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第八説 喪失

前回のあらすじ

ルナはエインヘルヤルによって殺された。

「ルナァァァッ‼︎」


 彼女は彼の目の前で無惨に刺し殺された。


 目の前に起きている事が信じられなかった。その事を彼が受け入れられるわけがない。


「嘘だ……そんな……ルナが……あり得ない……あってたまるものか‼︎」


 巨大な風を作り、エインヘルヤルを吹き飛ばす。ルナに駆け寄り、抱きしめる。


「なあ、返事……して、くれよ……」


 当然応えることはない。指一つ動くことはない。


「無様だな。天地の勇者は死なずとも、周りは死ぬ。貴様は孤独だ」


 ロキは彼を、いや彼らを嘲笑する。


「黙れ‼︎ お前に俺の……苦しみが、悲しみが分かるものか‼︎」


 怒りのあまり声が突っかかり、上手く話せなくなる。


「ふん……ああ、どうでも良いね。俺は俺の世界さえ作られるのであればそれで良い」


 その言葉をレイジは聞かなかった。興味がなかった。ただ今はひたすらルナのことだけを考えていた。


「ごめんな……ルナ……俺は間違っていた。ずっと……間違っていた。なんで今まで言えなかったんだろう。なんで誤魔化して無駄に嫉妬させていたんだろう。もう遅いよな……今更だよな……俺……こんなにもお前のことを愛していたのに」


 今までずっと言えなかったことをようやく口にする。これまで彼女のことを愛すると言わず、他の女性に手を出していたのは彼の羞恥からだった。


「人は失ってから気付くんだな……俺は勇者失格だ……」


「失格などではない‼︎」


 意気消沈する彼にオーディンは叫んだ。


「オーディン……あんた言ったよな。邪神にも良い奴と悪い奴がいるって。俺、やっぱりあんたらが憎い。邪神は結局邪神なんだって。勇者であることを失った俺はどうすると思う?」


 焚きつけようとしたオーディンすら、レイジには届かない。


「……」


 もう、何も言えなかった。


「復讐者になるんだよ」


 彼は立ち上がった。エインヘルヤルと神々は身構える。


「俺の道を、どいつもこいつも壁を隔てやがって楽しいかよ。良いよ、なら全部……ぶっ壊してやる‼︎」


 手を翳すとエネルギーが集中していった。そして、最も愛する者を失った天地の勇者のみが扱える零の宝玉が顕れる。それを握り潰すと彼は消えた。


 直後、全てのエインヘルヤルと神々は木っ端微塵と化した。


「面白い……やっぱ面白れえ」


 遠くから見ていたロキはその惨状を楽しそうにする。


「オーディン……次はあんただ。あんたとは仲良くなれそうだったのによ」


 風と共に喋りかける。オーディンは目を閉じ、その時を待った。


 近付く瞬間、この僅かな時間に一瞬鼓動が聞こえる。その方向にオーディンは自身の武器、グングニールを手に取り、向けた。


 上手く封じたオーディンは語りかける。


「待て、最後まで私の話を聞いてくれレイグランジ・ダグラス・デグラストル」


「誰が聞くものか! ここに来て良いことなど無い!」


「まだルナは死んではいない!」


「いいや、俺のルナはもういないんだ! いたら俺は……俺はこんなにも苦しくなんかない!」


 涙を流し、剣を振り切る。


「ここでは死ぬ前に意識がヘルヘイムに飛ばされる。確かにヘルヘイムを支配するのはお前の憎むロキの娘だ。あやつは危険すぎる故にヘルヘイムに封じた。だが、ルナがヘルヘイムに辿り着く前に再びこの世界に呼び戻すことが可能な手段がある」


