第四説 風の標
前回のあらすじ
山を創りし神、ルナとレイジは出会う。ルナから帝国軍を追い払ってほしいと頼まれたレイジは嫌々ながらもすることに。
数日間、彼はルナのそばでずっとお互いのことを話していた。そうしている内に打ち解け、口調も柔らかくなっていた。いずれ夫婦となる二人であるのだから仲良くならないといけないのは確かではある。
今話しているのはここに至るまでのことだ。
「そうだったのか。それじゃあ結婚しても国に帰れないなあ」
「いや、そんときは帰るよ。一度整理しないといけないしな……所詮、俺はまだまだ子どもだな。一生、旅を続けようと思ってたけど、無理になるし。というかもう子どもが出来るのか……現実味ない」
「話が進むのが早いぞレイジ。まずは帝国だ」
「むっ……まあ見てなって。余裕だよ余裕。俺にかかりゃあ」
「期待しているよ」
その期待とは色々と意味が含まれていそうだ。
ところで、この数日間彼は食事と寝床をどうしていたのかというと、ルナが用意した。湖近くに家を創り、そこに住ませてもらっていた。
「準備は万端。いつでも来いって感じだ」
「うむ、それじゃあ奴ら来たみたいだからよろしく頼むよ」
帝国軍が山に入ったことを感知したルナはレイジに告げた。彼は頷き立ち上がり、階段を登って行った。
「……これで」
彼女は複雑な表情を浮かべながら彼を見送っていた。
山を降りて行くと、やはり帝国軍が陣営を敷いていた。
木陰から敵を覗きながら、彼は呟く。
「あいつやっぱこの山自体を創っていたのか。すげえな神様って。……いや、俺も神になれるけどタイプが違うよな」
意味のわからないことを言っていたが、そんなこと言ってる場合ではないなと首を振り、真面目な思考で敵を見始めた。
「えーっと、敵はざっと百人くらいか。向こうからしてみりゃ俺がいるとは知らんからそんな人もいらんということなんだろうな。しかし何故帝国はルナを狙おうとしているんだ? 物を創れるという能力を狙っているのか? でもなんでそれを知ってる? どこで知った? わかんねえな。とにかく奴らをぶっ潰すしかねえ。帝国は嫌いだ。デグラストルを虐げ、俺から自由を奪おうとするやつ。生きて返すわけにはいかねえ!」
敵前方に立ち、拳を向けた。不意を付かれた敵軍は大慌てで準備し始める。
「貴様ら一匹残らず殺す!」
敵陣地へ剣を抜きながら駆け出した。非戦闘状態の者から順番に斬っていく。返り血を浴びる前には既にその場にはいず、確実に殺して行く。僅か五分足らずで全員殺していた。
「この前のドラゴンより弱いな。弱すぎる。帝国の兵士ってこんなものなのか? とりあえず報告しに行くか」
人を殺したというのにも関わらず、何の悔恨もない辺り、デグラストルの血が流れていることは確かである。
そもそも、彼は天地人であり、人間ではない。人間が家畜を殺して明日を生きるように、天地人からすれば人間は忌むべき存在であり、生きるためであれば殺すことも厭わない。人を殺すことが正しくない、正しいかどうかはあくまで主観的なものであり、あるいは理性によって保たれているだけでしかない。自然法も人だけに適用されるものだけであり、猛獣と同じように天地人にはそれがない。哀しいことだが、生物とは破壊的なものだ。
彼がルナのいる祠に戻ると、敵を全滅させたことを告げる。するとルナは次が来ると行った。
「色々不思議なことがあるが……それは置いとくか。次はどれくらい来そうなんだ?」
「五万だ」
「ご、五万⁉︎ 嘘だろ? 帝国全軍は大体十万だ。半分を持ってしてまで何故お前を連れて行こうとするんだ」
「それは……わからない。だが、ユディナは私の力を欲しているのは確かだ。そうだな、予想を立てるとすると、私の創造で軍を大量に短時間で創り出すことかな」
「それで、一気に世界征服でもするつもりか。……ふざけんじゃねえ」
「あくまで予想だぞ。まあ、大体そんな感じだろう。いつの時代も最先端を行くのは軍事だ。何か理由があるとすれば全て軍事へと行き着く。科学も然り。戦争こそが快楽。破壊こそが生物そのもの。それはレイジも同じだろう?」
「何がだ」
話をすり替えられた彼は不機嫌になる。
「人を殺すことを愉しんでいるのではないか?」
「あいつらと一緒にすんじゃねえ!」
何故か矛先はレイジへと向く。
