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上書き勇者の異世界制覇  作者: 天地 創造
逃亡の魔女編
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魔法があるのにこの労働。

春休みという概念が存在しない退屈な世界。


聞こえてくるのは、やたらとテンションの上がった子供の騒ぎ声と、怒号入り混じる客の注文の確認。


ここは日本なのに、店の中はやたらと挑戦的な服を着た人で賑わっていた。そこらを見渡せば、全員肌を露出している面積の方が広い。


ビーチの向こう側に広がる日本海を眺めながら、瞑鬼と瑞晴は汗を流していた。


「店長、焼きそば三つと焼き鳥四つ」


「瞑鬼ぃぃ!頼むからそれやめてくれ!いちいちビビるんだよ!」


七月の半ばの夏休み、瞑鬼たちは海の家にいた。しかし、今回は客としてではない。この灼熱の中で、金を稼ぐためである。


商店街からこの海岸までは、電車で30分といった所だ。降りたらすぐそこがビーチなので、徒歩はほぼ無いと考えていい。


そこそこの人で賑わっている海を見たとき、思わず瞑鬼は一瞬固まってしまった。ただでさえ大人数は苦手なのに、この量はマズいと本能が感じ取ったのである。


3日分の滞在荷物を持ち、歩く事数分。その店は姿を表した。よっちゃんの家、と言うのが正式な店名らしく、どうも店長の吉野さんから取っているとの事。とてつもなくどうでもいい情報が、出会い頭に聞かされた話だった。


それから軽い挨拶を交わし、部屋の紹介と着替え。当たり前だが、瞑鬼と瑞晴の部屋は別だった。かなり薄くではあるが、希望を抱いていた瞑鬼にとっては、結構なダメージを受けた事件だと言えるだろう。


そして朝の10時から働く事、およそ三時間。一時という一番店が混む時に、初現場の瞑鬼たちが駆り出されている。


10秒ごとに、店員さん店員さん、と声をかけられ、1分ごとに注文が入る。そんな殺伐とした状況の中で、瞑鬼が編み出した必殺技が、今ちょうど店長に怒られたこの方法となる。


やることは簡単。注文が入ったら、魔法回路を開いて店長にその内容を伝えるだけの単純なお仕事だ。


しかし慣れてない人に瞑鬼のこの魔法は辛いらしく、しまいには店長にまで怒られる始末。慣れたらなくなるこの問題だが、そこは時間に任せるしか無い。


このごったがえした人の中では、瞑鬼の声なんて蚊が鳴いた音以下だ。瞑鬼としては、その工夫と知能を是非ともかってもらいたいところである。


「ニイちゃん、ビール二つね」


「あーい。店長、ビール二つ」


また厨房から驚いた音が聞こえた。今度は鍋でも落としてしまったのだろう。やけに大きい音が店内に響く。


激闘を繰り広げること二時間。3時のお昼頃にもなれば、店からは全然お客さんがいなくなっていた。朝から来た人は、もう帰る頃合いだ。


それでもなお、まだまだ砂浜は人の山ができている。何百人かはいようその人間たちは、こぞって母なる海に帰りたがっているのだ。


今日の朝に瞑鬼が読んだ本によると、抜け出た魔力は海に入ればすぐさま回復するらしい。海には魔力が満ちており、人間と互換性がいいのだとか。

「……人に酔う……」


あっちを見ればスレンダーなお姉さん。こっちを見れば金髪爆乳ロングヘアーと、瞑鬼の目は休まることを知らない。


さらには、大学のサークル仲間なのであろう、金銀赤髪のお兄さん方が、そのご自慢の腹筋を見せびらかすような歩き方をしている。


一方で瞑鬼はと言うと、極みダサい、海人うみんちゅと書かれたシャツとパーカーと短パンの組み合わせだ。これはこれで目立たないからいいのだが、あまりに華が無さすぎる気もする。


だっせぇな、なんて感想を抱きながら、瞑鬼は厨房に戻る。いくら客がいないとは言え、まだまだ仕事は残っているのだ。


店長と二人きりで、皿を洗い仕込みをする。もう料理に関してはなれた手つきのものだった。


そんな中でも、やはり瑞晴は輝いていた。この瞑鬼が着たらニートみたいになるTシャツを、お洒落と言わんばかりに着こなしている。


圧倒的な美人とは言えない瑞晴だが、こう言うところに気が回る分、顔面キャンバスの女たちよりかは万倍もマシだ。


だから当然、チャラい男には目をつけられるわけで。話しかけやすい性格のせいか、やたらと仕事に関係ないことを聞かれたりして。


そしたら当然、瞑鬼だっておかんむりになる。


「……あの、仕事がありますから」


迷惑さなど微塵も感じさせない、最強の愛想笑いを浮かべた瑞晴の前に、複数人の男が立っている。


どれもこれもが大学生のようだ。進学率が低いこの世界では、比較的に珍しい人たちである。


そしてそんな大人見習いの人たちが、仕事中の瑞晴を取り囲んで、なにやら周囲に鬱屈とした雰囲気を漂わせている。


「まあまあ、いいじゃんサボればよ。どうせあのキモオタがやっとくんだろ?なあキモオタァー!」


そのキモオタという指示語が誰を指すのか。確認などせずとも、瞑鬼は理解できてしまう。


オタクと言われるのには慣れていた。全くオタクじゃないのに、人を勝手にそういうのに分類するのは、脳みそが停止している人間の特徴と言える。


久々に言われたその言葉を聞き、瞑鬼は少しだけ昔のことを思い返す。


確かアレは中学生の頃だった。瞑鬼の陰鬱が最大限だった時の事で、当時は本当に話せるクラスメイトがいなかったほどだ。


その為か、やたらと変なのに目をつけられたのだ。考えてみれば、当たり前のことだったのかもしれない。


ため息をつくのを必死で抑え、瞑鬼は一応店員の顔をして客の前に出る。


「……いや、彼女も仕事ありますから」


呆れと嘲が混在した顔で、瞑鬼は大学生たちと瑞晴の間に割って入る。こんな事をしたのは、きっと今回が初めてだ。


目の前にいるのは、どこかの儀式にでも出てきたような、絵に描いたような脳内お花畑だ。日本人には似合わない金髪と、弱点を増やすだけのピアスを喜んでつけている。


一目見ずともわかる。今自分の目の前にいるのは、正真正銘のアホなのだと。


そりゃ確かに、腹筋こそ六つに割れている。けれど、こんなのは見かけだけで、実際のところはほとんど意味なんてない。


三人して一人の女子高生にしか話しかけれない、今世紀最大レベルの鶏ハートたちを視界に収めて、瞑鬼は思わず笑いそうになってしまう。


けれど、今は瞑鬼は海の家の店員だ。ひょっとしたら客かもしれない人を相手に、あまり上から目線で接するわけにはいかない。


「あぁ?オタクが話しかけてんじゃねぇよ?」


「何ですかぁ?助けてヒーロー気取りですかぁ?」


「気をつけろよ、こいつお前のこと狙ってるぜー」


ヤンキー、怖い。

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