第十二説 愛
前回のあらすじ
ルナの正体は肆大邪神、阿衣だった。最後の戦い、最後の敵、彼はどう立ち向かう。
その顔は、笑っていた。
「⁉︎」
阿衣はただ驚くばかりであった。絶望し、それを喰らい、勇者を殺せると考えていた。
「驚いたか? いやあ俺も中々自分のことで驚いているよ。こんなにも冷静でいられるなんてな」
「何故……何故絶望しない」
「言ったはずだ。俺はどんな姿であったとしてもルナを愛し続けるとな。それは邪神であっても変わらない。確かにルナは邪神かもしれない。けどな、その後ろの奴が何か策を立ててるって事を今の魔力で分かったよ。正体を明かせ、この外道」
「『くっくっくっ、ばれては仕方ないか』」
彼女から発せられる声とは別の声になった。
「『私は肆大邪神の一柱にして全てを支配する阿修羅。この一連の騒動の全ての原因だ』」
「全ての原因?」
「『ああ、そうだ。貴様ら一族の因縁とやらも含めてな』」
「何もかもお前が裏で糸を引いていたということか」
「『そうだ。そしてこの阿衣もまた操ったのは私だ。だが阿衣は私を裏切った。邪神を捨て、お前に走った』」
「じゃあ、ルナは」
彼女の意思そのものは彼を愛している、そう希望を抱かせるものだった。
「『私は許せなかった。だが、同時に好機だった。宝玉を捨て、武器も捨てて行く貴様らを見て、これほどの機会はないと思った。よって今、こうしてこいつの体を乗っ取り、貴様を殺そうとしている』」
「へっ、やれるものならやってみなよ。俺は信じている。ルナは俺を殺せない。たとえお前がその体を乗っ取ったとしても、魂が穢されない限り! その器は俺を殺せはしない!」
「『巫山戯たことをぬかすな。良いだろう。死ぬが良い‼︎』」
黒い大剣を出現させ、大きく振りかざし、打ち下ろそうとした。だが、その直前で動きは止まった。
「『何故……‼︎』」
彼はニヤリと笑った。
「出て行って。『⁉︎』私から出て行って阿修羅。貴方は私を完全に操っていた気になっていたかもしれない。『黙れ‼︎』だけど、私は貴方に譲る『黙れェ‼︎』つもりは一切ない。私は私なりの運命に従うつもり。『何をするつもりだ』そう、私は自らの意思でこの姿になった。だけどそれはレイジを殺すことじゃない。私の本当のことを知ってほしいから。このまま隠し通すわけにはいかないから。気付かなかったかしら。本当に利用されていたのは阿修羅、貴方なのよ。『巫山戯るな‼︎』さあ出て行きなさい! 発動せよ! 不可侵聖域!」
それはあらゆるものを拒絶する魔術。己の体にいる阿修羅を吹き飛ばした。
「……ごめんね、レイジ。今まで隠していて」
「謝る……必要ないだろ」
「そう言ってくれるのは嬉しい。だけど……私はこのままじゃダメなんだ。結局、自分の意思とは違って世界を滅ぼそうとする。それが邪神の定めだから。もう、止められないの」
「……そうか。じゃあ、俺が止めさせるさ。最期までずっと、俺はお前を護るからよ」
最初の頃の彼とは全く異なる人になっていた。それだけ彼は生長していたのだ。
「……ありがとう」
「それを言うのはこっちさ。俺は今までひとりぼっちだったから。ルナがいたおかげでここまで来れたんだ」
「そう、かな」
「そうさ。……帰ろう。俺たちの家へ」
彼は風の宝玉を捨てた。これで旅の目的は終了した。
「ごめん……それは、できない」
「何で」
「始まってしまったから」
そう言うと、大きく地面が揺れ、裂けた。
「もう止められない……貴方は私を止めてくれるって言ってくれた。それは信じたい。だけど、本当に止められない。不可侵聖域は私以外全てを破壊する。謂わば今の私は爆弾そのもの……最初から阿修羅の欠片が私の中にはあった。だからいずれこうなるのはわかっていた」
時間が経つにつれ、どんどん大地が割れて行く。
「……ごめんね。私を殺して。そうすれば、この崩壊も止まるから」
「殺せるわけねえだろ……」
「なんで……でないと世界が崩壊しちゃうんだよ!」
「俺が世界で唯一愛した女を殺せるわけがねえ! 死ぬ刻は同じだ。世界なんてどうでも良い。それで世界を敵に回しても構わない。ずっと守り続けてやるさ。ずっと、な」
「……貴方って人は」
そして、彼らの足場は崩れた。深い闇の中へと落ちていく。その先にあるのは地球の外核。
「ルナ‼︎」
彼は彼女を抱き抱える。だが、上昇しようとはしなかった。彼は考えていた。今までの人生の中で一番迷っていた。複雑な表情を浮かべ、そして最後には決意した。
「レイジ?」
「俺、決めたよ。どうすれば良いのか。どうすれば、最低限の犠牲で済むのか」
「何をするつもりなの」
「俺はこのままルナと共に核に沈む。そうすれば一生お前の隣にいれる。ルナも誰にも迷惑かけずに済むだろ」
「それは、わからないけど」
「頼む。最期の、一生のお願いだ。もう戻れないけどさ……親失格だけどさ……最期までずっと一緒にいたいんだ」
「……わかった」
ルナは彼の決意に応えた。
「ありがとう、ルナ。愛しているよ。世界で誰よりも」
「私も。レイジを、愛しているわ……貴方のその愛に負けないくらいに」
最期の時まで笑ってやる。彼は胸にそう刻みながら。
そして彼らは核へ沈みこんでいった。死と再生を繰り返しながら、二十年以上の月日に耐え、最期まで彼は彼女を離さないでいた。そして不可侵聖域の効果も切れる。
地球への被害は最小限に済んだ。島だけが崩壊し、他には何の影響も無かった。彼の英断が世界を救った。やがて島は変形し、宝玉の祠を作った。彼の魂は天地刀となり、これに納められる。
だが、この一件は終わったわけでは無かった。ルナ、もとい阿衣は生きていた。
「レイジ……貴方の意志を継ぎ、来たる救世主が現れし日のために、私阿衣……いや、ルナは此処で待ちます」
目の前で笑いながら朽ちていく彼の最期を見届けた彼女は、自らの使命として、ある日を来るときを待つべく、とある場所に赴き、誰にも干渉されないよう己を封印した。
誰にも語り継がれない伝説は終わった。記憶に残るのはただの旅人。その旅人も時間が経つと忘れ去られていく。
ある人物曰く、『十八代目はまるで風のようで、掴むことが出来ない放浪伝説(VAGRANT LEGEND)の如し』だとか。
時代は移り変わり、遂に全てを終わらせる刻が来る。
エピローグへと続く。