「一緒さ。殺した事実も、愉しんでいることも。まだ気付いていないようだから言っておこう。次の戦いでレイジはもう二度と人として生きられないと」
「っ……」
彼はルナを守ることを辞めようと考えた。何故俺が責められる? 責めるべきは帝国ではないのか? こんなんじゃ守る気が失せてしまう、と。彼はルナの真意に気付くことはないだろう。バカ故に。彼女は口はきついものの、忠告をしている。そして彼を試している。
「迷っているな。私には全て筒抜けだぞ」
「うるせえ! どいつもこいつも俺に口出ししやがって! 俺の目の前にある選択肢は俺だけにしか選べねえんだ! 本当ならお前と結婚するつもりもねえ! 仲良くなった気がしていたが所詮一時的な利用関係でしかなかったんだ! ……だがよ、このままほっといて帝国に力を付けられちゃ困る。俺の意思はデグラストルを守ること。自由であるために守らなきゃいけねえ。その道中でお前も守る。それだけだ。結婚は好きにすれば良い。デグラストルの掟によって俺はいくつでも結婚出来るからな」
「素直じゃないな」
「うるせえって言ってんだろ。……素直じゃなくて悪かったな。親の愛をまともに受けなかった俺は歪んでるのさ」
「……」
ルナは無言で彼を後ろから抱き付いた。
「なんだよ。それで、俺を籠絡させようというのか?」
「まさか。だけど嫌いではないだろう? 女の肌は良いものだぞ」
「自分で言うか」
「ふ……とりあえず、落ち着いたか? こうやって抱き合うと落ち着く作用があるんだぞ」
実際には怒っていた心はどこかに行き、半分呆れ始めていた。
「はあ……阿呆らしい」
「なんならキスしてやってもいいぞ? もっと落ち着くぞ。その先も私は構わない」
「勝手に一人でやってろ……ったく。俺は確かに女は好きだが手出しするつもりはねえ。ただ話したいだけだ」
「なるほど。じゃあいくらでも話そう。愚痴も聞いてやる。それで良いだろ? 対価とは言わんが、帝国軍を追い払ってくれる代わりにお前の不満を私にぶつけてみろ」
「上から目線でなんか気に食わないけど、まあ聞いてくれるなら言わなくもない」
その後、溜まりに溜まった愚痴をひたすら吐き出し、ルナにぶつける。彼女はただ頷き、聞き上手になっていた。端から見れば親子のようだった。
それは夜明かしてまで続いた。いつの間にか涙を流していたレイジはそれを拭い、中々素直になれずにいたが、感謝を込めて言った。
「最後まで聞いてくれてありがとうよ」
「何、暇だった私にとって有意義だった。人とは何たるものか、デグラストルとはどんなものなのか、色々と知り得た」
「仕切り直しだ。あと、妙に怒って悪かった。頭に血が上って何も考えられなかった」
「私も悪かったよ。試すつもりで挑発したからね。ここまで激情するとは思わなかった」
「そうだな。ま、これで仲直りだ。お前のことも何かわかった気がする。さて、次の奴らはいつ来るんだ?」
「わからない。軍が殺されたことをユディナが知るには時間がかかるだろうし、数日後かあるいは十数日か」
「準備は出来ているが、心の準備は必要だ。何せ五万だからな……俺一人で食い止められるかわからない」
「もしレイジが失敗しても私は責めはしないさ。だが信じている、君は強いとな」
ユディナに知られたのは翌日だった。帝国軍の魔の手は世界中に散らばっており、どの情報もすぐに入手出来るようになっている。
「女神ルナの確保のためとはいえ全軍は如何なものかと」
参謀は皇帝の考えに疑問を抱く。しかし皇帝はこう答える。
「あそこには天地の勇者がいる。これまで通り天地の勇者には全軍を当てる。どうせ奴は死にはしないだろう。だが、ルナの確保であれば可能だ。ククク、奴は五万だと思っていそうだが、残念だったな。正解は十万だ」
天地の勇者がいるとは知らなかった参謀は成る程と頷き、これ以上意見はしなかった。
「駒を増やすためなら十万が死んでも問題はない」
皇帝にとって、軍とはアリのようなもの。人間とアリ、人間と巨人族、そのような関係だ。
「明日には出発させ、三日後に完了するよう伝えよ」
「ハッ!」
レイジに休む暇などないのだ。
「……来た」
次の日、軍の気配を察したルナはレイジを起こす。
「嘘だろ、もう来たのかよ。仕方ねえ、行ってくる!」
