賄いのうまさは天元突破
夢の中でも小説を書いていた僕は立派な創作中毒です。
皆さんはどうですか?
「いただきまーす」
閉店後の誰もいない店の中で、三人はテーブルを囲んでいた。もう外はすっかり日が暮れており、当たり前だが砂浜には人の影の一つもない。
最後まで粘った客が帰ったのが、ちょうど今から一時間前。まだ若干日が残っていた、7時ちょうどの事である。
それから後片付けをし、店の掃除と明日の仕込み。それと海岸の見回りを終えると、時計は8時をうっていた。
瞑鬼の目の前に並んでいるのは、今日の余った材料で作ったまかない飯だ。瑞晴お手製のものらしく、意外と味はいい。
切り方も焼き方も、恐らく技術としては瞑鬼の方だが、現役女子高生の手作りというだけあって、それだけで付加価値は絶大となっている。
大喜びで焼きそばと焼き鳥サラダをかき込む吉野。その様子に、瑞晴はえらくご機嫌になっていた。料理には自信がなかったのか、うまいと言われた時は驚いていたほどだ。
「どうだい?今日はキツかった?」
ビールで口の中のものを胃へ流し込みながら、店長様が訊ねてくる。まだ数杯しか飲んでないのに、もう顔は真っ赤になっている。どうやら下戸レベルで酒に弱いらしい。
「……まぁ。思ってたよりかは辛かったです」
「いつもの仕事に比べると、めっちゃ汗かきましたからね」
瑞晴の発言に、瞑鬼の耳がピクリと反応する。
持っていた焼き鳥の串から一気に全部を頬張る。
そして麦茶で流し込む。むだに張り切ったその動作に、店長が思わず期待を抱いてしまう。このままだと、明日にはさらなる重労働が待っていそうだ。
確かに、瑞晴が日頃の仕事で汗を掻くことは全くと言っていいほどない。時代錯誤な自転車で配達も、朝の5時からの搬入もないのだから。
「でもまぁ、普通に楽しかったです。海ってやっぱテンション上がりますもん」
「最後はほとんど貸切で遊べたしな」
くたくたになるまで遊んだせいで、二人の体はぐったりとしている。気をぬくと今にも寝てしまいそうなくらいに、暮時に波に揺られていたのだ。
瞑鬼も瑞晴も、比較的海には好かれている。泳げないこともないし、クラゲと遭遇することもない。
二人の仕事が終わったのは、まだ海岸に若干人が残っていた午後6時だ。海の家は閉まるのが早いのが定石。その法則に則って、この店も日が沈む前には閉められることになっていた。
しかし店長は一人店に残って、最後の客が帰るのを見届ける義務があるらしく、仕方がないから二人で泳いでいたのだ。
だから現在、吉野を含めこの場にいる全員が、水着で晩御飯を喰らっている。上から軽くシャツを着ているものの、現役女子高生の水着姿派なかなかに強力だ。
瑞晴の持つ魔法は、生物を魅了するというもの。そしてそれは、不思議なことに魔法回路を開いてない時も発動してしまうらしい。
残り少なくなったチャーハンに焦点を固定。その端に映る瑞晴の姿を、鮮明に脳裏に焼き付けておく。
「……ほんとにカップルじゃない?おじさん誰にも言わないからさ。ね?」
何度瑞晴が否定しても、何度瞑鬼が勘違いだと諭しても、このおっさんには人の話を聞く耳がないようだ。人間この歳になると、自分の世界が正しいと思うようになってしまうのだ。
何度も聞かれた質問に、何度も返したようにまた返答する。
「……だから、ちがーー」
「さぁ……、どうでしょう」
瞑鬼の声にかぶせて、瑞晴がとんでもないことを宣う。その発言に一番に反応したのは、他でもない瑞晴だった。
恐らくは冗談のつもりで言ったのだろうが、その前にもう顔が赤くなってしまっている。自分の一言に対し、自分で恥ずかしがっているのだ。これでは、嘘であることがバレバレである。
「おうおう、まさか今日なんかあったの?あれか?昼間に店先でガタガタやってたアレか?かぁ〜!おじさん嫉妬しちゃうよ!」
まるで映画に出てくる主人公の親友のような語り方で、吉野は軽快にしゃべっている。一体どこからそんなにポンポンと言葉が出てくるのか。
興味の矛先が向いた瞑鬼が取れるのは、ただ黙って黙々と食事を続けることだけだ。これ以上何かをしゃべったら、どう考えても面倒なことになる。
さざ波まじりに聞こえる海の声に、瞑鬼は耳を傾けていた。
おっ、と言って店長がさらに追求してきそうなのを察してなのか、瑞晴が口を塞ぐ。そして次ぐ店長ターンの攻撃を全て防御。耳を塞いでことごとくを無視し、見事に話をそらしていた。
それから程なくして、今日の晩御飯は終了となる。片付けを終えたら、やっと完全な自由時間が二人に訪れた。
とは言え、明日のことを考えると、それほど遅くまで起きているわけにはいかない。今からなら、風呂に入ってしばらく部屋にいたら微睡みに誘われるだろう。
瑞晴と時間を合わせ、近くの銭湯へ向かう。徒歩で百メートル以内にあるらしい温泉街は、海からの観光客を逃さないための大人の汚い商魂の塊だ。
見慣れた温泉街を歩く。夏休みに入ったせいか、やけに浴衣のお客さんがたくさんいた。まだ七月の中ごろだと言うのに、縁日も開かれているようだ。
子供達の喧騒がやかましい路地を通りながら、二人は歩いている。同じペースで、手にはお風呂セットを握って。
「……知ってる?甘いものってさ、別腹なんだよ」
どこからか漂ってくる綿菓子の匂いにつられたのか、瑞晴が遠回しな聴き方をする。
そしてそこは察しのいい瞑鬼のこと。当然、発言の真意は掴んでいた。
「……別腹に押し込んでくからどんどん……」
「なにか?」
「……いや、なんでも」
にこっと冷徹な笑みを浮かべた瑞晴。そしてそこから只ならぬ殺気を感じた瞑鬼は、自分の身の危機を覚える。
そんなくだらない会話を繰り広げ、向かった先はホテルの温泉だ。海の家にはシャワーしかないため、風呂ならここしかないとのこと。
店長は後から飲み仲間と一緒に来るらしい。恐らく、帰って来るのは日を跨ぐ頃だろう。
高校生なら一人三百五十円で、だたっ広い風呂につかれるというのだから、なかなかの破格と言える。温泉の県ならではの、無駄に安い入湯料を、瞑鬼は初めてよく思った。
一日の疲れと、潮風の運んできたべたべたな肌を洗い流し、熱い湯船に身をつける。ほんの30分いただけだが、随分とさっぱりした気分だ。
瞑鬼が一人休憩ルームでフルーツ牛乳を飲んでいると、そのおよそ10分後に瑞晴がやってくる。
「ごめん、待った?」
「…………いや」
海の家のバイトって、一夏のランデブーとかあるんですかね?