「そんな話信じられるか!」


「ノルンの三姉妹の話を忘れたのか? ユグドラシルの葉はあらゆる病気を治すと。それは死すらも超越する」


「それも全部俺を嵌めようとする罠に決まっているだろう! 俺は信じない! 何もかも! 全て!」


「ダメなのか……彼を救う手段はないというのか」


 オーディンもまた苦しかった。ルナの死は自身のせいでもある。彼にユグドラシルの葉が本当に効き目があるということを知るための手段をどうにかして伝えたい。


 そんな中、異常事態が発生した。世界が真っ暗になったのだ。オーディンは隻眼を見開く。


「何だ……何が起きている」


「大変だ! ヴィゾーヴニルが!」


 オーディンの息子トールが駆けつけてきた。


「な、なんだこれは」


 悲惨な現場に彼は息を飲んだ。


「トール……ヴィゾーヴニルがどうした」


「あ、ああ。やられた……神々の黄昏が近い。いや、もう始まったんだ」


「何だと……」


「全部、何もかもロキが仕組んだ事だ! これもそうだろう! ロキ、エインヘルヤルを何処へやった!」


「お前の足元だよトール。エインヘルヤルは全員死んだ。そこにいる天地の勇者様によってな」


「お前がやったのか」


「ああ、ルナを殺したから殺しただけだ」


「……どうやらロキの手のひらの上で踊らされているみたいだな。父さん、今すぐ指示をくれ。でないとアースガルズが‼︎」


 それを言った瞬間、物凄い勢いで大蛇に飲み込まれた。ロキの息子、ヨルムンガンドだ。


「トール‼︎ ……ロキ‼︎ 貴様なんという卑劣な‼︎」


「くくく……あ、アハハハハハハ‼︎ 愉快愉快‼︎ 全てが思い通りに動いてくれるな! ルナを殺し、レイジが憎しみでエインヘルヤルを全滅させ、その瞬間ラグナロクを始める! そして今! 面倒なトールが死んだ! なあレイジよ……まさか自分がラグナロクに加担していたなんて思ってもなかっただろうなあ?」


