何がhappened
海岸で拾ったのは裸の女の子?!
そして一瞬だけ焦点を合わせたかと思うと、次の瞬間には瞑鬼と瞳がばっちり合っていた。
二人は言葉を失ってしまう。喉が出てくるのは、声にならない妙な音だけだ。
掴んでしまった手をすっかり忘れて、瞑鬼の目が少女の体を凝視する。本当に頭が極限まで達すると、人は考えることをやめてしまうのだ。
寝起きの頭でぼんやりと瞑鬼を眺めていた少女。しかし、次第に頭が冴えてきたのか、みるみるうちに顔が紅潮する。
そして、完全に脳が覚醒した時。瞑鬼がかつて漫画で見たような、あの悲鳴が繰り出された。
「っっっきゃぁぁぁーー!」
例え言語が違えど文化が違えど、悲鳴の上げ方は万国共通のようだ。
マンゴラドラを引き抜いた時の様な悲鳴に怯んだ瞑鬼が、思わず手を離してしまう。
次の瞬間には、瞑鬼の右頬に衝撃が走っていた。
遅れて音がやってくる。型にハマって綺麗に鳴った、乾いた音が夏の夜空に響き渡る。
「WHAT!!what happened!!」
暗がりでもわかる、顔を赤潮の様に紅潮させた少女が、怒りの言葉をあわらにする。
リスニングには自信のない瞑鬼でも、このくらいの英語なら理解できた。
警戒心をむき出しに、少女の目が瞑鬼を貫く。そのあまりの眼光の鋭さに、さすがの瞑鬼もついついたじろんでしまう。
自身の中にある、五年間の英語教育で培った単語を総動員。なんとか、大使館に届けられない様慎重に言葉を選び出す。
「ま、まて。俺は怪しくない」
拙い文法と、稚拙な発音でなんとかコミュニケーションを取り計るる瞑鬼。これで通じなければ、あとはもうどうしようもない。
じんじんと痺れるほおを抑え、瞑鬼はホールドアップの体制をとる。外国人相手なら、これで下手なことにはならないだろう。
胸を隠しながら、少女は警戒を怠らない。刺す様な目で瞑鬼を睨みつけ、ゆっくりと考え事をしている様だ。
「……ここは、どこ?」
フランス訛りの流暢な英語で、少女が言葉を出す。
この質問が出るということは、少なくとも地元民ではないらしい。そして、観光客であるという線も薄いだろう。まさか、寝ぼけて忘れてる、なんて事は考えられまい。
やたらと発育のいい身体をした少女。正確な歳はわからないが、恐らくは瞑鬼と同じかそれ以上だ。少なくとも、瑞晴よりかは胸がある。
漂流者か、ただの記憶喪失か。まるでロビンソン物語の様な、ありえない珍客に、瞑鬼は頭を悩ませていた。
しばらく瞑鬼が考え込んでいると、少女の瞑鬼を見る目がより一層厳しくなる。
気のせいか、少しばかり魔法回路も浮かび上がってきていた。
「……日本だ。わかる?ジャパンだよ」
瞑鬼の方も、全身の細胞が警戒しろと叫んでいた。こんな不審極まりない人物たちが、まともであるはずがないのだ。
下手したら、どこかからか送られてきた、魔王軍の一員である可能性もある。
「……日本ですの……」
青い瞳が下に落とされ、少女はなんだか落ち込んでいる様子だ。
そろそろ瞑鬼の目も、暗がりに慣れてきていた。つまりは、だんだんと少女たちの姿が、鮮明に写っていたのである。
一人俯いて考え事をする少女。はたからみれば、かなり可愛い部類に入るだろう。隣で寝ている二人も同様だ。
目の保養にしては、あまりにもリスクが高すぎる。こんなところを、海岸散歩に来ていた警察官に見られでもしたら、瞑鬼は一発で獄門行きだろう。
それに、瑞晴の件もまだ型はついていない。こんなところで、あり得ないものに目を奪われている場合ではない。瞑鬼はそう考えた。
「……これを着ろ」
来ていた服を脱ぎ、少女に渡す。これは作業着と違い、瞑鬼の私物であるから、渡してもさほどの問題はないはずだ。
警戒しつつも、少女はそれを受け取った。本能からの危険信号よりも、恥ずかしさが勝ったようだ。
できれば下も渡したいところだが、それでは瞑鬼がパンツ一枚になってしまう。そうなれば、隠した意味がなくなってしまう。
「……せんきゅー」
まだ言葉の節に棘は残っているが、一応は警戒を緩めてくれたらしい。
しかし、このくらいの年頃の少女の、Tシャツ一枚という格好は、中々に破壊力が満点だ。下手したら裸よりも性的かもしれない。
見えそうで見えない下を、何とか瞑鬼は視線から外す。そう、これは試練なのだ。
一応は休戦協定が結ばれたものの、後の二人は未だ眠ったまま。それに、金髪の少女も状況が理解できていない。
そうなると、もう瞑鬼は完全にお手上げだった。
「……待ってろ。服、持ってくる」
二人を心配そうに見つめる少女にそう言い残すと、瞑鬼は重たい腰をあげる。
岩礁を歩いて行き、砂場を小走りで駆け抜ける。なるべく早急に、身体を拭かなければならない。
いくらいまが夏とはいえ、夜の気温はそれほど低くない。そんな中で、濡れたまま裸で放置なんてしていたら、確実に風邪になる。あるいは風になる可能性も出てくるだろう。
幸いなことにも、瞑鬼が泊まっているのは海の家だ。服とタオルなら、腐るほど常備されている。
店の方から入り、一直線にお土産コーナーを目指す。なんで見ず知らずの人のために。そう思っていた瞑鬼だが、まさかあの状況で知らん顔ができるほど大人ではない。
瑞晴を起こしてはマズイ。と言うよりも、この事を知られれば、間違いなく面倒な事件に巻き込まれる事になるだろう。
そんなのは、瞑鬼だけで十分だ。何があっても死なない瞑鬼なら、面倒ごとにはもってこいのはずなのだから。
なるべく音を立てないように、いくつかの商品を物色する瞑鬼。三人分のシャツとタオル。かかる費用はおおよその見積もりで一人三千円程度。全員分揃えたら、瞑鬼の今日の分のバイト代が飛散してしまう。
「……まぁ、これは拝み代だな」
自分で自分に言い訳をして、瞑鬼は商品を担ぐ。
本来ならば、あのレベルの女の子の裸はプライスレスだ。それを一万円弱で見れるのならば、もうそれは破格と言っていい。
ひっそりと忍び込んだ泥棒のような格好で、店を出ようとする瞑鬼。
しかし、神様はそこまで甘くなかった。
「大人しくしなさいっ!この店で盗みなんて、ツメが甘いよ!」
謎の決め台詞と共に、店の電気が灯される。
背後を振り返ると、そこには狩り用の銛を持った瑞晴が、仁王像のような格好で佇んでいた。
その目が瞑鬼を捉えた瞬間、瑞晴の額にはてなマークが浮かび上がる。
「え?神前くん?」
さてさて、新キャラの登場です。