頼side2
やべ~。
俺、バカだ。
何で昨日のうちに鍵を渡しておかなかったんだ。
今頃、姉貴は外で持ってるんじゃ……。
俺は、そう思いながら家路を駆ける。
それを思い出したのが、そろそろ定時となる時間だった。
今日は、残業しなくても良さそうだ。
何て呑気に構えてた。
「おーい、頼。飯食いに行こう」
同僚に声を掛けられた時にふと姉貴の事を思い出し、そういえばと考えてから。
「悪い、また今度」
その言葉を言い、机の上を片付け、鞄を手に取ると。
「お先に失礼します」
足早に部署を出た。
会社の出入り口を出ると、一目散に駆け出した。
信号で足止めを食らった時に、姉貴に電話してみる。
「もしもし、姉貴。今、何処に居る?」
そう問えば。
『頼の家に居るよ』
と返ってきた。
もう、居るのか。
なら、玄関の前で待ってるんだろう。
「今から、帰るから、もう少しだけ待ってて」
そう口にすれば。
『うん。慌てなくて良いからね。気を付けてね』
と、逆に心配された。
信号も変わり、通話を切ると人混みの中を駆け出した。
家に辿り着けば、玄関のドアに凭れて、空を見上げてる姉貴。どことなく儚げに見える。
こんな姿、一度たりとも見た事がない俺は、少し動揺した。
それだけ、今の彼氏の事を思ってるのだと、改めて知らされる。
息を整えたところで、姉貴に近寄る。
姉貴が、足音に気付いて、俺の方を向く。
「お帰り」
って、微笑んで見せた。
家の中に入ると。
「姉貴、ゴメン。これ、此処のスペアーキー。昨日のうちに渡しておけばよかった」
自分の間抜けさに肩を落としながら、姉貴に手渡す。
「ううん。勝手に居候してるのは、私の方だし、気にしなくて良いよ」
「俺に遠慮しなくて良いからな」
これは、俺の本音。
姉弟何だから、して欲しくない。
だけど、姉貴は弟の俺に対しても遠慮する人。
だから、言葉にして伝えないと信じてもらえない。
「遠慮は、して、無い、よ」
苦笑いを浮かべる姉貴に、怪訝な目を向けた。
それから、姉貴はキッチンに立ち夕飯を作り出した。
俺は、自分の部屋に行き部屋着に着替えた。
リビングで寛いでいたら。
「頼、ご飯出来たよ」
姉貴が呼ぶ。
ダイニングに行き、食事を済ませてると再びリビングで寛ぐ。
姉貴が居ると飯の心配要らなくて良いや。
何て思ってると、片付けを終えた姉貴が、ソファーに座ったのを見計らって。
「…で、彼氏さんとはあったの?」
聞きたかったことを口にすれば、首を横に振る。
「何で?昨日、会うって約束したよな」
俺は、苛立って問い詰めるように言う。
「今日、仕事に行ってないから…」
姉貴から返ってきた言葉は、俺が予想してなかった言葉だった。
朝食の準備はしっかりしてあったから、会社に行ったんだって思ってたんだ。
何で、行ってないんだ。
「はっ?どういう事?俺は、てっきり、会社が遠くなったから、先に出たんだと思ってた」
俺は、姉貴を凝視してた。
姉貴は、居たたまれなくなったのか顔を伏せた。
「なぁ、姉貴。逃げたって、何にも解決しないんだ。ちゃんと話し合った方がいい」
彼氏さん、凄く困惑してたから。
姉貴が居なくなって、自分が何をしたのかを一生懸命、考えているのだろう。
そう思い、二人が話し合わないと先が進まないと感じたから、俺は彼氏さんに了承したんだ。
なのに、此処に来て、弱い姉貴が出てる。
『私だって、そうしたい……。だけど、怖いんだ。また、彼に捨てられるんだって思ったら…こわくて…」
姉貴の経験上、仕方ないと思う。
今までの男どもは、姉貴の見た目に寄ってきて全く中身を知ろうとはしなかった。だから、振られる度に"男なんて要らない"って口癖のように言ってた。
だけど、今回は何故だか違うような気がする。
俺の感がそういってるんだ。
姉貴の事を大事にしすぎて、会社の人間には、付き合ってることを隠してると思う。
だから、姉貴への被害が無いんだと思う。
俺は、意を決して。
「姉貴。今までの男はそうだったかもしれないが、今回の彼氏は、違うんじゃないか?昨日電話してて思ったんだけど、本当に姉貴の事を心配してた。それに俺の事を疑って"新しい彼氏"じゃないかって」
俺の言葉に弾かれたように姉貴が顔をあげた。
「そんな人が、姉貴を捨てるなんて、思えない」
「……でも」
「大丈夫だって。俺を信じろ」
俺はそう言って、笑みを浮かべた。
姉貴が、小さく頷くのを見て。
「ってことで、姉貴。スマホかして?」
姉貴の前に自分の手を差し出すと、不思議な顔をしながら。
「ちょっと待って、鞄の中だから…」
そう言って席を立ち、部屋に行った。
戻ってくると、俺の手にスマホを渡されたと同時に鳴り出した。
「俺が出ていい?」
と聞けばコクりと頷いた。
画面をタップし、電話に出る。
『伊織……ゴメン…」
と弱々しい声。
俺は、スピーカーにして、テーブルの上に置いた。
姉貴に聞かせるために……。