異世界日常、くつろぎます②
「それもか……。まあいい。別にお前がどこ出身でも変わんねぇしな」
そう言って陽一郎は、瞑鬼の頭を豪快に撫でる。あまりに不精な手つきのため、最早撫でているのか首を折ろうとしているのかは定かでなはないが。
しかし、不思議と瞑鬼はこの荒々しい手が嫌いではなかった。記憶の奥底にある、自分が生まれたばかりの頃。あの時までは、確かに両親とも仲が良かった。笑顔の義鬼に、微笑む母。おそらく何度も頭を撫でられた事だろう。その度に褒められ、将来を期待されていた可能性もある。
しかし、思い返せば、それらは全て互いに違和感を悟られないためのカモフラージュだったのかもしれない。一見仲良く見える親子を演じていただけなのかもしれない。そんな不安が瞑鬼の頭をよぎる。
だが今となってはその思い出も黒歴史。親に頭を撫でられるのは、挑発以外の何者でもない。そう思っていた時期さえある。
しかし、やはり父親の手というものは暖かいらしい。
「すいません……。親父さん」
何気なく瞑鬼が呟く。この流れから、いたって自然に言葉が溢れたのだろう。
しかし、陽一郎はそんな軽い言葉の一つも見逃さない。
「あぁん?お父さんだと?」
突如、陽一郎の顔が険しくなる。どうやら、瞑鬼は踏んではいけない地雷原に突っ込んでしまったらしい。自分で自分を叱っても、時は既に遅い。
頭を撫でていた陽一郎の手に、不意に力が篭る。未だ頭を掴まれたままの瞑鬼では、この圧倒的なまでの力量の差に抗う手段はない。
だんだんと頭をつかむ手に力がこもってゆく。もし握っているのがミカンなら、今頃陽一郎の手はオレンジ色に染まっている。それほどまでに。
「いつからどこから、お前は俺をお父さんと呼ぶようになったんだぁ?あぁ?一丁前に瑞晴の婿気取りか。家に入れたくらいで調子にのるなよ童貞が」
怒りに任せた機銃掃射が、瞑鬼の心を蜂の巣状に貫く。
たった一言の失言が未来を変える。どうやら瞑鬼がこれまで読んできた数々の本は、あながちフィクションばかりでもないらしい。
「い、いえ……。そういうことでは……」
「なぁん?てめえうちの瑞晴に魅力がないと?確かに女子力は足りてねぇかもしれねぇが、脱げばそこそこだ。俺なんてこの間……」
続きが気になる言葉を残して、陽一郎が地面に倒れふす。どうやら後頭部を何かに殴られたらしい。あひゅう、という情けない声がもれている。
恐る恐る瞑鬼が陽一郎の背後に目を向ける。立っていたのは案の定、この家の家事担当権バイトの瑞晴だった。料理が完成したことを伝えにきたのだろう。手にはおたまが握られている。
「全く……、沸点が低いのと変態性を除けばいいお父さんなんだけどなぁ……」
悲しげな顔で実の父親を睨む瑞晴。気のせいかその目は淀んでいない。汚れていない。
まさに瞑鬼が理解できる存在の外にいる。普段の瞑鬼なら、二度と話しかけないレベルの案件なのに。
「んじゃご飯できたから、つづきは後にしてよね」
「……うぃ」
未だ地面と顔を密着させている陽一葉が答える。それにつられて、瞑鬼も返事をしておく。
ため息を一つ残し、瑞晴は台所の奥へと戻ってゆく。盛り付けでもするのだろう。
同級生の私服姿を見たのは、瞑鬼にとっては初体験だった。制服はぴっちりと高校指定の着こなししかしない瑞晴だが、家では随分とゆるい格好らしい。Tシャツにデニムのズボン。見る人が見れば超高評価が期待できる。
暫くして、大きめの皿とともに夕飯が運ばれてくる。メインの肉じゃがに加え、サイドを焼き魚、豆腐が多めの味噌汁で固めるという、ほぼ完璧に近いメニューである。
鳴り止まない腹の虫が、ついには理性にまで侵食してきたらしい。一口食べたら止まらないとはまさにこのことだ。
ほんの30分足らずで、出された料理全てを完食。これには瑞晴本人も驚いたらしい。なにせ、瞑鬼が食べきれない量を想定して作ったのだ。それを軽々と食べられては、料理人の魂に火がつくことだろう。
皿を下げ、瑞晴と二人で食器を洗う。これまではただの雑用以下。そう思っていたことですら、異世界で職を見つけたことにより一変した。
「さて、飯も終わったし、そろそろ続きをするか」
リビングで瑞晴と共にテレビを見ていた瞑鬼の肩を陽一郎が掴む。