 それを聞いた彼はふと我に帰った。


「なんだよ……それ……」


「やってしまったなぁ。実はルナを含む全てのアースガルズの連中は全くの無関係なんだよ。皆、み〜んな俺の口車に乗せられてしまったわけだ」


「……じゃあ全部悪いのはお前だっていうのか」


「そうだよ。でも、お前も今じゃ俺と同じさ。エインヘルヤルの家族のことは考えたか? お前によって殺された奴らの遺族はどうなる?」


「……っ」


「レイジ、奴の言葉を耳にするな」


「だったらどうすれば良いんだ!」


「さっき言った通り、ユグドラシルの葉を使うんだ。ラグナロクは私に任せておけ。一刻も早くルナを、エインヘルヤルを元に戻して加勢してくれ」


「……分かった。それだけだ。今、信じられるのはたったそれだけ」


 彼は亡骸を抱きかかえ、その場を全力で離れた。葉を取りにひたすら駆け登る。




「これで部外者は消えたなぁ」


「ロキ……何故ラグナロクを起こした」


 オーディンはロキに背を向けたまま聞く。


「この腐った世界を壊し、新世界を創り、それを統治するために決まっているだろう。あいつらは良い材料だった。あんたもそれに含まれるんだよ、()父さん」


「貴様ァ‼︎」


 回転し、グングニールをその遠心力を使い、投げ飛ばす。ロキはモロにそれを喰らうが顔は嗤っている。


「やれやれ、片目だけではなく両目ともイカれたか老いぼれさん。そいつは分身だよ」


 ロキは既にオーディンの目の前にいたのだ。


「来なよフェンリル。老害に終末の恐ろしさを味わわせてやれ」


 咆哮と共に、フェンリルは現れた。


「じゃあね、義父さん……一生のお別れだ。特にあんたに対して何の未練もないけど。あるなら怨念くらいか。クク……」


 ドン、とオーディンの体を叩き、引き離す。


「待て! ロキ‼︎」


 彼はロキを追いかけようとするが、フェンリルはその間に割り込んできた。


「邪魔だ!」


「邪魔とは侵害だな。父を護るため、オーディン、貴様をアースガルズと共に滅させてもらう」


「させぬ! 貴様らの思惑通りには絶対にさせん!」


 オーディンとフェンリルの死闘が始まった。ラグナロクが終わるまであと一時間もない。




「……此処は」


 何もない。見渡せば、暗黒が映る。非常に純度が高く、淀みがない。ただひたすらに暗黒の世界が続く。


「ああ、そうか、私は、殺されたか」


 エインヘルヤルの攻撃によりルナは死んだ。その魂は此処に飛ばされてきたのだ。


「何処だろうか。……いや考えるまでもない。地獄だ。私に相応しいな」


 何故彼女は地獄に落とされたことを問題ないとしているのだろうか。


「此処はヘルヘイム」


 遠い彼方から女性の声が聞こえてきた。低く、重い声。彼女が、此処はヘルヘイムというのであれば、地獄ではない。


「そうか、そうだったな。北欧の神々に殺されると地獄に行く前にヘルヘイムに辿り着くんだったな。で、私をからかいに来たか……ヘル」


 そうやって言われたヘルヘイムを支配するヘルは笑い、言った。


「そう、存分に笑いに来てあげた。父さんが上手く行っているとわかってね。その様子じゃラグナロクは既に始まっているようだ。エインヘルヤルの連中もこっちに来た。あの天地の勇者とやらが本気で怒った結果だな」


「レイジ……」


 ルナは案じた。レイジは今どうしているのか。私のことで意気消沈していないだろうか、と。


「我はただの傍観者さ。正直ラグナロクなんてどうでも良い。……さて、ルナ。わかっているはずだよな。このヘルヘイムに来たということは我によって審判を下されるということを」


「重々承知済みだ。さっさと私を地獄に送ると良い。私はあまりにも罪が多すぎる」


「くっくっくっ……面白い女だな。ああ確かにお前はとんでもない罪を背負っている。だがな、死後の世界は一つなのだよ。天国も地獄もありゃしない。あそこはただの魂を封印する虚しい棺桶だよ」


