第十説 終焉に近づく音
前回のあらすじ
ロキとの決着を付けたレイジは、ラグナロクの終わりと共に、地に伏す。
彼は目覚めた。それは自分がこの世界に生きている証だ。それを改めて実感する。
「起きた?」
横を見れば彼女がいる。彼にとって、一番愛しい存在。
「ああ、起きたよ……ずっと長いこと寝てたみたいだな」
彼は一週間も寝ていた。精神的な疲れだけではない。無理な闘いにより劣化が大分進んでいるのだ。
「ところで、ここは何処だ」
此処はヴィーグリーズではなかった。近くに泉がある。
「ユグドラシルの根元。あの泉はウルズの泉よ」
その泉はもはや汚れていた。管理していたウルズはもういなくなってしまったからだ。
「ウルズ……あいつらも死んでしまったんだな」
「……ラグナロクによって皆いなくなってしまったわね」
「そうだな……助けられなかった」
「私のせいでラグナロクが始まってしまった」
「いや、どの道ラグナロクは始まっていただろ。ルナのせいじゃない。誰かが指差してルナを責めようとするなら、俺はそいつの指を切り取る。……気にするなって。もうどうしようもなかったんだ。過去を悔いて今を生きられなきゃあいつらはそれこそ俺達を責めるだろうさ。生き残ったからにはとことん生き延びなきゃいけない。ある意味、勇者の使命ってのはそうなのかもしれない」
「そうだと……良いんだけど」
「湿気ってても仕方がない。で、ところで今何時だ」
「……今は夜よ」
満月が出ている。穢れた大地が嘘のように、空は澄み渡っている。
「そうか……じゃあ明日のために寝るか」
「起きたばかりだけど」
「ただ寝るだけじゃねえよ」
そう言って、彼はルナの衣服に手をかけた。
「ルナってさ、攻める方は得意だけど守る方は得意じゃねえよな」
「え、ちょ……」
もはや迷いはないといわんばかりに強引にキスをし、服を脱がして行く。
「ん……」
「あの時とはもう違うんだ」
これが俺の本当の愛だ。と確かめ合うために二人はその夜を過ごした。
「変態」
次の日。結局寝付けなかったので不満そうな顔をして彼を見つめる。
「変態なのはどっちなのかな〜? 後半から逆転されそうになったんだけど」
「くっ……」
レイジはルナより一枚上手になっていた。
「途中趣向を変えて俺が女に変化してやるのも中々良かった」
「あれはまあ」
ルナは思い出しながら赤面する。白い顔が赤くなるとすぐにわかる。
「可愛い奴め」
イケイケになっている彼だったが、流石に自重したか、話を切り替えた。
「……っと、そんなことしてる場合じゃなかったんだった。今日からまた旅の続きなんだけど、次は魔界に行こうかと思う」
「魔界?」
ルナは魔界の事は詳しくない。神がいないからそのネットワークが存在しない。
「ああ。そこにライトさんのような俺の祖先がいて、今は救世主が現れるのを待つために眠っているらしいんだ。その祖先に宝玉を託そうと思ってな」
「眠っているのに会うっていうこと?」
「そうなる。書き置きだけしておいて去ろうと思ってるよ。で、渡すのは神と龍の宝玉」
「それは最後に取っておくべきじゃ? 今後また激しい戦いがあるかもしれないし」
「いや、それはないって俺の本能が告げている。もう俺の戦いはロキで終わったんだ。あとはゆっくりするさ。この天地の剣も一番でかい山のてっぺんに置いておくし」
「貴方がそう言うなら」
彼女は腑に落ちない感じだったが、ここで否定しても無意味だと悟って彼の言う通りにした。
「じゃ、魔界に行きますか。その途中で剣を置いて、他の宝玉も置けたら置いておこう。そんで旅はお終い。ラグナロクで疲れてしまったよ」
彼の旅は想像以上だった。彼からすればもっと簡単に宝玉を置いてそれで終了だと思っていたからだ。
「わかった。後はゆっくり国で過ごそう」
「そういうことだ。息子もいるんだしよ。早いとこ帰らねえとヴィントに叱られるし」
「確かに」
彼女は苦笑した。
「それじゃ、行きますか魔界」
