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上書き勇者の異世界制覇  作者: 天地 創造
逃亡の魔女編
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逃したくないこの日常

携帯を変える恐ろしさ。小説のデータが消えたら乙メシア。


全く触れられなかった自分のことを頭の隅に置いときながら、一先ず瞑鬼は挨拶をする。しかし、帰ってきた返事は「おう」の一言。朋花に至っては、手をひらひらとしただけだ。


確かに、瞑鬼だって瑞晴に飛びつきたい気持ちはわかる。このクソ暑い中、仕事なり友達と勉強なりをしてきたのだ。それはお疲れでの帰宅だろう。


だからと言って、瞑鬼の存在を全く意に介さないのはどうなのか。瑞晴に抱きつく前に、瞑鬼に一瞥くらいくれても良いのではないか。そう瞑鬼は思っていた。


そんな瞑鬼の思いを知ってか知らでか、陽一郎が瞑鬼の隣に座ってくる。


不思議なことに、今日の陽一郎はスーツ姿だった。普段はいつ何時でも、どこへ行くにでもジャージかアロハシャツにジーンズなのに、今日に限ってはパリッとした服を着ている。


「……スーツって、珍しいですね」


「あぁ……。まぁ、今日は書類仕事が多かったからな。たまにゃこんな日もあるんだよ」


「お父さん、なんかスーツって感じじゃないんだよね……。不釣り合いと言うか、なんか、アメリカのスパイみたいだよ」


「……確かに。いつものイメージだと、朋花的にはドレスコードもジャージで行きそうな」


「……娘たちにそんな風に見られてたのか……。お父さん悲しいぞ」


レタスの千切りと、輪切りの胡瓜が乗ったサラダを取りながら、瑞晴が下らないことを言う。


すると、不思議と周りにも話が伝染し、誰もが角質なく話せるようになる。こんな不思議な能力は、最早魔法ではないか。瞑鬼はそう思っていた。


陽一郎が言った、娘たち。という言葉。この言葉が意味するところを、瞑鬼は何となく知り得ている。


陽一郎にとっては、ここにいる全員が既に家族なのだ。身元不明の瞑鬼も、ただのお客さんだった朋花も、ちょっと同じ屋根の下で寝れば、家族になれる。


瑞晴にも陽一郎にも、なにかそんな、人を安心させる何かがある。それは、話し方や雰囲気からくるものなのかもしれないし、あるいは瑞晴の魔法のせいなのかもしれない。


けれども、この二人は確実に人との距離感を詰めるのが上手い。これだけは、何があっても揺るぎない事実だ。


腹が減ったと飯をねだる朋花に、瞑鬼お手製のチャーハンを与えてやる。本人には瑞晴の手作りだと伝えておいた。


舌打ちをしながらでも、いちいち文句を垂れながらでも、瞑鬼は朋花に甘いのだ。それは、朋花の保護をお願いした立場からなのだろう。


陽一郎にも同じチャーハンをすくい、四人で食卓を囲む。こうしてみると、本当にただの家族に見えてくる。


瞑鬼は他の何より、この空間が好きだった。


たとえ斜め前のガキが生意気な口をたたこうと、隣のおっさんが寒いギャグを言おうと、正面の女子高生が自分のことなど見ていなくても。


瞑鬼はこの、元の世界ではあり得ない、ありがたい空間が最高に大好きだ。


無事全員が昼食を食べ終え、お茶をすすりながら正午の一服をしていると、ふと陽一郎が話を切り出してくる。


「……なぁ、瞑鬼」


だいぶ前から話したかったことなのか、陽一郎の顔には悩んだ末の決断、みたいな跡が残っている。


「……なんです?」


良く冷えた麦茶で喉をこし、軽い口調で答える瞑鬼。


「明日な、ちょっと別のところで仕事してくれないか?」


「……別のところ、ですか?」


陽一郎曰く、明日は海の家へ行ってくれとの事だった。友達がそこで夏の間働いているらしく、だがその友達が大怪我をしたらしい。


店長一人では店を回せないとの事なので、友人である陽一郎に話が回ってきたのだ。しかし、そこは陽一郎とて社会人。学生のように、夏休みだから暇、なんてわけにはいかない。


そこで、夏休みが暇な学生たちに、夏の3日だけアルバイトが紹介された、と言う事だ。


学生だからと言っても、瞑鬼はまだ一応はこの店の正規社員だ。八月いっぱいまでは、学生ではない。生徒証もなければ、課題の一つも出されていないのである。


しかし、それでも構わないとの事だった。それも、瑞晴と一緒に泊まり込みで。有給じゃなくて、研修扱いになり、更には向こうでバイト料まで出るとの事。


そこまで聞いたら、さすがの瞑鬼も断れなかった。と言うか、別途でバイト代を貰えるのが魅力的だったのだ。


関羽のご飯代に、たまには自分で服も買わなければならない。入学費用だって考えると、金は貯めておいた方がいいだろう。


しばらく悩んだ末、瞑鬼が出したのは、


「いいですよ」


の一言だった。その言葉で、陽一郎の顔が明るくなる。どうやら断られたらマズい案件だったらしい。


それから瑞晴も、やはり金は欲しいのが本音で、意外とあっさり了承していた。


「ありがとな、お前ら」


「まぁ……、結構いい額だし、普通にね」


「……だな」


ちらっと瑞晴と目を合わせ、微笑んだ様子で答える瞑鬼。この分なら、今日の仕事は頑張れそうだ。


朋花はお昼からは友達とプールへ行くらしく、そそくさと準備をしに部屋を出て行ってしまう。


よほど新しく買ってもらった水着がお気に入りなのか、ここ最近は毎日のごとくプール通いをしている。小学生以下はタダで入れるため、その特権をフル活用のようだ。


それからほどなくして、陽一郎が仕事場に籠るべく、テレビの電源を消して行った。


瞑鬼はお昼からは配達じゃなく、梱包と仕分けが待っている。家の中でできる分、こっちの方が幾分も楽だった。


気合いを入れ直し、重い膝をあげる。外を見ると、太陽が真上を通り越して少しだけ下がっていた。


本格的な夏が始まろうとしている。待っているのは、海岸線のパラダイスか、それとも……。


こんな日常回も、多分今回で終わりです。

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