レイジは駆け出す。
「ま、待て! 敵の数は」
最後まで聞き取ることなくレイジは消えて行った。ルナはマズイなと呟く。
彼はひたすら走り、山を下っていく。先手必勝、少しでも登らせさせないと強気で行った。だが、眼前に広がるのは考えられないくらいの量の軍隊だった。下手すれば山を囲えるのではないかと思うくらいの量。
「俺は……量ごときで負けたりはしない!」
魔術は決して得意ではないが、発動する。
「ウィンド! そしてストーム!」
詠唱不要なので直接術名を言えば脳内で自動演算し、発せられる。ウィンドは本来敵に使うものだが、自分に掛けることで一気に空へ舞うことができる。天高く飛び、ストームを発動することで、簡易的な竜巻を発生させられる。これで二十人は吹き飛んだ。
着地し、すぐに敵に向かって走り出す。剣を振り上げ、落とすが、今度の敵は前とは全くもって別物の強さだった。
「何⁉︎」
受け止められたことで隙ができ、他の敵から背中を殴られ、対峙していた敵には蹴られ、転ばされる。
「クソッ‼︎」
ダンッ、と地面を叩き、起き上がる。時間がない、他の連中は既に登り始めている。
「サイクロン!」
掌で小さな嵐を作り、相手に投げつける。それが当たると体は弾け飛んだ。
「良し、残りの貴様らも全然吹き飛ばしてやる!」
ひたすらサイクロンを作っては投げ、前にいる敵を殺していく。だが、圧倒的な数の前に魔力は尽きそうになっていた。
「まるで減らねえ……やばいな……冷静に考えてみりゃ仮に一人一秒で倒したとしてそれを五万回。五万秒。時間単位ですれば半日以上かかる……くそっ、一度ルナの元へ戻って体制を立て直さねえと!」
実際には十万なので、もっと時間が必要である。
彼は残った魔力を時空間転移術に当て、ルナの元へ帰還した。
「レイジ! まずいことになった。相手は十万人だ」
五万人だと思っていた彼にとって、衝撃的な事実を突き付けられた。
「……っ、だが今更驚いている暇なんてねえ。ここで出待ちして確実に殺していく」
入り口付近に待機して、敵を来るのを待った。十分後、いよいよ全面対決となる。
「来やがれってんだ‼︎ 全員ぶっ殺してやる‼︎」
一斉に押し寄せる敵軍に対し、彼は何の策もなく、来る敵を斬り伏せていく。順調だったものの、百人くらいで元々の戦闘能力のなさが仇となり、スタミナ切れ、そして腕が上がらなくなってきた。
「くっ……ガハッ⁉︎」
いつの間にか後ろに回り込まれた敵に柄で殴られ、よろける。そしてそのよろけた先には全面の敵の膝が飛び出てきた。勢い余ってぶつかり、ふらついてしまう。その隙に他の敵の侵入を許してしまった。それだけではなく、彼の体は真っ二つに斬られていた。
「そん……な……」
自分の弱さを知った。天地の勇者だからといって強いわけではない。今更悔いても仕方ないだろう。だが、悔しくてたまらなかった。ルナの方を見る。そこには大量の敵が囲っていた。
「やめろ……」
手を伸ばしてもその手に剣が突き刺さる。刺したやつを見るとニヤッと気持ち悪く笑っている。
ここで終わりか。短かったな、俺の旅は。もし国を出なかったら? きっと平和だっただろう。だけど、どの道ルナは帝国の元へ連れて行かれる。そしてデグラストルとの戦争のために兵器として使われる。……どの道、俺は戦わなきゃいけないわけだ。俺は選択肢を誤ったつもりはない。何故なら、今弱いと知ったから。知らないまま国で戦っていたらきっと絶滅していた。それはともかくとして、今俺は絶体絶命で、どちらの選択肢を取っても同じ状況にある。これを打開するにはどうしたら良い。などと頭の中では冷静な彼は、時を止めながら考えていた。時を止めることは意識的にやったことではない。彼の深層心理が、つまり神がやったのだ。風来神は異空間に連れ、彼に問い掛ける。
「……ここは」
突然何もないところに連れて行かれた彼は困惑する。
「汝力欲。我力与。我力状況打破可能。故我汝風来神格化、真力解放」
「何言っているかよくわからねえ。というか誰だ。俺は今やばい状況なんだよ。俺の体は……あれ? 下半身がある……」
もうとっくに体は癒えていた。
「汝、神格化我言葉理解。汝願何」