「そうであるならばそれに封印すれば良い。私はレイジに合わせる顔がない」


「なら早速準備に取り掛かろう」


 ヘルは何処かに行ったようだ。ルナはただ上を見た。何もない。もう戻れない。しかし、まだ未練はある。


「本当はまだ封印されたくないよ……レイジ……」


 ルナから涙がボロボロと零れる。だがこの涙は魂の一部だ。泣けば泣くほど魂は薄れていく。


「レイジは……私のことを本当はどう思っていたのかな。私の我儘でこんな事になってしまった。言わなければ良かった。あの時……」


 考えれば、後悔。今の彼女には全ての行動が後悔になる。


「……考えるのは駄目だな。何もかもが……穢れていく」


 死というのはそうなのかもしれない。


 ルナは立ち竦み、ただ泣いた。




 レイジは、ユグドラシルの葉があるところまで登った。そして引き千切り、地面に落下する。


「待っていろルナ……諦めるな……俺も、ルナも、絶対に諦めちゃいけないんだ!」


 自分に素直になったレイジは変わった。ただ一心に彼女を救いたいと思っていた。


 ノルンの三姉妹と別れた所までまた走った。辿り着くと、小屋は焼けていた。


「くっ……ロキの魔の手がここまで」


 なら、と彼は次の手を考えた。まず葉に彼女を包ませた。その時ルナから涙が零れたように見えた。


「ルナ……! やっぱりこの葉は使えるのか。まだ可能性はあるんだな……!」


 少しずつ、傷口が治っていく。まるで時間が戻っているようにも見える。




 再びヘルヘイム。ルナはヘルの指示通り奥に進んだ。とはいっても進む感覚は全くないのだが、とにかく歩いていた。


 そんな時、風が吹いた。あり得ない。何もない世界で風など存在しないのだ。


「風……か」


「ルナ、今何か言ったか?」


 ヘルは不思議そうに尋ねた。


「今、僅かにだけど風が吹いたのよ」


「バカな、そんなはずはない」


「じゃあ一体誰が……もしかしてレイジ……」


 まだ淡い期待が彼女にはあったのだ。もしかしたら生き返る術があるのかもしれないと。


「はっ、ただの気のせいだろうよ。さあさ、おいでルナ」


「……彼は諦めてないのに私は諦めてしまった。私、本当馬鹿だな。こんな事されたら、諦めきれないよ」


 突然、彼女は身を翻し、逆方向に走り出した。


「おい、何をしている!」


 あまりにも唐突な事に、ヘルは驚きを隠せなかった。


「もう一度会いたい! たとえ合わせる顔がなくても! 彼は私を待ってくれているのだから!」


 そして空高く飛んだ。この暗黒の世界を飛び出すために。無限に続く暗闇を抜け出すために。




 ビクッと死体は動いた。


「……ルナ?」


 あれからもう数十分も過ぎていた。異変に気付いたレイジは駆け寄る。


「レイジ……」


 薄目を開けて、愛しい人の名を呼ぶ。手を動かすと彼は握ってくれた。


「ルナ‼︎ 本当に……本当に生き返ったんだな‼︎」


 力強く抱き締めた。もう二度と離したくない、そんな思いを込めながら。


「い、痛いよレイジ……でもありがとう」


 ああ、ごめん、とルナから離れる彼は続けた。


「ルナが殺されて俺本当の気持ちに気付けたんだ。こんなにもルナの事を愛していたんだって。ルナがいなくなった途端めちゃくちゃ苦しかった。寂しくなった。涙が出た」


 語彙が貧困な彼は途切れ途切れに話す。


「オーディンからまだ方法はあると聞いて、諦めなかった。諦めなかったから、こうやってルナを取り戻せた」


「……本当に、愛してるの?」


 まさかの言葉に目を丸くする。ずっとモヤモヤしていたものが晴れたような気分だ。


「ああ、愛しているよルナ。この世界で一番誰よりも。遅いかもしれないけど……」


「そんなことないよ……おかげで私はヘルヘイムから抜け出せた。ありがとう、レイジ」


「もう、目を逸らさないからな」


 二人の唇を重ねる。涙に濡れているのでしっとりとしている。


「ラグナロクが始まっちまったんだ。ギャラルホルンが鳴って、既にアースガルズは炎上。ミズガルズも壊滅してしまった」


「手遅れ……ね。残念だけどラグナロクは止められそうにない」


「だがやれる事はやるさ。ロキを……俺がこの手で倒す。それが俺の償いだ」


 ルナに対してだけではない。間接的にラグナロクを引き起こしてしまった彼のケジメだ。




 一方、ユグドラシルの中。オーディンは既にいなかった。遅かったのだ。


「ふん……老いぼれが我に勝てる道理などないのだ」


 涎と血がダラダラと流れている。オーディンの血だ。既に体はフェンリルの胃袋にあった。


「急いでヴィーグリーズに行かなくては」


 ラグナロク最終決戦の地、ヴィーグリーズへとフェンリルは向かう。既にスルトらムスペルヘイムの連中、ヨルムンガンドが戦っている。


 レイジ達は何もかも後手だった。ユグドラシルの中に入り、オーディンのいる元へ向かったものの、あるのはグングニールと血の海だけだった。


「まさか、オーディンが」


「っ……!」


「くそッ‼︎ ルナ、ロキは何処に行ったかわかるか?」


「ええ、知ってる。終焉の地、ヴィーグリーズに」


「行こう。俺に、俺たちに出来ることをやろう」


 彼の信念は揺るがなかった。ルナを取り戻した彼に敵はない。




 更に場所は変わってミズガルズ。あらゆる建物は破壊され、生き残りは一つの家族を除いていない。この家は結界に護られており、ムスペルヘイムが手出しが出来ないのだ。多重結界は広範囲に展開出来ないため、一つだけしか護られていない。