旅の終わりは近い。
北欧から真南に進んでいた。深い霧の中、ただひたすら荒地を歩く。だが決して苦しい事はない。ラグナロクを乗り越えた二人に最早疲れなど知らない。
五時間ほどが過ぎた。そろそろ休憩するか、レイジが提案しようとした時、目の前に巨大な壁が立ちはだかる。
「な、なんだこりゃ⁉︎ さっきまで影一つ見えなかったのに!」
その壁は、延々と続く。山ではない。
「これ……まさか」
ルナがそれに触れると、突然爆音が聴こえてくる。
「っ……うるせぇ!」
「やっぱりね。これ巨人だわ」
「巨人⁉︎」
それにしても、大きすぎる。バイスに比べると数十倍の大きさだ。
「頭の方に行ってみましょう。多分今ここは腹だから……二つに分かれていない方、右ね」
ルナの後について行くと、顔面らしきものが見えた。
「さっきは触ってごめんなさいね」
彼女は謝った。顔面はずしりと動き、頷いているように見えた。そして口を開く。
「ああ、何かと思ったら人間か。普段近寄るものはいないのでの」
意外にも、それは小さな声で話してくれた。人に合わせるという知能はあるようだ。
「たまげたもんだな。ここまででけえ巨人がいるとは」
「私は巨人の中で一番大きな巨人故……およそ人間の数える一キロメートルと言ったところか。測ったことはないがの。そして私は巨人族の長、タイタンだ」
「まんまじゃねえか」
彼からすれば、ど直球な名前なので拍子抜けしてしまう。
「……そうだのぅ、今となっては巨人族はタイタンとも言われる。巨人族の始祖は私であっての。そこから派生して様々な巨人族が生まれた。さて、巨人族の里へようこそ、人間。何もないがゆっくりしていってくれ」
「うーん、悪いがゆっくりしている暇はないんだ。まあでも折角だしいくつか聞きたいことがある。まずは巨人族は横暴な奴が多い印象だけど、あんたは温厚なんだな」
「それは確かに言えるわね」
「殆どは好戦的だの……私は立てないし戦いは嫌いだのぅ。知能が足りないのが原因なんだがの」
「長としてどうなんだそれは。で、巨人といやあ俺からすると忌むべき皇帝、バイス、いや巨人族からするとスルトの方が有名か、その印象が強いんだが、タイタンはスルトの事をどう思っているんだ」
「スルト……あやつは私にも止められん正しく横暴そのもの。忌むべきとは何かあったのかの」
彼は答えるのに少し間を置いた。語るには屈辱の呪いが掛けられてられている。
「……一族の因縁なんだ。俺の祖先は帝国の奴隷だった……らしい。そして俺にとってはラグナロクに巻き込まれ、そして一度ルナを失った」
最も、原因はロキではあるのだが、それは言わなかった。
「そうか……奴め……すまんかったの。私に立てる力があれば」
「タイタン。俺はあんたを責めるつもりはない。同族だからというだけで責めるというのなら、世界は何時だって戦争だ」
「……そうかもしれんの。ところで何やら特殊な生き方をしているみたいだが、そっちは何者なんだの」
「ああ、まだ名前言ってなかったな。俺はレイジ。今はただの旅人だよ」
正体は隠した。言う必要性もない。
「私はルナ。彼の妻よ。タイタン、私からも一つ聞きたいことがあるわ。巨人族は殆ど好戦的だと言ったわね。この里の巨人族はどうなのかしら」
「ふむ、旅人。里にいる巨人は皆のんびりだの」
「そう、安心したわ」
「ん、何か気になる事があったのか?」
「今日はここに泊まろうかと思ってね。疲れたことだし。もし寝込みを襲われたら大変じゃない?」
寝込みを襲うのは誰だよと突っ込みたい彼だったが、冗談はともかくとして彼女の言うことに違いはないので賛同する。
「いらん心配かけてすまんの……宿なら人間サイズのものはないが私を越えた先にあるの。ほれ」
どしん、と大きな音を立て、指らしきものが見えた。乗れ、ということだろう。彼らはそれに乗ると、タイタンは半回転をして彼らの元いた場所と逆の方向へと導いた。
「これで行けるの」
