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レザーという少年

とびちった幼児の両足が逆向きに天をつき、でたらめな軍歌を少女が歌う。

女たちは父親の分からぬ子を抱き、町に男は居ない。

少年は銃を持ち父親を殺す。

美しく愚かな行軍。

行軍にはレザーも参加して列を作っていた。ジャラールの戦車の隣を小さめの機関銃のベルトを斜めにぶら下げて歩いている。

レザーは16歳に昨日なったばかりで、改造されてもとのメーカーがどこだかわからない小さめの機関銃の射的の腕がなかなかで、人を幾人か殺したこともあった。もっとも逃げ惑う女子供ばかりだけれど。

今日はレザーはジャラールのグループに入れてもらって、はじめて斥候をすることになっている。

斥候と言うと、響きがとても軍隊のようだが、彼らは軍隊ではない。自衛と言った方が近い。それに斥候と言う言葉を理解しているような人間は少なかった。彼らは有名なメーカーで作らせた同じ服を着て(あるものは着崩して)だが足下は金銭的な余裕がなく、なかにはビーチサンダルをぺたぺた鳴らすものも居た。服は土色のカモフラージュで、左腕には腕章代わりに”自由を”と刺繍があった。レザーは安物の頭に巻いた布の(洗濯の時に色移りしたカーキ色の)あまり布で額を拭き拭き外国の文字の描かれた缶ジュースを呷る。

砂糖の味が喉を焼く瞬間が好きだ。

それから……7年前に目の前で陵辱されて死んだ妹の写真が入った、胸ポケットに右手を当てる。おにいちゃん、という妹の声が再生されるのが好きだ。

靴を……今なら妹の靴くらい、襲った集落の死体からはぎ取って来れるのになあと思う。靴をほしがっていたから。それから結婚式の砂糖菓子。ねぐらの近所のやさしいおばさんが作る刺繍を眺めること。

ジュースをカラにした頃、戦車の上であぐらをかいていたジャラールが、レザーの名前を呼んで手を差し出した。

缶を道に捨て、右手でそれを掴むと背中の機関銃をものともせず戦車に登る。

「見えて来た。あの山にムハンマドの村の軍隊が集落を作り始めてるらしいぜ。」

ジャラールの肩に右手をしがみつかせて、レザーは薄く笑った。

ジャラールは大きな体を揺らしシャヒーンという長身の片目男に、言った。

「お前とレザーが斥候で、手投げ弾を4つずつ。山を登る頃にゃ日が沈んで丁度いい。

 燃やし尽くそう。」

そしてレザーは背中を親愛の情を込めてたたかれた。

ジャラールはレザーを兄弟のように扱ってくれる。左腕を爆撃に持っていかれたときレザーは4つで、ジャラールはその小さいレザーを抱えて病院(と呼ばれた国連のテント)まで走ってくれた。覚えているような覚えていないような曖昧な恐怖の記憶の中で、レザーは血まみれのジャラールが言ったことは覚えている。

ガキ二人の面倒、おれがみます。

医者達(たぶん。レザーは白っぽい服の白人達は大体医者だと思っている)は困惑していた。ジャラールもその時分はろくにヒゲも生えていなかった。だがジャラールは言った。

これもアッラーの思し召しだ。ハクジンさんにはわかんねーよ。


計算通り日は沈み、そっとシャヒーンとレザーは二人で手投げ弾を持っていった。

斥候はグループからそれぞれ2、3人ずつで、60人くらいが山の木々の間をこそこそと息をひそめて進んでいる。

潜む場所も見つかり、あとは無線の合図を待つばかりと言う段になって。

無口なシャヒーンが珍しく口を開いた。

「レザー、人を殺すのは怖いか?」

びっくりしたレザーは首を横に振った。シャヒーンの声はよく通る。見つかったらことだ。

「そうか。」

シャヒーンが黙ったのでほっとして、合図を待った。


ムハンマドの村は有り体に言うとイスラム原理主義をこじらせた連中のテロリスト軍団だ。

ここ20年ほどでいくつ集落を血に染めて辱めたかわからない。

レザーは、妹と母親と暮らしていた。父親は誰なのか分からない。母親は多分売春婦をやってなんとか暮らしていた。短い間だったが愛されて怒られもしながらレザーは五つまで育った。妹が生まれた年に集落を爆撃が襲った。なんだか分からないうちにジャラールに二人は抱えられて夜の中を疾走したので、レザーは小さな家がどうなったのか実はわかっていない。母親がまだ瓦礫の下にいる夢を見ることもある。母親の顔が段々おぼろげになっているけれど。

それからジャラールに育ててもらった二人は、なかなかに幸せだった。学校には行けなかったし文字の読み書きは出来ないけど、ジャラールに銃の打ち方や匍匐前進や車の操縦を教わった。