「堕ちたものだな。我らを造りし人間共よ。まさか神々に滅ぼされるとは思ってもなかっただろう」


 ロキは用があって、ミズガルズにいた。あの結界に護られている家だ。


「こいつは……フレイの残した結界か。邪魔だ」


 ロキは軽々と結界を破った。北欧の魔術師の中でロキに勝るものはいない。


「上がらせてもらうぜ」


 その家は、あのユグドラシル家だった。北欧神話の原点。全てを造りし血族。


「誰だ‼︎」


 中にいたものが叫ぶ。その声の正体はあのレイバテインだった。ただ、少しレインの時代と違う。


「ロキだよ。お前の様子を見に来な」


「何の用だ……まさか父さんは」


「ああ、とっくに死んだよ。スルトによってな」


「そんな……」


「当然だ。レーヴァテインの前には全てが無力。ヴィゾーヴニルを殺したのもあのレーヴァテイン。リーヴ・ユグドラシル。まさかお前、あんな奴を父だと思っていたのか」


 この時代のレイバテインはリーヴと名乗っていた。そしてロキから意味深長な事を告げられる。


「は?」


「フレイはお前の父親ではない。そもそも神が父親な訳がないだろう。お前らが創造主であるというのに。お前の本当の父親は既に死んでいる。オーディンによってな」


 フレイはこの家に住んでいた。それはリーヴを守るため。


「どういうことだよ」


「オーディンはミズガルズの連中を邪魔だと思っていたからな。最高神であるのに人間には逆らえない事を良しとしなかった。だから殺したんだよ。創造主の一人であるお前の父親をな」


 これは全てロキの出まかせだ。オーディンは人間に手を出していない。レイバテインの父親を殺したのはロキだ。


「生まれたばかりのお前を利用しようとフレイは義父となった。最も、母親も祖母もフレイを信用していなかったがな」


 これも嘘だ。フレイはこの家族の為に生きた。母はフレイを愛し、祖母もまたフレイを信じていた。


「……あり得ない」


「これが現実さ。リーヴ、憎しみを解放したくはないか」


「それは」


「どちらにせよ、お前が父親だと思っていたフレイはスルトによって殺された。それが憎くはないかと聞いている」


「憎いよ。だけど俺には力がない」


「力ならくれてやる。俺が直々にな」


 ロキはリーヴの首を掴んだ。


「ガッ⁉︎」


「さあ憎め。お前の闇を見せてくれ。復讐の機械となれ。真たる名、レイバテインよ‼︎」


 ロキのどす黒いエネルギーがリーヴに注ぎ込まれていく。


「ガァァァアアアッッ‼︎‼︎」


 この瞬間、リーヴはレイバテインとして覚醒する。レーヴァテインとは本来闇の武器。何故レイバテインがスルトの持つレーヴァテインを持っていたのか、その纏わる話が始まる。


「スルトォォォッ‼︎」


 レイバテインは家を飛び出し、ヴィーグリーズの方向へ飛んだ。


「ククク……混沌に次ぐ混沌……これで最後に残るのは俺ただ一人だ」


 ロキは何から何まで嘘を吐き、全ての存在を混乱させ、自分の物にしようとしている。


「ロキ……」


 奥からレイバテインの祖母が現れた。力はないのでただ見ているだけしかできなかった。


「よおババア……お前の始末は後だ。いつでも出来る。じゃあな。精々絶望でもしてな」


「絶望はせんよ。リーヴは、いや今はレイバテインか……レンは必ず戻ってくる。あたしゃ信じてるよ」


「チッ、往生際の悪い女だ」


 ロキは言い捨てた。そして彼もまたヴィーグリーズへ。


「いつか救世主は現れる。その日までじっくり耐えるだけなのだよ……老いぼれにはそれしか出来ん」




 ヴィーグリーズ。既にムスペルヘイムの軍勢が圧倒し、戦いは終わろうとしていた。犠牲は多すぎた。どちらにしても多大な死者。もはや立つ者は皇帝であるスルトただ一人。ヨルムンガンドは人を食い過ぎたせいで破裂した。フェンリルは覚醒したヴィーザルによって殺され、ヴィーザルもまた戦いで倒れる。そこにレイバテインとロキが飛んできた。


