琉生side3-1
昨日、やっと繋がった電話だが、伊織は出ず弟君に伊織への伝言を伝えて電話を切った。
ちゃんと伝わっていればいいのだがと思いながら、俺は重い足を会社に向けた。
会社のあるビルに入り、一目散に自分の部所に向かう。
その通りには、伊織の部所があり、そちらをチラリと横目で見るが、何時もの席に彼女の姿はなかった。
どうしたんだ?
この時間なら、出勤しているはずだ。
何故居ないんだ?
疑問と不安が、俺の中に渦巻いた。
自分の部署に入れば。
「琉生、おはよう」
とニコヤカに俺の腕に自分の腕を絡めてくる奴が居る。
俺は、無理矢理腕を引き抜き睨み付けた。
……が。
「この間は、楽しかった。琉生」
と、意味深な言葉を他人に聞かせるような声で言う。
その言葉で、部所内がざわつく。
何のつもりだ。
俺は、そんな奴に。
「何の事だ?」
冷たく言い放つ。
俺にとっては、散々だった。
「えーッ。何照れてるの?この間、激しく燃え上がった仲じゃん」
部所内に響く声。
僅かに頬を染め、俺を見上げてくるが、全然可愛くなんか無い。
って言うか、こいつただ妄想してるだけなんじゃ。
こいつに一度だって、触れたいなんて思ったことないんだが……。
そう言って、詰め寄ってくるあいつに。
「そういう誤解を招く言い方やめてくれますか?俺は、君なんかなんとも思ってない。それどころか、本命に逃げられて大変なんですよ。あなたのせいで、要らぬ誤解させて、ね。いい加減嘘をつくのやめてください。他人の迷惑考えて行動してください。いい大人なんですから。それから、下の名前で呼ばないで下さい。それほど仲が良いわけでもないんで」
俺は、なるべく丁寧にそう告げた。
「嘘って?私は、琉生と付き合ってるんだからね」
って、付き合ってないって言ってるのにこの返しとは……。
こいつの頭、大丈夫なのか?
伊織不足で、イライラしてるところにこの追い討ち。
いい加減にしてくれ。
「付き合ってねぇ。俺がお前みたいな役立たずに惚れるわけないだろ! 性格ブスは嫌いだ。この間も言ったが、下の名前で呼ぶんじゃねぇよ!」
あ……って、思わず言っちまった。
本当の事だし、この際訂正せずにおくか。
あ~あ、今日は朝から最悪だ。
こんなはずじゃなかったんだがな。
部内が騒然となるなか、俺は自分の机に向かい、パソコンの電源を入れて起動するのを待った。
「オーイ、佐木。お前、あんな事言って良かったのか?」
そう声を掛けてきたのは、同期の岸本。
入社当初からの付き合いになるが、以外と仲良くやれてると思う。
俺と伊織の事もこいつは知ってる。
「いいんじゃねぇ。本当の事だし、俺、あいつのせいで折角のデート、台無しにされ帰ったら、彼女が家から逃げられてたし。散々だよ」
俺は、深く溜め息を吐いた。
「えっ、伊織ちゃん、行方不明なのか?」
岸本が大きな声で言うから、慌てて口を手で被った。
「ばか、声がでかい。行方はわかってるから…。ただ、俺に会いたくなくて、逃げてるんだよ。昨日電話したら、弟君のところに居るって、連絡ついてるから……」
そう告げれば、安心した顔をする。
「それならよかった。…けど、何で急に出ていったんだ?」
ポツリと呟かれた言葉に俺も頭を捻る。
「俺も、その辺がわかってないんだ。ただ、キャンセルの電話をして、お詫びのデザートを購入してから家に帰れば、もぬけの殻で、伊織の荷物が全て無くなっていたんだ。跡形もなく」
意気消沈する俺に。
「して、そのキャンセルの理由は如何に?」
淡々とした口調で聞いてくる、岸本。
「あいつが、相談したいことがあるからって…、時間が許す限り聞いてやろうとしたら、中々言い出さなくてな、気付けば待ち合わせの時間になってた」
俺は、あの日の事を思い出しながら口にした。
「お前、それ漬け込まれたんだろ。先約があるからって、断ればよかっただろうが…。それで彼女に逃げられてたら、意味がないだろうが……。で、待ち合わせの時間と場所は?」
呆れ顔の岸本に問いただされ。
「今人気のフレンチの店の最寄り駅。十八時半」
岸本の質問に答えれば、頭の中が整理されていくのがわかった。
長くなったので、一旦切らさせてもらいます。