片腕がなくても平気だった。

しかしある日ムハンマドの村が攻めてきた。



手投げ弾を投げる合図がきた。

ピンを抜いて振りかぶってできるだけ集落のテントを狙って投げた。二つ。

そこらじゅうでぼんぼんと音がした。

一拍置いて悲鳴。

シャヒーンが大きな機関銃を構えて立ち上がる。なにか口ずさんでいる。

それが祈りの言葉だと気付いたが、左腕に小さい機関銃を装着してレザーは立ち上がった。


「おにいちゃん」


妹の声にはっとする。右手をいつの間にかポケットの上に置いていた。

自分がうたた寝をしているのだと気付いて、レザーは慌てた。

妹は心配そうに自分を見上げている。

「おにいちゃん、こわい?」

その質問にレザーは怖くないと答える。夢の中なので自分の声は聞こえないが。

怖いもんか、もう大人に押さえつけられたって抜け出せるから、あの日輪姦された6つのおまえを助けることが今なら出来るのにな。なあ、そうだろ?

今なら助けられる。

だから僕は今あんな思いをする同胞がいなくなるように悪魔をテロリストを裁くんだ。

怖いわけない。



目が覚めるとジャラールが泣いていた。

小さい頃と同じように僕を抱えて走っている。僕はもう16だから自分の足で走れる。走る?撤退なんだろうか。やたら静かだ。ジャラールが口をぱくぱくさせてるけど何も聞こえない。



「だめだだめだだめだ。」

震える拳を大きなタイヤの上に何度も打ち据えてジャラールは泣いた。

「レザーの足は切るな!」

「ジャラール、もう無理だ。ちぎれかかってるんだぞ。ここにあるキットじゃつなぎ合わせられない。」

冷静なタッワープがジャラールの肩を抱いた。

「無理だ。そもそも……」

「とにかくさあ!なんとか足つなげといてくれよ!」

レザーは鼓膜が破れて何も聞き取れないが、それでも目は見える。トラックの荷台でパニックを起こして叫んでいる。それを聞かないように耳を押さえて、ジャラールはタッワープを拝んだ。

「頼む……あいつ足までなくなったら」

「ジャラール」

言いにくそうに、タッワープは注射器を出した。

「なんだよ……」

「ドラッグだ。楽に死ねる。お前がみとってやれ。」





「…………の機銃掃射があったんだって」

「やだ、わたしあれ見たことあるけど、吹っ飛んじゃうのよね、肉が。」

「そうそう、それで肉を食べに野犬やらがくるからしばらくあっちは近づかないようにあの子達にも注意して」

小さな市場では昨夜の行軍とその結末の話題が少しだけ流れていた。

それよりイピサムには売り物のリンゴが腐って来ていることの方が問題だ。

赤と緑のまだらのリンゴは、小さいし水気はないし腐りかけで、だが売り切らないと胴元のサナムへの支払いがどうにもならない。そろそろゴミ箱の中で死ぬんだろうか。もう少し頑張れば、来年あたり体を売ることだってできるかもしれない。売りたかないが、話に聞くと、巧く行けばベッドの上で数時間眠れると聞く。それは実に魅惑的だ。

「ああおにいさん、リンゴいかがで?」

長身の男の前に回り込むと、できるだけ腐った部分を小さい手で隠しながら一個差し出す。

白っぽい服は外国人だ。男は白いジャージの上下をきていた。一瞬違和感を覚える。この服ってこうきゅうほてる付近でしか見たことないな……男は黒い肌で、長いウェーブした金髪で、その組み合わせもあんまり見たことない。

「りんごですか。」

男はふわふわした声で微笑んだ。

「ありがとう、これでいいかな。」

なにか手に押し込まれて、かわりにリンゴが山ほど入った段ボールをひったくられた。

「ちょ……っ!?」

男は段ボールを小脇に抱えて、空いた手で小さなリンゴを齧った。

やばい、と逃げようとするのと、おいしいです、ともぐもぐしながら男が言うのは同時だった。

「ありがとう小さな子羊」

おいしいはずがない。ぽかんと開けた口に、一個リンゴが差し出される。思わず受け取ろうとして手の中になにかあるのを思い出して……彼女はまたぽかんとした。

間近に見ることのなかった、紙の金が何枚か(それはリンゴを全部売っても手に入らない額だった)自分の手の中にある。

「あっあ?あっ……の……?」

男は、小さな真っ赤なリンゴをひとつ、少女にまた押し付けて市場の中に歩き出した。

雑踏の中を器用にぶつかることなく素早く歩く。

その男のもとに少女が息を切らして走り寄った。少女は現地の服をきているが、顔立ちがどうみても東アジア系なのでこの国では目立つ。

「ミカエル様、早いです!……その、リンゴは?」

「買いました。父には内緒でお願いします。」

はい賄賂、と赤いりんごを三つ少女の手に渡すと、少女は嬉しそうにそれを抱えた。


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