「よくも……よくも皆を‼︎ スルト‼︎ お前だけは……お前だけは絶対に許さない‼︎」


「……あ? 何か……小蝿のような音がするな」


 スルト、バイスにとってはどうでも良かった。その反応がレンの怒りを増幅させる。


 彼はバイスの眼前まで飛んだ。そうすることで存在を認知させる。


「ほう……まだいたとはな」


「レイバテインとして……貴様のレーヴァテインを本来の持ち主である俺に明け渡して貰おうか‼︎」


「何を言うかと思えば……馬鹿め。これは我にしか扱えんよ」


「それはどうかな」


 手招くとレーヴァテインは反応した。


「バカな」


「スルト……お前は炎の巨人だ。レーヴァテインもまた炎の武器。俺は知っている。貴様が炎が弱点であるということを。それはお前が一度も自分に炎を宿した事がないからだ‼︎」


 レーヴァテインは動いた。バイスから離れ、縮小化し、レンの手に収まる。


「あり得ん……! あってたまるものか!」


 ここに来て、初めての焦り。バイスは冷酷だ。自ら戦うことは滅多にない。汚れ仕事は皆、駒という兵士にやらせていた。だからこそ実戦における窮地は彼を追い詰める。


「ならば攻撃される前に貴様を殺せば良いのこと!」


 自前の巨体でレンを思い切り殴った。


「ガハッ‼︎」


 レーヴァテインを手にしたは良いものの、上手く扱う事が出来ないレンは直撃する。そしてそのまま気絶し、遠くへ飛ばされた。


「これで終わったな」


 その時、ロキは到着した。


「もう終わりか? レイバテインはどうやら失敗に終わったか……仕方ない」


「よぉ、ロキ。さっきのガキはお前の仕業か」


「そうだよ。にしても生き残りがお前だけだとは思わなかった。ヘイムダルは俺が始末しようと思っていたが……これはこれは嬉しい誤算だ」


「ふん……想定外の事はあったもののこれでアースガルズは終わりだ」


「ああ、そうだな。だがまだやることは残っているさ」


「確かにそうだ」


「「貴様の死を持ってラグナロクを終わらせる‼︎」」




 レイガ達は走っていると何かが飛んでいるのを見つけた。


「何だあれは」


「人だわ! そしてあの握っているのは……まさかレーヴァテイン⁉︎」


「レーヴァテイン?」


「バイス……スルトが持っている剣よ! どうして人間が?」


「行こう。何かあったのかもしれない」


 ルナを連れて空中へ飛んだレイジは少年の後を追う。


 少年はフレイと過ごした時間を走馬灯のように駆け巡った。だが、少しずつ燃やされて行く。紙切れがジワジワと燃えて消えるように、彼の記憶も段々と消えていく。


「父、さん……」


 残った記憶は家の場所、自分の名前、祖母がいること、両親が帝国によって殺されたということだけだ。復讐が彼を繋いだ。だが余りにも忘れ過ぎた。力も消えていた。


 ドンッ! と地面に打たれ、気を失う。


「おい!」


 少し経つとレイジ達が駆け付けた。揺さぶると彼は目を覚ます。


「あれ……ここどこ……俺は……」


「教えてくれ。何があった」


「わからない……覚えてない……家に帰らなきゃ」


「家? 人間の住むところ、ミズガルズなら既に滅んでいると思うんだけど」


「帰らなきゃ」


 レンはもはや意思の疎通が殆ど出来なかった。それほどまでに衰弱していた。


「ルナ、この子を家に帰らせよう。ひょっとしたら別の生き残りがいるかも」


「仕方ないわね。時間が惜しいけど連れて行きましょう。ねえ、家の場所はわかる?」


 レンは言われると指を指した。


「良し、今すぐ連れてってやる」


 彼らはミズガルズに飛び、レンの家へ向かった。