「ありがとな。あんまり話せなかったけどまたいつか俺の子孫が会いにくるかもしれない。そんときゃあ宜しく頼んだぜ」
「気長に待っておるの」
レイジは手を振り、ルナは一礼した。
彼らは近くの宿らしきところに一泊し、再び魔界を目指す。
その後、魔界へ到着するにはそれほど時間はかからなかった。
相変わらず暗い魔界だが、人間との友好関係により雰囲気までは暗くなかった。むしろ四六時中どんちゃん騒ぎで五月蝿い程だ。
「ここが魔界か。何か全然予想していたのと違うな」
「私も……魔族と人間があんなに仲良さそうにしているのを初めて見た」
彼らが注目していたのは屋台にいる二人の異族。くだらない話で笑い合っているのを見ると、まだ世界は終わってはいないのだと感じさせられる。
「良いな……あれが先祖の目指した異種間による友好。俺にもその血は流れているんだよな。……いつか全種族が仲良くなれたら」
チラッと隣にいるルナを見る。彼女は神だ。神と仲良くなるものなのだろうか。イマイチ想像が付かない彼であった。
「それも含めた救世主じゃないのかしら」
「そんなことまでできたらまさに生ける伝説だな。たった一人が世界を平和にして俺たちの因縁を断ち切って仲良くなる。理想郷だ」
「理想郷……ね」
ルナは何か意味ありげに言った。そんな彼女の気も知れず、レイジは、和んだところで城に行こうぜと提案する。彼女も深くそれを追及せず、提案を呑む。
「で、なんで窓から侵入するのよ」
「できる限り事を大きくさせたくないなあって」
彼らは正門から入らずに、二階の窓から侵入しようとしていた。
「まるで暗殺者みたいだわ……」
魔界は今、交戦状態ではないので城も無防備である。少しの兵しかいない。
これを成功するとそそくさと柱の影に隠れ、見回りをしている兵の間をすり抜け、魔王のいる部屋へ向かう。
「上手く行き過ぎね」
「ま、ばれてもどうにかなるだろうけどな」
結局、一度も気付かれずに部屋に入った。すると魔王は自らを封印するように自身の周りを魔法陣で囲い、鎖で繋がれていた。
「これが、俺の先祖なんだよな……言い換えればライトさんの義父にもなる。こんな巨躯だったのか」
「勇者と魔王って御伽噺じゃ敵対関係なのにね」
「デグラストルはその常識を打ち破ったってことさ。それを成し遂げたのは勇者じゃないけどな。さてさて、宝玉と書き置きをだな……ってあれ、夢と幻の宝玉がないぞ」
ゴソゴソと宝玉を入れているポーチを探っているとその二つの宝玉がなくなっていることに気付く。まさか落としたとか、と眉を顰める彼であったが、ルナがその事について話す。
「ああ、それなら昨日の深夜にある場所に置いたわ。言い忘れてた。ごめんね」
「なんだ、びっくりさせるなよ……まあともかくこれで四つの宝玉を置いたわけだ。残る宝玉は究、極、風の三つだな」
「終わりも近いわね」
「ああ、本当にだ。次は剣と衣だな」
この時彼は気付いていなかった。究、極、この二つの宝玉も消えていたことに。神、龍と対をなす究、極。この四つを結び最終奥義である究極神龍を呼び覚ますのだが、神、龍を手放した今、宝玉が持ち主を持ち主として扱わなくなり、何処かへと霧散してしまったのだ。
そして、彼の残した書き置きはこうである。
『魔王へ。神と龍の宝玉を置いときます。いずれ救世主が来た時に渡して置いてください。俺じゃ、力になれねえから。俺は未来を信じ、今は旅を続けます。それじゃ。十八代目レイグランジ・ダグラス・デグラストル』
その後、世界一高い山へ行き、地下に衣、頂上に剣を立て、自らの装備を何もかも無くしてしまった。
語られぬ伝説は、最期の刻を静かに迎える。
次回予告
神はいつも人をいとも簡単に裏切る。否、そう思い込んでいるに過ぎない。勝手に人が神に対し余りにも、そう有り余る希望を持ち過ぎた。
神は変わらない。神は与えない。神は奪わない。
いつも心の淀みを作るは人の真実。
次回、VAGRANT LEGEND 第十一説 阿衣
全てを捨てた男に最期の望みを。