伊織side
あ~あ。
今日のデート、キャンセルされちゃった。
せっかく、お洒落したのに水の泡じゃん。
あいつったら。
『ゴメン。仕事が入ったから、今日のデート無理』
って、それだけ言って、電話切っちゃうんだもん。どうせなら、待ち合わせ場所に着く前に電話して欲しかった。
彼と出会ったのは、社会人になってから。
研修の時にお世話になったのが、彼だった。
彼は、私の二つ上で整った顔立ち(所謂イケメンさん)で、物腰の柔らかい人で、責任感が強い人でもあった。
一週間の研修を終えて、配属された部署は違えど、よく一緒に食事をしに行く間柄になっていた。
そして、彼からの告白で付き合うようになって二年が経った。
お互いに仕事が忙しく、会う時間もままならなくなり、同棲を始めた。
忙しいのは変わりないが、朝の少しの時間でも顔を会わせれるだけで、心が満たせれていた。
そのうち、私の方は仕事も落ち着き、定時で帰る時間も徐々に増えたのだが、彼の方は深夜だったり、午前様だったりと相変わらずの忙しさだ。
で、やっとできた時間に久し振りのデートだって、喜んでいたのにドタキャンって…。
浮かれていた心が、一気に沈み込んだよ。
仕事なら、仕方がないって、諦めもついた。
のに……。
今、目の前を歩いているのは紛れもなく彼で、その横にはフンワリとした可愛い雰囲気の彼女が腕に引っ付いていた。
えっ、どういうこと?
仕事じゃなかったの?
私の心に疑念が湧き上がる。
目の前の彼女は、まるで私と正反対のタイプだ。
私は、どっちかって言うと姉御肌タイプで、"守ってあげなくても大丈夫だよね"って言われる。そして、身長も平均よりかなり高めの175センチで、ショートヘアーだ。パンツスーツが好きで、端から見たら男にも見えるって、悲しすぎる。
だから、彼が彼女に触手を延ばしたんだと思った。…否、私じゃなく彼女が、本当の彼女だろう。
私は、ただの同居人ってことだ。
何て、滑稽だろう。
好きだったのは、私だけで彼にはもう、その気持ちも覚めていたんだろう。
とるあえず、私は彼の後を追い、一言文句を言ってやろうと思ったんだ。
けど、追ったところで、後悔しかなかった。
だって、彼が彼女を愛しそうに見つめながら、路上であろうことか、キスをしてるんだもの。
もう、これは完敗としか言いようがない。
私は、その場を離れて家に戻った。
彼女と居るのなら、今日も帰りは遅いはず。
なら、今のうちに荷物をまとめて、出ていこう。
そう思ったら、即決行。
クローゼットの中に仕舞っていたトランクを引っ張り出して、それに必要なものだけを詰め込み、彼から貰ったもの全てを分別してゴミ袋に捨てた。
それらのゴミを集積場所へと運びいれる。
再び部屋に戻り、トランクを手に部屋を出た。
玄関の鍵を閉めて、ドアポストに鍵を入れた。
もう、戻らないと心に決めて…。