「まだ綺麗に家が残っているとはな。大体察した」


 その家に付くと、早速中に入った。


「誰かいますか⁉︎」


 ルナは叫んでいるとレンの祖母が出てきた。


「おや、まだ誰かいるとはね……」


 彼女はレンが抱きかかえられているのに気付くとレン! 叫んで走ってきた。


「やられたのかい⁉︎」


「分からない……けど、生きてるよ」


「そう……この様子じゃスルトを倒せたわけじゃなさそうね。まだ戦いの音は聞こえている。レーヴァテインは奪ってきたようだけど」


「それで、あんたたちはどうするんだ。生き残っても、もうこの国は終わりだ」


「元々ラグナロクが起きた時のために秘策が用意しておいた」


 祖母はレンを彼から渡されると頭を撫でた。


「私達を冷凍保存して未来に託すということ」


「……どうすりゃ良いんだ」


「私なら出来るわ」


 ルナが前に出る。


「ルナ……。で、未来に託す事で救世主が現れるのを待つということか」


「そういうことになる。……まさかあんたらも救世主が来ると信じる口とはな」


「ああ、俺の子孫が救世主になる予定なんだ」


「面白い事言う奴じゃの……ならば今すぐ準備に入ってくれ。この子も休ませる」


「分かった。それじゃ、この家そのものを時間凍結させるわ。誰にも邪魔されないように結界も貼っておくし。ゆっくりと解凍されて、およそ百年で完全に元に戻る。その百年後に救世主が現れるかは分からないけど、引き延ばすことは出来るわ」


「ありがとう……名も知らぬ者どもよ」


「礼はいらねえ。償いなんだから。じゃあな、婆さん、少年。強く生きろよ」


 ルナが冷凍を終えると、彼らは再びヴィーグリーズに向かった。




 実は、彼らが知らないところでとある人物が暗躍していた。天地の勇者がピンチになった時にいつも現れる謎の存在。今回は他方に分かれたムスペルヘイムの分隊を全滅させたのだが、これはいずれ別の伝説で語られるだろう。




 ロキはスルトを追い詰めていた。武器のないスルトなどただの裸同然なのだ。


「お前のその再生能力さえなければとっくに死んでいるのによ」


「悪いがしぶといのが我なんでね。帝国は終わらせん。ロキ、お前は一人で天下を取ろうとしているが、俺は同志と共に天下を取る。その為にはお前のような下衆は邪魔なのだ」


「ふん、ならば木っ端微塵にしてくれる」


 ロキは最大レベルの詠唱を始めた。


「チッ、流石にこれには耐えられない……ずらからせてもらおう」


 スルトはヴィーグリーズから逃げた。


「……逃げたか」


 逃げ足の速い奴め、とぼやいた。


 手を持て余したロキは詠唱中といえど、魔力の塊を持っていたので地面に投げ付けた。すると死体は一気に消えて無くなった。


「まあ良いさ。これでこの国は俺のものだ」


「まだだ!」


 砂煙の中、声が聞こえた。レイジが到着した。


「何? まだ生きていたとはな……それにルナ。何故貴様がここに」


「ロキ……あんたは私の旦那を甘く見過ぎなのよ」


 したり顔でルナはロキを見た。もう恐れなどない。


「決着を付けるぞロキ! 俺の償いに付き合いやがれ‼︎」


 北欧最後の戦いが幕を開ける。

次回予告

覚醒(めざ)めた彼に迷いはない。ひたすらに攻めたて、ロキを追い詰める。だが一筋縄には行かない。ロキは最後の力で地球を消滅させようとする。


次回、VAGRANT LEGEND 第九説 神々の黄昏


新たなる因縁を、これ以上続けさせるわけにはいかない。

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