「何となく今のはわかった気がする。俺の願いか……今はルナを救いたい。曲がりなりにもあいつは俺のことか好き? らしいからな。放っておくわけにはいかない。そもそも女性には優しくしないといけねえし……だから助けたい。ルナを。帝国から。いや、ルナを狙う全てから。俺が守る。俺にしかやれないことだ。だから力を貸してくれ。それが俺の願いだ」
「元其積」
目を開けると、元の世界に戻っていた。手に剣が刺さっているのは変わらない。だが、覚悟を決めた彼の目は変わっていた。今までルナに対し曖昧な態度を取っていた。神、という概念に囚われ、女性であることを蔑ろにしていたのだ。彼は女性が好きなのだから、ルナを助けるのは必然た。しかし、神という概念が邪魔をしていた。今の彼はその概念を取り払い、ルナを一人の女性として扱う。そうすることで本当の守りたいものを得ることができた。その守りたいものこそが彼の力の源。彼の強さだ。強さを得ること、すなわち今を乗り越えること。
彼は静かに神格化の詠唱を始めた。
「俺は風だ」
あ? と剣を刺している兵士は疑問を抱く。しかし彼は続ける。
「俺は旅そのものだ。誰にも掴めない。誰にも邪魔されない。風来神、行こう。神格化だ」
彼と風来神は融合した。一気にその場の空気が彼の周りに凝縮され、解放された。彼の周りにいた兵士は吹き飛び、木っ端微塵となっていた。彼はゆっくりと立ち、雄叫びを上げた。
「レイジ‼︎」
もう一歩手前で捕まりかけていたルナは彼の咆哮に気付き、少しだけ安堵した。
「これから始まる旅、まずは殺戮ショーだ‼︎」
手を翳すだけで対象の敵は吹き飛んで行く。これが回避と双璧となる風来神の能力。
一歩進むだけで竜巻が発生し、狙った獲物を確実に殺す。たった二回の行動だけでルナの周りにいた兵士は全て死んだ。
「今のでざっと百人はやったな……間に合って良かったぜ」
「本当にレイジなの⁉︎」
彼の異形を見たルナはびっくりしていた。
「あ、ああ。神格化すると姿変わるのか。まあ、そっか。大丈夫、ちゃんと俺だよ。ルナを守る為、神へと進化したぜ」
グッと拳を握り、笑顔で返事をする。
「それじゃあ、殲滅してくるぜ」
笑顔で言う台詞ではない。ルナはやれやれと思いながら、
「ええ、頼んだわ」
と言い、彼は頷き出て行った。
山を囲い始めた軍に対し、彼が取った行動は、山全体を嵐にすることだった。湖を目とし、それ以外を吹き飛ばす技を発動した。
「ついでにこいつもくれてやる!」
天地の剣に水の宝玉を嵌め、嵐に宝玉の力を与えた。そうすることで雨の力は強まり、一粒一粒が弾丸のように鋭くなる。三百六十度全方向から襲うので、例え嵐から逃れた兵士もこれには避けられず、全身を撃ち抜かれる。
「まさしく神風というやつだ。我らに襲い掛かる危機よ、我らに逆らった罪としてその罰を与えんって感じでな!」
あまりにもそれは強く、山はどんどん削れていった。やがて湖だけが残り、だるま落としのように湖の部分が落ち、大地震を起こす。
「やべえ、やりすぎた。後でルナになんか言われそうだな」
その通りである。後にルナに責められるのは言うまでもない。
帝国軍十万人全てを殺し、天地の勇者のノルマと化しているこれを達成したので彼もまた天地の勇者であることを認められる。
レイジが帰るとルナがなにやってんのよ、と言われ、すまねえ、と謝った。
「まあどの道この湖は捨てるつもりだったし良いわ。……ありがとう、私を救い出してくれて」
神格化を解いた彼は素直に礼をされて面を食らっていた。
「も、問題ないさ。俺は強くなれた、己の弱さを知ったし。それにルナとも出会えた。俺の選択は間違ってなかったということだ」
「それじゃあ、貴方の国に案内してもらいましょうか」
「ぐ……まあ良いだろう」
「でも行くのは子どもが出来てからね」
「は、ハァァァァァァッ⁉︎」
彼らがデグラストルに帰ったのはその一年後だった。それまでずっと湖の中で過ごし、子どもであるレイテが誕生していた。
次回予告
なんてことだ……俺は流れに流れ、ルナと関係を作り、しかも子どもが出来ていた。父親か……。俺は父さんと自分を被せていた。子どもを捨てて自由に生きる……なんて俺には出来ない。だけど、やるべきこともある。まずはデグラストルに帰ろう。今度はちゃんと考えてヴィントと話し合うことにする。
次回、VAGRANT LEGEND 第五説 帰還




