはついにおかしくなったのかなって思ってたけど、こういう事ね」


「…………悪く無いだろ?」


「……そうだね」


この雰囲気に流されれば、きっと容易に想いを伝えられる。けれどそれは反則だという意見が、瞑鬼の頭を渦巻いていた。


しばしの談笑も終わりを迎え、次第に誰も口を開かなくなってくる。このままでいれば、おそらく五分もすれば解散となるだろう。


幸いなことに、この世界は身元不明の人物に対してそこそこ優しい。探せば求人はいくらでもあるだろう。履歴書がなくとも住所がなくとも、瞑鬼のような例だってゴロゴロいるに違いない。


それに、これから先は三人の領分だ。瞑鬼たちが首を突っ込める範囲はとうに終了している。


けれど、瞑鬼の足は動かない。本来ならばさっさと立ち去って、蟠りを残してはいけないはずなのに。


瑞晴の時と同じだ。いつもいつも、瞑鬼は肝心なところで他人に甘かった。そして自分にも甘かった。


ダメだと頭がわかっても、体がついて来てくれないのだ。


そっと瑞晴の顔を見る。瑞晴も同じことを考えていたようだ。


これから先、どうする?


その瞳はそう言いたげだ。見つけたのは瞑鬼。助けると決めたのも瞑鬼。だから、これから先の判断も瞑鬼がしなければならない。


勝手に首を突っ込んでおいて、勝手にサヨナラは人として最低だ。


「……んで、これからどうするよ」


安心しきった表情で海眺めてい三人に、瞑鬼が質問を投げかける。すぐにソラがこちらを向いた。


さらりと黒に映える長髪が、夜の下でもくっきりわかるほどに綺麗だ。


「そうですね……。とりあえずは、瞑鬼さんたちにお礼がしたいです。……えっと、何がいいですか?」


ソラがそう言うと、残りの二人もこちらを振り向く。汚れのない目をした三人が、全力の視線を瞑鬼に注ぎ続ける。


いきなりお礼などと言われては、何も思いつくものがない瞑鬼。と言うよりも、裸を見たのだからすでに十分すぎるほどのご褒美だ。あげるのならば瑞晴だけでいい。


「……マッサージとかどうですの?」


「……ソラのハグ」


「えっ……?ちょっとそれは……、太害羞めっちゃはずかしい……」


笑い声が海をかける。全部英語の会話だが、意外にもよく聞き取ることができていた瞑鬼。勉強の大切さを、改めて実感する。


皆さんは中国語、わかりますか?因みに僕は一つもわかりません。G先生ありがとう。

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